》Side Keiko

「ただいまー」

 玄関のドアを入ると、大きな黒の革靴があるのが目に入った。
 間違いない、パパの靴だ。

「葉子、お父さんは?」

 居間では妹が、テレビを見ながらポテトチップスをかじっていた。
 学校から帰ってきて、すぐテレビの前に座り込んだらしく、まだ制服のままである。

「知らない。私が帰ってきたら、散歩に行くって言って、出て行ったけど」

 革靴があるということは、おそらくつっかけか何かを履いて出かけたのだろう。
 遠くまで出かけていないことが分かると、私は部屋に戻ってすぐに着替えた。
 パパの行き先は、だいたい見当がついている。

「葉子、ちょっと出かけるね。夕飯の支度よろしく」

「えーっ、なにそれー!?」

 私は抗議する妹の声を背に受けながら、我が家を後にした。





明日に向かって

作:湖畔のスナフキン






 最初の目的地であった駅前のパチンコ屋には、パパの姿はなかった。
 その代わり、雪乃さんのパパがパチンコ屋にいたが。
 とりあえずパパが来ていないことを確認すると、雪乃さんのパパに挨拶だけして店を出た。

「あ、いたっ!」

 次に向かった自然公園で、パパの姿を発見した。
 パパはベンチに座って、プカプカとタバコを吸っていた。

「パパー!」

 家族の前ではお父さんと呼んでいるが、二人だけのときはいつもパパと呼ぶことにしている。
 パパも、そう呼ばれる方が嬉しそうだ。
 私は大きく手を振りながら、パパのいるベンチに向かって駆け出していった。
 パパもすぐに、私の姿に気がついた。

「蛍子!」

「もうパパったら。散歩に行くなら、私も一緒に連れてって欲しかったのに」

「ごめん。ちょっと一人で考え事したかったんだよ」

 パパはタバコの火を消すと、近くにあった灰皿に吸殻を捨てた。

「パパー。せっかく来たんだから、一緒に少し歩こ」

「そうだな。ちょっとその辺ぶらぶらしようか」

「やったー!」

 私はパパの左腕にぶら下がりながら、並んで歩き始めた。




「パパ。今日は、帰ってくるの早かったんだね」

「雪之丞とペア組んでする仕事が、急にキャンセルになったんだよ。
 飲みに行くには早い時間だし、それでいったん家に帰ったんだ」

「雪乃さんのお父さんなら、駅前のパチンコ屋にいたよ」

「しょうがないな、あいつも」

 パパはまだ三十代なのだが、見た目はもっと若く見える。
 こうして一緒に歩いていると、親子ではなくて恋人どうしに見えたりしないだろうか。
 そんなことを考えていたら、急に頬が熱くなってしまった。

「蛍子。その服、新しく買ったのか?」

「この前の日曜日に買ったばかりなんだ」

 私は格好つけて、腰に片手をあてると、もう片方の手を前に出してパパに向かって指をピッと立てた。


触覚はマボロシです^^


「うん。よく似合ってるよ」

「ありがとう、パパ」




 公園を一周したあと、小さな丘に上った。
 ちょうど西の空に日が沈もうとしており、辺りは夕焼けで真っ赤に染まっていた。

「夕日がきれいねー」

 数歩歩いて夕日をじっと見ていると、後ろからパパが声をかけてきた。

「蛍子。夕日、好きか?」

「うん、大好き。でも……」

「でも?」

「パパと一緒に見る夕日が、一番好き」

 そう言ったら、突然髪の毛をクシャッとなでられた。

「蛍子。明日も一緒に夕日を見ような」

「うん」

「百回でも、二百回でも、夕日を見せてやるぞ」

「ありがと、パパ」




》Side Tadao

 公園のベンチでタバコを吸いながらボーッとしていたら、蛍子の声が聞こえてきた。

「パパー!」

「蛍子!」

 声のした方を振り向くと、蛍子が手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。

「もうパパったら。散歩に行くなら、私も一緒に連れてって欲しかったのに」

「ごめん。ちょっと一人で考え事したかったんだよ」

 俺はタバコの火を消すと、近くにあった灰皿に吸殻を捨てた。
 蛍子は誰に似たのか口うるさく、うかつに吸殻をその辺に捨てると、マナーが悪いとか言って怒り出してしまうのだ。

「パパー。せっかく来たんだから、一緒に少し歩こ」

「そうだな。ちょっとその辺ぶらぶらしようか」

「やったー!」

 蛍子が俺の腕にしがみついてきた。
 正直なところ、娘が甘えてくるのは悪い気分ではない。
 親バカと言われればそれまでだが、ずっと手元に置いておきたいと思っている。
 この前、雪之丞にそのことを話したら、「いつになったら娘離れするんだ」と呆れられてしまった。




 一緒に歩いているうちに、蛍子が新しい服を着ていることに気がついた。

「蛍子。その服、新しく買ったのか?」

「この前の日曜日に買ったばかりなんだ」

 親の俺が言うのも何だが、その服は実によく似合っていた。
 蛍子と同じくらいの年代の女の子たちが、やたらに露出度の高い服を着ているのを見ると、つい眉をひそめてしまう。
 俺も歳をとったもんだと苦笑しつつ、うちの娘たちも、ああいう服を着るようになるのだろうかと危惧していたが、とりあえず蛍子は大丈夫そうだ。

「うん。よく似合ってるよ」

「ありがとう、パパ」

 蛍子が俺にむかって、にっこりと微笑みを返す。
 くったくのないその笑顔が、俺の胸にジーンと沁みこんだ。




 その後、娘と二人で公園の中を一周してから、公園の中央にある小さな丘に上った。
 ちょうど夕暮れ時で、周囲の景色が夕日で真っ赤に染まっていた。

「夕日がきれいねー」

 穏やかな目つきで夕日を見つめるその姿に、俺は彼女の姿を思い出さずにはいられなかった。

(生まれ変わりは、別れじゃないってか)

 ずいぶん昔に聞いた彼女の言葉が、自然と胸の内に湧いて出てくる。

「蛍子。夕日、好きか?」

「うん、大好き。でも……」

「でも?」

「パパと一緒に見る夕日が、一番好き」

 俺の胸が、ドキンと高鳴った。
 こちらを振り向いた蛍子の姿と、記憶にある彼女の姿が、俺の脳裏で完全に重なり合う。
 俺は彼女に向かって手を伸ばし……そして、頭をクシャッとなでた。

「蛍子。明日も一緒に夕日を見ような」

「うん」

「百回でも、二百回でも、夕日を見せてやるぞ」

「ありがと、パパ」

 彼女と一緒に見た夕日は数えるほどしかなかったが、蛍子には数え切れないほど、美しい夕日を見せてやりたい。
 それは、俺の本心からの願いだった。




》Side Keiko

 家に着いたとき、辺りはすっかり暗くなっていた。
 ただいまと言って玄関のドアを開けると、妹の怒鳴り声が聞こえてくる。

「オヤジも姉さんも、帰りが遅い! もうとっくに、夕食の準備できてるんだから」

「おっ。今日の夕食は、葉子が作ったのか」

「そこの姉が、あたしに全部押し付けてくれたからね」

 妹が私を睨むが、私は気にせず自分の席についた。

「はいはい。私とお父さんが、いくらラブラブだからって、焼きもち妬かない」

「誰が妬くかっ!」

 プーッと頬を膨らませながらも、妹がご飯をよそってくれる。

「よし! 明日は家族全員で、外食にしようか」

「さんせーい。葉子も一緒に来るんだよ」

「わかったわよ。ファミレスじゃないとイヤだからね」

 渋々とではあったけど、妹も出かけることに賛成してくれた。
 明日もいい日になりそうな気がした。


(お・わ・り)



【あとがき】
 山神さんからCGをいただいたあと、SSをお返しすると言っていたのですが、
 なかなか作品のイメージが固まらず、ようやく仕上げることができました。orz

 実はルシオラ娘ものを書くのは、始めてだったりします。
 原作の設定を重視すれば、娘に生まれたルシオラと再会するのがセオリーなのですが、
 恋人どうしでラブラブしていた横島とルシオラが、親子で再会するというのは何か違う
 だろうと感じていました。

 それで自分では、逆行ものとか異世界もの、さらには義理の妹なら何とかなるだろうと
 いうことで妹ものを書いたりしたわけですが、今回は思うところがあって、山神さんの
 作品の設定を借りて書いてみたわけです。

 いざ書き上げてみると、これはこれでOKという感じですね。
 娘離れできない父親とファザコン娘というベタな設定ですが、けっこううまくまとまった
 のではないかと思います。

 それから二人の娘の母親についてですが、誰が横島の妻なのか山神さんのSSに手がかり
 がなかったので、あえて登場させませんでした。
 スクランブルレースの勝者が誰になったのか、非常に気になっています。(^^)