東方司令部イチ、禁欲的な香りのする女と 東方司令部イチ、淫蕩な男
ひとことで言やあ、そんな感じすかね、あの2人。どちらも自分にとっちゃ、上司ですが。
「――はい、エドワード君」
「あ、有り難う、ホークアイ中尉」
久しぶりにエドワード・エルリックが東方司令部に顔を出した。でっかい弟の方は、図書館で
調べものだそうで。兄の方は大佐と約束らしいが、あいにく視察に来たうるさがたの応対中。
大将、手持ちぶさたで、俺らの職場で待たされている。空いていた俺の隣の席に腰掛け、
足をぶらぶらさせているところに、ホークアイ中尉が、お茶と茶菓子を持ってきて、
“優しいお姉さん”よろしく笑顔でサーブ。笑うと、ホント可愛いんだけどね、この人。
子供とか犬にでないと、笑顔はあんま、見せてくれないらしい。
「子供の特権だな、大将」
「子供とか言うなよ。やんないからね」
エドワードは、早速もらったフルーツケーキをくわえながら、皿を囲い込む。バッカだねぇ。
そんなもんより価値あるものをもらってることに気付きやしない。だからガキだっての。
「おねーさんからお菓子もらって喜んでる止まりじゃなぁ」
はぁーっと溜息をつくと、大将、ムカッとしたのか、
「何だよ、デートでも取り付けろって? 自分にその度胸ないからって、オレ焚きつけて
どうすんのさ少尉」
――このガキ。てんでニブのくせして、無意識の突っ込みがキツすぎんだよ。
「俺か? 俺はパス」
くわえたままの煙草に火をつけそうになって、やめる。子供の隣じゃな。こいつ、これ以上
背が伸びないと可哀相だし。そんなこと言ったら、ぶん殴られそうだが。
「何で? 中尉、キレイじゃん」
無心のガキだからこそ言えちまうんだろうな。ちろっと部屋を見回し、中尉が出て行ったのを再確認。
あといる連中は、どってことない。それでも、少し声を抑える。
「プライベートでくらい、この殺伐とした稼業のこと忘れたいだろ。こちらの生臭〜いカンジなんか
分からなくて、『軍隊って、一体どんなお仕事をされているのかしら?』なんて、わくわくした瞳で、
花のように笑うコとか……良いなぁ」
「うっわ、ナニその少女趣味。お花畑でおっかけっこでもするってか?」
「良いねぇ。そういう、かんわい〜のが好みなのよ、俺」
「気色わるっ……」
椅子に寄りかかって、にひっ、と笑うと、大将、ゲンナリした顔を見せる。分かってないね、ガキは。
オンナ以外、夢見られる場所なんかないでしょ。そう目立って出世するとも思えないこんな場所で、
汗水流して働いて、いざって時はカラダ張って。つかの間の休息くらい、ひとときの夢を見たいよ。
あ、でもコイツは国家錬金術師だから、俺なんかとは格が違うのか。……あーあ。
「まあ、ホークアイ中尉ってキッチリしてるからね。少尉みたいなんだと、私生活でも色々
怒られてばっかになりそ」
「おい大将、いつ俺の私生活を見たんだよ」
くわえ煙草をピコピコいわして抗議の意を示すが、効き目は無さそうだった。
「仕事も、何かサボってばっかみたいだし」
「どっかの大佐と一緒にすんなよ。俺は肉体労働専門なの」
「中尉、怒ると怖そうだしなー」
「――そうだな」
それには、間髪入れずに相づちを打ってしまう。それはもう、反射的に。
「やっぱ? 大佐も、中尉にだけは、かないそうもないもんな。まあ、中尉は大声出したり、
手ぇ出したりはしないだろうけど、本気で怒ったら、凄い怖そう」
――違うんだよ大将。……まあ、お前さんには、永遠に分からんだろうがな。
そう、心の中で思ってからすぐに、エドワードへのお呼びがかかった。アホ上司が解放されたらしい。
男所帯の軍隊で、女ってだけで見下す連中は、ウジャウジャいる。
だがホークアイ中尉は、武官としても文官としても完璧で、まさに非の打ち所のない士官。
そういうのも、またやっかみのタネになりそうなもんだが、上司が“あの人”だもんで、その有能さと
辛抱強さには、ただ賞賛を送る以外無い、という状況になっている。ある意味、“あの人”でも
役に立っているわけだ。
――いや、確かに中尉の手綱さばきは、見事なもんだと思うね。あの厄介な人を、まともに
ハンドリングできる人間なんて、他には考えられない。そして、女っ気の少ない職場で、
ひときわ華やいだ涼やかな容姿。それでいて一分の隙もない、あの禁欲的なたたずまい。
その彼女が、影のように付き従う上司が、これまた対照的な“東方の種馬”男だから、
その清らかさが際立つんだよな。エロいからなー、あの人。
まあ、それはさておき。
リザ・ホークアイ中尉。
国家錬金術師である、東方司令部の事実上のナンバーワン、ロイ・マスタング大佐の懐刀。
美しい容貌に、つい忘れがちになるが……彼女の本質は、刃(やいば)――凶器そのものなのだと。
知らなかったわけではないが、改めて思い知らされた出来事。
あれは、2年前だったか。ここ数年で最大規模の、市街テロの計画が発覚した。
タレコミによって、計画達成に至る前に拠点は叩いたものの、地下水道沿いに数名が逃亡。
奴らがその間に、爆発物を仕掛けた可能性があった。
何処に仕掛けのたか、或いは仕掛けていないのか。
仕掛けられたとして、時限装置はいつにセットされているのか。
全く分からないチキン・レース状態で捜索が始まった。
迷路のような地下水道。連中、よほど入念に構造をアタマに叩き込んでやがったのか、
ドブネスミみたいに、姿が見えたと思っては消え、当然武装で抵抗もするから、こちらにも
少なからぬ怪我人を出してくれた。だが、いかんせんアチラが劣勢。次第にボロボロと
捕まり始めたが、肝心のことを知っている奴はまだいなかった。
狭い水路で人数ゾロゾロ引き連れての行動は相打ちの危険も高く、俺とホークアイ中尉が
組んで、最後の大ネズミが潜んでいそうなところを追いつめた。――そして、ビンゴ。
「どうします? 取りあえず連行して、大佐のトコに連れてきますか」
「その前に吐くことがあるなら、急いでもらわないと」
きったねぇ水路の壁に背を付いて座り込んで、両手を上げた中途半端なロン毛の男に、
二人して銃を向けながら、顔は見合わせずに会話をする。
「そっすね。オイ、どうなのよ。あんた、どっかにハッパ仕掛けたのか?」
「……喋るとでも思ってんのかい、軍の狗っころの兄ちゃん」
確かに俺よりは幾つか上だろう。さすがにイイ面構えのテロリストは、唇の端を引きつらせ、
侮蔑の微笑を浮かべた。
「喋ってもらわんと困んのよ。いや、仕掛けてないなら良いんだけどね。結構マジなお願い」
冷たい銃口に見つめられても、男はひるまない。というか、自分を殺せるわけがない、と
分かってるんだな。確かに、こいつからは目先のことを含めても、色々聞き出さなきゃならん
情報がある。絶対に殺すな、とのお達しが出ている。そういう気配は、相手には伝わるもんだ。
「どうしましょうねぇ、中尉」
「ここで協力的態度を見せるのであれば、銃殺刑は免れるわよ。テロで死者が出ようものなら、
未来には一つの道しかないけれど」
常套句だが、やはり正当派のホークアイ中尉だ。非常に合理的な申し出というか、脅迫。
だが、そんな提案に素直に乗るような相手でなし。こんな掃きだめに、良い女が銃口向けて
狙っているというのが、またイイ感じのシチュエイションだったのか、下卑た笑いで、
「大佐って言ったな。てめえらマスタングの手下か。――噂には聞いたことがある。
“焔の錬金術師”ロイ・マスタング大佐には、凄腕の女の補佐官がついているってな。
あんたのことか」
「え、俺の噂とかは?」
「知るか」
「ハボック少尉」
「すんません」
中尉は、男の問いには答えなかった。
「いい女じゃねぇか。――あいつの女か?」
卑俗な嘲笑にも、眉一つ動かさない。でも、そういうのが却ってこのテのタイプを
そそっちゃうってことも有るもんで。
「おいおい、口には気を付けろよアンタ。中尉怒らすとコワイからな」
一応、本心で忠告してやった。
「爆弾テロばっかりに気を取られて、足元すくわれんなよ? 俺たちの計画の目的は、
一つと限らないんだぜ」
「どういうこと?」
中尉の指が、少し動いた。
「おっと、撃つなよ。俺を殺しちゃマズイんだろ? この口に喋らせたいことが、
山ほどあるんだろうからな」
「爆弾テロ以外に、別の計画があるとでも言うの?」
「中尉、こいつ、ホラじゃないんですか?」
「東方司令部のいけ好かない某大佐の命(タマ)を獲る、とかね」
野郎が、ハッタリにしても物騒なことを口走った。
――その時もまだ、中尉は表情を変えてはいなかった。
「……今日押さえた拠点ではなく、別働隊がいるの?」
「さぁな。そんな計画、これまで何度と無く練られてる。いざ実行に移すのに、さほど判断は
要しないさ」
「答えなさい。爆発物を仕掛けたのかどうか。そして、大佐を狙った計画というのが、
現状進行しているのかどうか」
中尉の声は冷静だが、張りがあり、厳しい圧力に満ちていた。カマシじゃない。ホンキだ。
だが、ヤツにはその違いが分からなかったらしい。
「軍人てなぁ良いご身分だね。戦場にまでオンナ連れていって、ご奉仕させてるんだろ?
あんたも大概、夜のお勤めだけしてりゃ良いんだよ。でないと超過勤務も良い所だ」
おいオマエ、言葉に気を……付けろ、と言う前に一瞬、一応、中尉の顔を見やって――
そこで、俺は凍り付いた。
ホークアイ中尉は、男に銃口を向けたまま……実に艶然とした笑みを浮かべた。
そりゃもう、今まで俺が見たことない程に美しく、艶めかしい。
普段、毅然として、“女”であることを職務上は全く意識させないように振る舞うこの人が、
軍服に身を包んだまま、こんな“女”の顔を見せるなんて。
俺だけでなく、目の前のテロリストも、その笑みに心奪われ、惚けたのが分かる。
だが次の瞬間、軍靴が鋭く、男の横っ面を蹴り上げた。もう、そりゃ固い固い軍靴でだよ!!
ヤツは口の中が切れたか歯が折れたか、ぎゃっ!て、情けない声上げて倒れ込んで、
血反吐を吐いた。
中尉の突然の暴挙に、俺はたまげた。
「な、何すんだテメエ! 容疑者に不当な暴力加えて……っ!!」
正気を取り戻すなり、男がもっともらしく法的権利を主張しようと、口を開いた瞬間、閉塞感のある
細長い空間に、銃声が2つ響いた。
「ホークアイ中尉!」
弾丸は地べたに這いつくばった男の頬をかすり、そこに細い血の筋が伝う。
「おっ……俺を殺すわけにはいかない……ん、だろう……?」
地面に転がったまま、起きることは出来ないが、男が自分の不安を押し殺して問いかけるように、
引きつった薄笑いを浮かべて言った。そうだ。絶対に殺すな、と言われている。
殺しちゃヤバイんっすよ!
俺は、男の状態を確認しながら、一応は自分にとって上官に当たる中尉の顔を伺う。
そして、息を呑む。
もう、あの艶めかしい笑みは、跡形もなく消えていた。
その代わりに、ひどく冷たい、男を見下ろす目があった。
「――勘違いしているようね。口さえきければ……五体満足である必要なんて、
何処にもないのよ。『殺すな』、としか言われてないんだから」
どんな惨(むご)たらしい仕打ちもためらうことはないと思われる、冷酷な瞳。
中尉は、うつぶせになった男の肩口に、また軍靴の先を引っかけると、ヤツの体を
ひっくり返した。男は先ほどの蹴りの感触がまだ鮮明に残るからか、軍靴が触れただけで
短い悲鳴をあげた。その声を更に押し潰すように、中尉が男の喉元に足をかける。
「でも、一応選ばせてあげるわよ。何処からが良いか」
ぐっと力が入れられると、気道が圧迫され、男の喉から、踏みつぶされたカエルのような
声が漏れた。
……ヤバイよ。色んなイミで。
これまで何度も修羅場を共に踏んできたが、こんな、側にいるだけでも肌が切られそうな
殺気を隠しもしない中尉は、見たことがない。いや、殺気とか、そんなものですらない。
これは……既に“狂気”。そんな、危険な目。毛穴が開いて、ビリビリする。
「手? 足? 右左、どっちから? それとも……それ以外でも良いわよ」
右手は男の顔に銃口を向けていたが、いつの間に左手に、サブの拳銃が握られていた。
……このヒト、ベッドに連れ込んだら、絶対、拳銃の5、6丁はハダカにするまでに出てくるね。
その左手の銃が、男の下半身に向けられた。
「――オトコ、やめる?」
ヤバイです。ヤバイですオレのアレ。マジ痛いんっすけど、我が分身が。
俺は決して、そういうシュミの男ではないのだが……。(興味がないと言えばウソになるが)
容赦なき軍靴の蹴りにより歪んだ男の唇の端からは、泡立った血の色が混じった涎が零れ、
眼球は飛び出しそうな程見開かれたまま、不規則に泳いでいた。そして、喉を潰されそうな
体勢のまま、ひゅーひゅーと、風穴を吹き抜ける寂しい風のような、絶え絶えの呼吸。
そして、その無様な男を見下ろす残酷な女神の瞳はあくまで冷たく、美しい。
ああ、何て……何て……
男の目に映るものは何だろう。想像を絶する凶暴な目をした、美しい獣。血を求めるかのように、
妖しい光を放つ白刃――それが恐怖であっても、そこから目を離すことが出来ない。
ああ、できることなら代わってくれと、刹那に願った。あんな目で正面から見つめられたら、
俺は絶対に理性がブチ切れると思う。オスカマキリみたいに、喰われちまっても良いと、
叫んでしまうだろう。愚かな男たちの命を喰らうことで、彼女はどれだけ美しくなることか。
その為なら、この身を捧げても良い――喰われることで、彼女と一つになれる。
彼女の内(なか)で、その皮膚の下に満ちる肉となり、血となって体内を流れる……ああ、
考えただけで、ゾクゾクする。
夢もへったくれもない、そんな危険な妄想。濃厚な甘さの、猛毒のような欲望。
――イカン、俺の夢は、こんなんじゃないんだよ。お花畑なんだよ。心の安らぎ!
愛くるしい、かんわい〜女のコなんだよ! 鎮まれ、俺の下半身……!
あの時ほど、彼女を美しいと思ったことはない。そして、恐ろしい女だと思ったことも。
ホークアイ中尉はテロリストに爆発物の仕掛け場所等を吐かせることに成功し、
俺を置いて一足先に伝令に走った。残された俺は、遂にイッちまった男を見下ろし、
取りあえず応援が来るまで見張るだけ。
ちなみに、大佐に関する犯行については、でまかせだった。
ある意味、死よりも深い恐怖を見た男に、だが同情など、無論、なかった。
ちゅうか、ハッキリ言って羨ましいんだよ。すげぇ快楽を味わったに違いないんだから。
横で見てる俺ですらビキビキで、超ヤバかった。それくらい、あの時の中尉は凄絶な美しさと、
“死”に肉薄した、どうにもエロティックな香りを放っていた。
まあ、結局の所、天国も地獄もそう大差ないワケで。紙一重の世界なワケで。
あれは、男の暴言にキレたのか、あるいは大佐に危害を加えるというブラフにキレたのか。
目的のためには、いとも簡単に酷薄になれる女の業の深さを、俺はその日、初めて
見せられた気がした。もしかして“女”というのは、本質的に皆、ああいう存在なのか?
いや、全部がそういうわけではないだろう。――彼女は特殊なんだ。きっとそうに違いない。
軍隊では女性兵士や士官について、よく、「女であることを捨てて戦う」、なんて陳腐な文句を
聞くことがある。だが、中尉は違うのだろう。彼女はまるで、女であるために戦うかのようだ。
だからこそあんなにも、ドブ臭ぇ薄汚れた掃きだめにその身を置こうと、狂気をみなぎらせた姿は
美しく、たまらない官能をかきたてる。
だが……その色香に迷ったら、間違いなく並みの男は、命を落とすことになる。
あれは魔性だ。おそらく本人も全く自覚していない、ファム・ファタル(宿命の女)の資質。
ヤバすぎっすよ……中尉。
東方司令部イチ、危険な香りのする女と 東方司令部イチの、猛獣使い
付け加えるとすれば、そんな感じすかね。あの2人。
鼻の効く奴じゃないと、分からないでしょうけど。
プライベートじゃ、付き合いきれませんよ、あんなヤバい女。つくづく、アホ上司を尊敬します。
それまでは、ホークアイ中尉が困ったチャンなマスタング大佐をハンドリングしてるんだと
思っていた。だが、もしかしたらそれは違うのかもしれない。
あの、キレると何しでかすか分からないヤバい中尉を扱えるのは、それこそ大佐しか
いないのかもしれない。
……ま、本当のところどうなのかなんて、分からないんだが。
すっごいイイ女だと思います。きっとアッチの方もイイと思います。
何たってあの禁欲的な人が乱れるんだろうから、想像すると、もうたまらんです。
――でも、ヤバすぎ。どんなにイイ女でも、俺は命が惜しいです。
だから、俺は俺で、お花畑でおいかけっこできる女の子との出会いを探します。
中尉とじゃ、お空の上のお花畑になりそうですし。
ひとときの夢でなく、永眠させられちゃいそうですから。
4.5.2004.
3000HITの、夏月ミナト様のリク、「部下達(第三者)から見たロイアイ」。
パッと浮かんだのが、ロイアイ←ハボっぽい、しかも殺伐系のネタだったので、
夏月さんに、「そんなヤバいのでも良いですか?」と、ビビリつつお伺いを
立ててしまいました。大したことないとはいえ、流血モノなので……(汗)
ファム・ファタル (femme fatale) は、「魔性の女」「宿命の女」「妖婦」などと
訳される、“危険な魅力を持つ男を破滅させる女”という意味です。(仏語)