熱帯夜だったことは、覚えている。
なのに彼は、二人してちょっと飲んで帰ってきた後、余程疲れていたのかいつものことか、シャワーも浴びずに、
ベッドでうたた寝。彼女は、とてもじゃないが、何を置いても、まず汗を流してしまいたくて。
――そこまでは、覚えている。
目覚めた朝は、何処か現実味が無くて。
パッと目が開くのではなくて、少しずつ、自分の意識が覚醒していくのを感じながら、夢とうつつが融け合い、
ゆっくりと分離していく。そんな感覚。
気怠い体を、ベッドに片手をついて押し上げるように起こし、ふと後ろを振り返ると、そこは寂しい空白。
――確かにその人のいたはずの空間。
今日は、彼が早番で、自分が昼出だった。でも、起き出した彼に気付かないなんて、ほとんど有り得ないこと。
余程深く眠ってしまっていたのだろうか。
ふと気付くと、何も身につけていなかったが、特に深く考えずに、ベッドサイドに掛けてあったバスローブを羽織って
ベッドを下りた。彼はよく、「君の肌に触れていると落ち着く」などと言って、勝手に彼女の着ているものを、器用に、
抜き取るように脱がせてしまうので、気が付いたら朝、何も身につけていないというのは、珍しいことではなかった。
歓迎すべきことではないにせよ、実際、しっとりとした肌の感触を確かめるように、触れているだけで何もしてこないので、
彼女も強くは拒まないのだが。
そして、いつもと変わらぬように支度をして、やや気怠さは残るものの、背筋を伸ばして出勤する。
勤務場所に到着しても、特に変わったことはなく。上司も、同僚も、いつもと変わらぬ様子で。
いや……あえて言うなら――上司は、いつになく真面目くさった表情で、彼女が何を言うまでもなく、
仕事に勤(いそ)しんでいた。奇妙と言えば、それは奇妙なことであったが、困ったことではないので、
彼女もそれは気にせず、これ幸いと自分の仕事に没頭させてもらった。
ホークアイ中尉は当然として、マスタング大佐までもが黙々と仕事をする様は、その他の同僚にとっては、ある種、
ホラーめいた光景であったのか、時折、ヒソヒソと囁き交わす姿が見られた。――これが通常あって然るべき状態
だというのに、それが気持ち悪いと感じるのは、如何なものか。リザは悟られないよう、軽く溜息をつく。
「あ、中尉。これ、この間の報告書なんすけど。目ぇ通しておいてもらえますか」
目の前の席のハボック少尉が、手を伸ばして書類を差し出す。ふと顔を上げ、リザはそれを受け取る。
「分かったわ。有難う、少尉」
「あれ? 中尉、ココ」
ハボック少尉が、自分の頬を指さして、クスッと笑う。
「え?」
リザは、思わず頬に手をやる。
「そっちじゃなくて、反対。ナンだろ、インクがはねちゃったんすかね。ああ、こすらない方が!」
ゴシゴシやろうとして、止められる。自分の仕草が子供じみていたかと思って、ちょっと恥ずかしくなる。
「――鏡見た方が良いんじゃないすか?」
「そ、そうね……」
引き出しに、小さなコンパクトタイプの鏡が入れてあるので、それを取り出し、開こうとして……
「――――っ!」
リザは突然、ガタッと席を立った。
「……どうしたんすか?」
唐突な動作に、ハボックが驚いて彼女を見上げると、何故か口元を手で押さえ、顔は真っ赤になっていた。
リザは思わず、そっと上司の方へと目線をやるが……こっそりのつもりが、待ちかまえていたかのように、
彼の目は彼女を捕らえた。――その、微かな笑みの浮かんだ口元に、リザは唇を噛んだ。
「あの……ちょっと、汚れを落としてくるわ、」
「は? はあ……」
慌てて、何かから逃れるように執務室を出て行く彼女を、ハボックはポカーンと見送った。何が起こったのか
よく分からず、何となく上司の方を見やる。
「……どしたんでしょね」
「さあな。何か、大事なことでも思い出したのじゃないか」
上司は、大して感心無さそうに、如何にもマジメに仕事をしているように、書類に目を落としていた。
リザは、ほとんど誰も人が来ないと思われる、建物外の、非常階段の壁にもたれると、そのまま座り込んだ。
恐る恐る、持ってきた小さな鏡を開いて顔を見ようとするが、やはりできなくて、パタンと閉じてしまう。
――どうしよう……。
リザは、目を覆った。
このままでは人前に出られない。というよりも、あの部屋に戻れない。彼と……目を合わせられない。
* * * *
寝るならシャワーを浴びてからにするようにと、揺すってはみたものの、「分かった」と生返事をするばかりで、
ちっとも起きる気配のないロイに、リザは仕方なく自分だけ先に汗を流させてもらった。
外は蒸し暑かったので、洗い上がりの肌に、タオル地のバスローブの感触が、カラッとしてとても気持ちが良い。
まだ彼は起きないし、普段は時間がなくておざなりにしがちなスキンケアなど、念入りにしてみる。
髪をねじって留めて、前髪は落ちてこないよう、クリップで額の上に上げる。洗面台の大きな鏡に向かって、
吹き出物など出ていないか、じっくりと見ながら、化粧水をコットンに付けて、丁寧にはたいていく。
普段あまり手をかけないこともあり、たまに美容液などを使うと、面白いほどに肌が生き生きとしてくる。
勿論……毎日手入れを欠かさないのが、本当は大事なのだろうけれど。
たっぷりと肌に栄養を与えて、軽く水気をぬぐっただけだった髪を乾かし始めた頃、ロイが、のそっと、バスルームに
入ってきた。だが彼は何も言わず、鏡に映った彼女の姿に目をやることもなく、だるそうに服を脱ぎ始めたので、
リザも何も言わず、放っておいた。シャワーを浴びれば、頭も幾らかスッキリするだろう。
水音を聞きながら、リザは髪をタオルで丁寧に乾かした。
やがてコックの締まる音がして、ロイがシャワーから上がったのが分かる。寝室に直結の小さなバスルームだから、
いちいち振り返らなくても、気配で何をしているかは察せられる。また彼の性格からも、髪も体も、適当にタオルで
拭いて、後はバスローブを羽織って、頭にタオルをかぶって済ませる――というのがお決まりのパターン。
リザが乾いた髪を、ブラシで丁寧に梳いていると、彼女と同じく、湯上がりに白いバスローブを羽織ったロイが、
髪をタオルでゴシゴシ拭きながら背後を通る……と、そのまま立ち止まった。
「少しはスッキリしましたか?」
振り返らずに、鏡に映った姿に語りかける。彼は何も言わず、頭の上にタオルを載せたままで、リザの背中に身を預ける。
首筋に顔を埋め、腰の周りにゆったりと腕を回して。
「……まだ酔いが醒めないんですか?」
後ろからじゃれついてくるロイに、リザは少々眉をひそめて。すると、鏡の中の男は、ちらりと目線を上げた。
「――醒めていないのは、君の方だろう」
耳元で囁かれた声に、ビクッと身を震わせてしまうと、「ほら」と言うように、彼の目は笑う。
「君は酔うと、くすぐったがり屋になる」
「…………」
忌々しい、と思いつつも、そのままそっとブラシを洗面台の上に置く。
「別に……もう酔ってなどいません」
「それは残念だな」
彼がそう言うのと同時に、その髪からしたたり落ちた雫が、リザのうなじを濡らし、また彼女は体を竦(すく)ませた。
「大佐……ちゃんと髪を乾かしてください。風邪を引きます」
首筋を舐め上げられたような感覚に、体の奥まで痺れそうになったことを悟られぬよう、リザは世話焼きの
母親のような口調で、背後の大きな子供に言い聞かせた。そんな彼女の虚勢を、そうと知ってか、知らずにか。
奇妙なほどに真面目くさった表情で、しげしげと鏡の中の彼女の顔を見つめたかと思うと、ふと彼が呟く。
「以前から気になっていたのだがね」
「なんですか。ちょ……やめてください、」
素っ気ない彼女の言葉に色を差そうとでも言うのか、彼の右手は、ローブの合わせ目に滑り込み、
もう片方の手は、彼女の喉元に。うなじから耳元にかけて、唇でたどるように呟く言葉は、鏡の中の彼女に、
しっかりと向けられて。
「君……結構、背中――感じやすいだろう?」
「や、だから、ちょっと、」
咄嗟にリザは胸元を押さえるが、彼の関心は、そちらではないらしい。合わせ目が緩められると、背の方に
布地が引かれ、素肌の肩が露出する。
「多分そうなんだろうなーと思ってはいたのだが。なにぶん、こうしてしまうと、肝心の君の表情が見えないのでね。
――通常では」
「なに……考えてるんですか、大佐」
言わずもがなのことを、それでも否定したいがために口にしてしまい、そして更に深みにはまる。
まるで鼻をこすり付けるように、肩胛骨の辺りにキス。するっと、彼の雫を含んだタオルが頭から落ち、彼女の足下を、
ひんやりと濡れた感触で覆った。
「やっ、くすぐったいです……!」
――それだけ? と、彼が、くすりと笑うのが分かる。リザは美しい眉を寄せて、如何にも不快そうな表情を作るが、
確かに、くすぐったさの裏側から忍び寄る、禁じ得ぬ感覚に、退路は確実に断たれつつあった。
「……どんな表情をしているのか、ずっと興味があった」
「やっ、あっ……」
背骨に沿った丹念な愛撫に、ガクンと体を折りそうになる。ロイの腕が、彼女の体を抱き留めようとしたが、
リザは洗面台に片手をついたまま、自分で体を支える。
「――くすぐったいかな」
わざとらしい、その言葉に目を上げると、鏡に映る、やや上目遣いの彼の表情。
「……くすぐったいです。ですから、」
「それだけなら、我慢したまえ」
やめてください、と言う前に、突き返されてしまう。
彼は執拗なまでに、背中だけに執着した。それは感覚のバランスを著しく崩し、リザは体を捩(よじ)りたくなる。
「痛いのは我慢できますが、くすぐったいのはできません! だから、あ……」
口を開いていると、意志とは裏腹な声が漏れそうで、慌てて唇を噛んだ。
背筋を絶え間なく駆け上る、戦慄にも似た感覚。追いつめられる者のように、必死にその追随から逃れようと藻掻くが、
彼は決して離してはくれない。だけど、この違和感は何だろう……。
「――物足りない?」
ハッと目を開いて、見てしまったものは。
必死に堪えようとしながらも、瞳を潤ませ、首筋に薄紅の熱い血の色を透かせた、艶めかしい肌を映す自分の姿。
背中ばかりに固執され、それは巧みな愛撫で堪えがたい吐息を漏らさせるのだったが、やはり、それだけでは
身体が疼(うず)くばかりで、満たされない。――明確にそう心に思い描いたわけではなかったが、彼にそれを
言い当てられたようで、リザは、かあっと頬が紅潮するのが、自分でも分かった。
「すまない……リザ。あまり無い機会なので、私も色々と観察してしまってね」
ふざけた囁き一つにも、もう言い返す余裕もない。背後ばかりに神経を集中させられているところに、
不意打ちのように滑り込んだ手が胸元に悪戯を仕掛け、彼女は過剰なまでに体をのけ反らせてしまった。
まるで初めて触れられた時のような反応をしてしまい、“しまった”と心の中で思っても、取り返しはつかない。
「可愛いね……。何だか今日は、いつにも増して……たまらなく可愛いよ、リザ」
びくん、と体を震わせると、彼が、ギュッと強く体を抱きしめた。そのきつさが、奇妙な安堵感を与える。
アンバランスな愛撫に、体のあちこちの感覚がバラバラになりそうな不安からだろうか。彼の腕の強さに焦がれて、
リザは思わず、ロイの首筋に頬を寄せた。それを了承の印と取ったのか、彼は彼女の頬に口づけると
バスローブの帯を解いた。はらりと開いた前から、美しい稜線と、腹部のなだらかな起伏が覗く。
リザは、彼の熱い吐息に、また身を震わせた。
――綺麗だよ……リザ。
微かな囁きが、幻聴のように襟足をくすぐる。
熱に浮かされたような思考で、彼の言葉に目を開くと……鏡に映るのは――自分? 蕩(とろ)けるような目をして、
白い胸元を覗かせ、男に抱きすくめられている。誰の目にも、胎内が潤んでいることは顕(あきら)かな様子で。
鏡の中の女が抱きしめられると、自分も抱きしめられる。やはり……そこに映るのは自分なのか。
そんなことで確かめなければ分からぬほど、彼女の意識と身体は、乖離(かいり)しかかっていた。
それはある種の逃避。自分が抱かれる姿を目にするなんて、有り得ないことだから。
けれど、その曖昧な感覚と身体との結びつきを終わらせるように、彼女の内側に、指が滑り込んだ。
「やっ……」
顔を背け、苦悶に眉を寄せる。ロイは空いた手で彼女の喉元を支えると、その眉間に口づけ、そして、やや無理な
角度で彼女と唇を重ねた。息苦しくて、脳裏が白く霞む。その間にも彼の指が、焦らされた分、切なげにひくつく箇所を、
慰めるようになぞる。
「も……だめ、大佐っ……」
やっと息を継いだ頃には、リザの眦(まなじり)には涙が浮かんでいた。そんな彼女の雫を指で受けとめると、ロイは
きゅっとその腰を引き寄せる。――えっ……とリザが一瞬思う間もなく、彼の猛りが押しつけられて。
「やっ! ちょ、大佐――っ!」
それ以上は、別な声が出てしまいそうで、ぐっと喉を詰めた。洗面台の縁についた両手で体を支えるが、
カタカタと震えている。
「――辛い?」
「いえっ……」
そう言ってしまった後で、激しく後悔。
いつも、反射的に、まるで受け入れるような言葉を返してしまって。
――だから調子に乗って、つけあがるのに……。
自己嫌悪に陥る。
そんな彼女の様子に気付いてか、ロイがクスッと笑う。
「正直に言って良いよ。……君の良いところを探そう」
「――っ、探さなくて結構ですから! 離してください……」
「本当に?」
知り尽くした男の声が、舐めるように耳元を這う。
「ああそうか……こんな状態じゃ、毎朝、鏡を見るたびに思い出してしまうから、嫌なのかな」
思ってもいなかったことを言われて、リザは、激しくかぶりを振った。
それが、体の奥が、ぎゅっと収縮するような刺激を、相手に与えるとは思いもよらず。
「っ、リザ……」
この体勢での行為には慣れていないこともあり、リザの体は苦しげに、どんどん前傾していく。
やはり無理を強いるのは本意でないのか、ロイは一度彼女から身を離した。息苦しさの最中にも、
際限なく押し寄せる波に呑まれかかっていたリザは、ふいにその軸を失い、途方に暮れたような声を漏らす。
その間隙を埋めるよう、ロイは彼女の体を翻し、恭(うやうや)しくその唇に口づけた。リザはすがるように、それに応えて。
そして、ふわり、と抱きかかえられたかと思うと、そのまま隣室のベッドへ。
「大佐、まだ髪が濡れて……」
胸元を、まだ乾ききっていない彼の髪がくすぐり、そこに指を差し入れたリザが、思わず言葉に出してしまうと、ロイは、
何を今さら――と言うように顔を上げて、つまらないことを言う口を塞いでしまう。彼女の金の髪を、指に絡ませて。
苦しかった体勢から自由を得たことと、誰かに見つめられているような鏡の存在から逃れられたことで、リザの体は
一気に重圧から解放され、それまで苦しさの中に押しとどめていた感覚までもが、溢れ出した。未知の生物が、
胎内でのたうち、暴れ回っているような、とても抱えきれぬ激しい波に、全身が蹂躙される
「あ……大佐……大佐ぁ……ん、どうしよう……」
「ん……どうした……?」
いやいやをするように激しく首を振る彼女を、あやすようにしてロイは、その額の生え際をそっと撫でつけ、
口づけを落とす。恨めしげに彼を横目で見据えるその瞳は、半泣きの様相で。
「責任……取ってください……!」
もう、パニック寸前だった。何故かなんて、分からない。触れられるだけで、痛いほど感じるなんて。
どうしたら良いのか。このまま腕や足を辺りに叩き付けてしまいたい。
いつだって、何処か、最後の理性は手放せず、彼女はそれが快楽なのか苦痛なのか、今でも分からない。
けれど求めるのは、紛れもない熱の在処(ありか)と、彼と共に、今ここにあるという実感。
決して口には出さぬ熱情を、彼を受けとめる体だけが、抑えきれぬように、切なげに訴える。いっそ何もかも振り切って、
ただ融け合ってしまいたい。あなたが欲しいと――正直に言えたなら、こんな苦しさからも解放されるのだろうか。
「……君にも責任を取ってほしいよ」
あまりに苦しそうに息を逸らせる彼女を労ってか、ロイは宥めるような動きで、彼女の内をなぞりながら。
帯電したように高まった痺れは、ただ放してしまったのでは、苦痛にしかならない。
だから、優しく、甘い責め苦からは、解放してやらない。
「明日は早いというのに……眠れやしない」
「馬鹿ですか……!」
「ば……?」
甘さのカケラもない言葉を吐き付けられ、さすがにロイは一瞬気勢を殺がれた。
「自業自得のくせにっ……」
潤んだ瞳からは、今にも涙が溢れそうなくせに、まるで負け惜しみのように、棘を投げつける。
ばか、ばか、ばか。本当は、もっと言ってやりたいけれど、その余裕が無くて。
「――だが、後悔はしないよ」
彼女には、きっと分からない。今更どんな罵詈雑言を浴びせられたとしても、それは可愛い可愛い彼女の、
虚しい紙つぶて。彼にとって、何ら痛むものではないと。
ロイは噛みつこうとする子猫のような彼女に、少々いたぶるオス猫の表情で。
「知らなかった君の“いい顔”を見させてもらったしね」
「やぁっ……」
顔を背ける彼女を抱きかかえるように起こすと、ロイは、ぐっとその体を自分の上に載せて。
リザは、一番感じる位置に置かれてしまい、押し殺した悲鳴を上げた。肌の内側から火が吹き出るように熱く、
それでいて冷や汗のような寒気が背筋を覆う。ガクンと揺らされると、耐え難い官能に体の奥を突かれ、甘ったるい
嬌声を上げてしまう。立て続けにその波が押し寄せて、意味を成さない言葉が、詰(なじ)るように、せがむように、
艶めいてこぼれ落ちる。満たされつつある器の縁から、堪えきれずに水が溢れ出すように。
届かなかった高い場所に、あとわずか、つま先立てば手が届きそう――じれったくて。苦しくて。
……そして、どうなったか。
別にどうもしない。ベッドの上でしたことは、男と女としては珍しくもないことで。
ただ、まあ若干、激しかったかもしれないが。
望みもしないのに、リザの脳裏には次々と昨夜の記憶が浮かび上がる。
何だか思い出したくもないくらい、彼にすがって、幾度も幾度もことを重ねて。
嘘だと思いたい。あんな声を出してしまって。
途中、無性に腹が立って、逆に彼をねじ伏せようとしたこともあったような――
どうして、忘れていたのだろう。あんなところで思い出さなくても……。
彼は、間違いなく明確に、ことのあらましを記憶に刻んでいるに違いなかった。
それでいて、彼女が自分で思い出すまでは、そんなことはおくびにも出さず。
「もう……いじわるっ……」
非常階段でうずくまったままリザは、熱く火照る頬を、膝に埋めた。
一日はまだ始まったばかりだというのに、これからどう過ごせば良いのか。
その頃職場では――
いい加減真面目なフリに飽きた上司が、とうとうあくびを殺しきれずに、大口を開けて伸びをしていた。
9.4.2004.
20000HITの、へちょ様のリク。「仕事中、昨夜のことを思い出しちゃうリザ」――
その他、詳細設定アリ! 結構細かいリクをいただいていたのですが、時系列の点など、
ご要望と一致してはいないと思います……が、一番お望みであったのは、“乱れるリザたん”
かと思い、それを最重要課題といたしましたっ。ぬる〜いながらもラブいえろーすになるよう、
ひいはあ言って錬成しましたが、ああ、ご期待に添えたでしょうか(涙)
本誌、アニメともにシリアスなので、なかなかUPしづらかったんですが。
でも、こういうえっちができるのも、平和だってことですよねv