人目を避けた倉庫での、死刑になったはずの魂だけの死刑囚の尋問。
何とも珍妙な事態になったものだった。
死んだはずの者が生きている。いや、生きていると言えるかどうかはともかく、
この世にあって語る声を持ち、その声が“知られざる真実”を明らかにする。
それを「魂」と定義するのが正しいのか。正直、測りかねた。
ただ、その「声」は紛れもなく存在し、意外な事実を饒舌に語るのだ。
「――大佐?」
「……何だね、ホークアイ中尉」
ほんの僅かの歩みの間に、ロイ・マスタングの思考を、複雑な情報がとめどない勢いで錯綜していた。
前もよく見て歩いてはいなかったような気がする。半歩後ろを歩いていたホークアイ中尉の声で、
突然現実に引きずり戻されたような感覚を覚える程、深いところへと意識が潜っていた。
「申し訳ございませんが、一度自宅に戻らせていただけますか? 荷物だけ置きましたら、
すぐに軍の方にまいりますから」
軍に調べ物をするために戻る――そう言ってファルマン准尉を倉庫に残して出てきたのだが、
その実、マスタングの足は、まだ明確な進路へと踏み出しているわけではなかった。
ホークアイの言うことはもっともで、彼女は買い物からの帰宅途中に死刑囚と出くわした
ものだから、手には大きな買い物袋を抱えたままだった。
「このままではあんまりですので」
「……そうか。分かった」
「では、ここで――」
そう言ってホークアイは、表通りに出てから、マスタングと別の方向に歩み出した。
比較的大きな通りで街灯も明るかったが、既に深夜ということもあり、人通りは皆無だった。
「いや、ちょっと待て!」
「あっ」
不意にグイッと腕を掴まれて、ホークアイは後ろによろめいた。
「……何ですか? 大佐」
抱き留められて、そのまま首を後ろに向ける。
「すまない」
突飛な行動に、自ら戸惑うような表情で、マスタングは彼女から手を離した。
「いや……私も行こう」
「は?」
発言の意味を測りかねて眉をひそめるホークアイに、
「不用心だから、私もついて行こう、その……君の家まで」
「お気遣いは無用です大佐」
意味を理解したらしたで即答の彼女に、マスタングは、ムッとしたように口を結んだ。
「あんなことが有ったんだぞ」
彼女が鎧姿の死刑囚に襲われたことを言うと、
「あんなことはそう続けては起こりません」
「一度あることは二度あるというだろう」
「二度有ることは三度、なら聞いたことがありますが」
「とにかく私が気になってしょうがないんだ!」
――結局はソレか。
ホークアイは荷物を抱えたまま、溜息をついた。
「……分かりました。私なぞのために、大佐にわざわざご足労をおかけするのは、
はなはだ恐縮なのですが」
「婉曲的に皮肉を言うのはやめたまえ」
何と言われようとついていくぞ、という無言のオーラが立ちこめていて、こんな時の彼は、
まさに何を言っても聞きやしないのだと、ホークアイは分かっていた。
迷惑というほどのことでもないけれど、こんな時に自分なんかの心配をしているよりも、
もっと重要なことがあるはずなのに……という、戸惑いがあった。
マスタングに目の前に手を差し出され、ホークアイは彼の顔を見上げた。
また、その意味を測りかねて。
「持とう」
買い物袋のことを言っているのだと分かると、これまた即答。
「大して重いものではございませんから、結構です」
「男が一緒にいて、女性に荷物を持たせられるわけないだろう」
ほぼ強引に紙袋を持って行かれる。
「……すみません」
「行こう」
何かぎこちないムードが漂う。ホークアイは、彼女のことを気にかけながらも、あまりこちらを
見ようとしないマスタングの態度に首を傾げた。相変わらず彼女は半歩下がって歩いていたが、
やがて沈黙を破って声を出した。
「大佐……何か、おっしゃりたいことでもおありなのですか?」
「何故そんなことを聞くのかね」
「何となくそんな風なご様子なので」
「……考えることが色々ありすぎてね」
“考えることがありすぎる”――それはもっともなことだった。
ただ、どうも歯切れの悪い印象が残る。
そして、案の定。
「なのに、突然別のことが気になってどうしようもなくなった」
「何ですか」
「何だか無性にあいつが気にくわない」
“あいつ”
もしかして、あの鎧姿の死刑囚のことを言っているのか? そりゃあ、死刑判決を
下されるほどの罪人であるし、何かと言うと「解体させてよ」が口癖の連続猟奇殺人鬼、
友達にしたいと思えるような存在ではなく、誰であろうと彼を気に入るとは思えないのだが――
ホークアイがそんなことを考えていると、マスタングが立ち止まって振り返った。
「君はどうなのかね。随分と懐(なつ)かれていたようだが」
「妙なことをおっしゃらないでください」
ホークアイは、あからさまに嫌そうな顔をしてみせた。もう魂だけの存在とはいっても、
連続殺人鬼の死刑囚に懐かれるなんて、ほめ言葉にもならない。
「リボルバー全弾六発と、オートマチックで四発、計十発も撃ち込みました。今この瞬間、
彼が同じように現れたとして、同じように対処します」
ついでに言うならひじ鉄も食らわせたし、鉄パイプで鎧の頭部が外れるほどの激しい突っ込みを
入れたりもした。
「それ以上の何かがもっと必要でしたでしょうか?」
「……別に。そういうことを言いたかったのではないよ」
だったら何を――と喉まで出かかったが、また彼が向き直って、歩き出してしまった。
「大佐……」
上司の気まぐれや不可解な行動には、ある程度慣れているホークアイなのだが、どうも今回は
今までにない様子で、何が問題なのか掴みかねた。
「あの、バリーのことで何をそんなに……」
このままではスッキリしなくて気持ちが悪いので、思い切って聞こうとすると、言葉半ばでまた
マスタングが立ち止まり、振り返った。さっきからこればかりで、ちっとも進みやしない。
「バリー?」
「はぁ……」
「君は、私のことは名前で呼ばないくせに、奴のことは“バリー”か?」
「はぁ?!」
脈絡のない抗議めいたマスタングの言葉に、ホークアイは困惑した。
「あの、だって、“バリー”というのは、何というか、あの、“バリー・ザ・チョッパー”という
長い名前を呼ぶのが面倒なための便宜上の略称といいますか、親しい間柄の相手を
ファースト・ネームで呼ぶのとは根本的に異なると思うのですが」
ひどく不機嫌そうな顔のマスタングに、柄にもなく苦しい弁明を試みるが、その表情は緩まない。
「バリー……ザ・チョッパーに対してお怒りなのですか? それとも、大佐のお名前を
呼ばないという、私に対してお怒りなのでしょうか?」
一応気を遣って、長い名前で呼んでおく。
「大体、あいつは君に気安く触れすぎだ! 今夜、私が君に言われた場所に着いた時は、
目を疑ったよ。この私の目の前で、リザ、君に触れるような身の程知らずの輩(やから)が
居ようとはな」
まぁ、それは確かに、ここ数年、焔の大佐の補佐官に色目を使うような男はいなかったし、
ましてや、あからさまに挑戦的にホークアイにちょっかいを出すような無謀な人物もいなかった。
そういう意味で、マスタングも近頃は、そういう出来事に対して免疫が無くなっていたと言える。
それにしても、次々と話が飛ぶ。
「はぁ……でも、大佐がお怒りになる程のことでは……」
「子供じゃあるまいし。別に怒っているわけではない。気に食わないだけだ」
ホークアイには、彼がまるきり子供のような拗ね方をしているとしか見えなかったが、
そこは彼女も男を立てることを知っているので、口にはしない。
「それに、あいつは君の……」
「はい?」
何だかもう真面目に付き合うのがナンセンスになってきたなと思いつつ、ホークアイは一応、
彼の言葉に耳を傾ける。が、不意にそれが途切れてしまった。
「あいつは……」
さっさと荷物を置きに帰って、軍に戻るならそうしたいなぁと心中思いながら、何か言いよどむ
マスタングのことを一応見守ってみるが。
「あいつは……とにかく、その……何だ、君に……」
「――何ですか?」
いい加減、飽きてきたので、対応がぞんざいになってくる。それが伝わったのか、別な意味で
マスタングがムッとしたのが分かる。
「君も君だリザ、あんな奴に気安く体を触れさせるな!」
「私が触らせたっていうんですか?」
「触らせてただろう、腰とか胸とか……」
――話にもならない。深夜の往来で、通行人の姿は他にないけれど、ひとが聞いたら
まるきり男女の痴話ゲンカでしかないだろう。しかも、相当に他愛のない。
「……今までのお話を総合しますと、彼が私の身体、腰や胸に気安く触れたのが、
特に御気分を害された理由ということでしょうか」
段々支離滅裂になっていくマスタングの言葉を冷静に総括するように、ホークアイが言った。
「まぁ……問題を極めて矮小化してしまえば、端的にそう言えないことも……」
「じゃあ、はい」
ホークアイは、小難しい言葉をブツブツ並べるマスタングの、買い物袋を抱えていない方の
手を取ると、自分の胸を掴むように触らせた。
「なっ……何するんだ君は!」
不意なことに驚いてマスタングが手を引き戻す。ホークアイは平然とした顔で、
「これで大佐も“おあいこ”ですから、もう気がお済みでしょう?」
「あのなぁ、リザ――」
「つまらないお話には飽きました。さっさと荷物を置きに帰って、早く仕事に戻りましょう」
もっともなことを言われて、マスタングは継ぐ言葉もない。
その表情にホークアイはニッコリと微笑み、二人の間の半歩の距離を踏み出して詰めると、
そっと、彼の耳元に。
「いつも、もっと…………してるくせに」
――そんなことで、妬かないでください。
その囁きに、更に彼が何も言えなくなったのは、言うまでもなかった。
3.18.2004.
1234HITの、たまほめ様のリク、「66がらみの嫉妬ロイをギャグで」。
正直な話、これまでで一番苦悩しました。ギャグってことは、笑えなきゃアカンのですよ!
取りあえず自分で笑っとこ。ハハハハ!!! ……スミマセン。頑張ってはみました。
66尋問後の嫉妬大佐はアチコチで力作を拝見してきたので、非常にプレッシャーでした。
あと、最後の最後までタイトルが浮かばず、苦労しました。