『繋がる場所』
あなたはきっと、知らない。
――私が、こんなにあなたの
……が、好きだなんて。
* * *
実のところ、彼はあまりお酒が強い方ではない。
弱いというわけでもないのだが、疲れている時など、あっさり寝てしまうことがある。
私はというと、外で飲んでも、あまり酔える方ではない。
強いというわけではなく、ただ、色々なことが気になりすぎて、酔えないのだろう。
だから……時として、つまらない。
なにって、だって、それは――
そんなに酔っているなんて、思わなかった。
確かに、帰り道、いつもよりもよく笑って、人なつっこくて。
思えばそれが徴候。
二人して、何が可笑しいのか分からないのに、クスクス笑ったりして。
部屋に着いてからも、かぷりと鼻に噛みついたり。
戯れに、軽く口づけて。触れるだけを、何度か繰り返して。
その間隔が、少しずつ縮まって。
溜息のように、互いの吐息を交わし合う。
ん……と、喉が鳴って、あなたの髪に指を差し入れる。
ゆら・ゆら
あやしい足元が、よろめいて。
その瞬間、舌を絡ませて。
ちくん、と胸に針が刺さる。
甘い棘が、心臓に向かって。
あン、と、ちょっと意図的に、あなたに倒れる。
以前、こんなことをして、あなたの唇を切ってしまったことがあったから、内心ヒヤッとして。
だけどそれも脳裏の熱さに相殺されて、儚い泡のように、一瞬で消えた。
――ねぇ、これからどうしましょうか?
どんな楽しいことしましょうか。
やってくる朝を追い返すくらいの勢いで。
ねぇ……大佐。
問いかけるよりも、本当は求められたくて。
だから、ちょっと唇を離して、伺うように、少しあなたの上から体を起こしたのに。
「――大佐?」
こてん。
電池が切れたオモチャのように、その首は横に倒れる。
うそ。
寝ちゃった……?
すぅ……と、気持ちの良さそうな寝息が、あきらかな現実を示す。
寝ますか、普通。この状況で。
「……襲ってやろうかしら」
0. 5秒の本気が、声に出てしまう。でも、そんな虚しいこと、勿論、しない。
許し難いことでは、あるけれど。
ふぅー、と息をついて、ベッドの上に座り込む。
なんて気持ちよさそうに寝ているのかしら。
何だか、悔しい。
悔しいなぁ。
そして、私はつまらない。
つまらない。つまらない。
起こしてやろうかしら。それくらいは許されるかしら。
そんな思いで、彼の隣に体を横たえる。
えい、つついてやろうか。
指を、頬に、ぷすっとしようとして……やめる。
よく寝ているのに、可哀相だもの。
――ああ結局私は、いつもこう。
溜息をついて、彼のこめかみから髪を、そっと撫ぜる。
どうせなら、その心地よい眠りも分かち合えたらと思う。
でも、あいにく私はまだ眠くはない。
あなたとは対照的に、目が冴えてしまったのですよ、大佐。
それは、あなたの責任と言えばそうだし、仕方のないことと言ってしまえば、それまでのこと。
大佐は男性の割に、お肌が綺麗ですね。羨ましいです。
またつつきそうになって、指を引っ込める。
――顎から耳元にかけてのラインが、好き。
そこから首筋も。
でも、もっと好きなのは……
所在なく、ベッドの上に広げられている、手のひら。
ほっぺをつつく代わりに、掌(たなごころ)に指を落とす。
掌紋をなぞる。
ねぇ大佐。あなたはご存じないでしょうね。
私が……
中指の腹で、手のひらの筋をなぞると、微かに指が動く。
私が、大好きな場所。
そっと、ぎゅっと重ねて握ると、暖かな手。
子供みたい。眠る時に、手が熱くなるなんて。
さすがに、男の人の手だから、私よりも骨太で、固いけれど。
ああ、繋がっている。
そう感じられる場所。いつだってそこは、一番高いところ。
握った手を、くいっとひねると、私の方に、手の甲が向く。
指の付け根まで連なる、うっすらと浮き出た骨。
隆起も、微かなくぼみも、全部。
節に、唇を寄せる。
親指の付け根の、少しくぼんだ影には、口づけずにいられない。
あなたはきっと、思いもよらないでしょうね。
私が、こんなにもあなたの手を、愛おしんでいるなんて。
どこにもかしこにも、くちづける。
抱きしめられるよりも、ずっと。
こうして手を繋いでいられる方が良い。
だって、これならきっと、あなたの負担になることはない。
ただ、手を繋ぐだけなら。
両手であなたの手を包んで、頬を寄せる。
実際には、手を繋ぐということだって、滅多にはないこと。
普段は有り得ないし……
あなたにせがむのは恥ずかしいし。
だから、これは密やかな情事。
――何故だか、不意に切なくなる。
あなたの目を盗んで、秘密の逢瀬。
この手は、あなたの知らないところで、私に触れる。
手首の節に、瞼を寄せる。
ああ、こうして繋ぐことすら、素直に求められないなんて。
でも、この、手の中に収まってしまう温もりを、幸せだと感じる。
側にいられる。
それ以上、何を求められるでしょう。
『今』があることを、どうして感謝せずにいられるでしょう。
触れていて。この手に。目に。体に。
あなたと私が、繋がるあかし。
ささやかな絆。永遠の約束。
親指の付け根の、ふっくらとした厚みにキスを落とす。
そっと唇を開いて、柔らかく食(は)む。
手首の内側、筋をなぞるように。
ああ、どうか……
私は、まるで怖い夢に怯える少女のように、あなたの手にすがりついた。
どうか私から、この手を奪わないでください……と。
11.21.2004.
illustrated by Lychee Mizunoto