物語の概略


さて、それでは大嶽丸について考えるに当たり、彼について書かれた物語を読み取らないことには話にならない。そこで、まずは『田村の草子』から、簡単に物語の概略を語ってみよう。

  昔、伊勢の鈴鹿山に大嶽丸と言う鬼神がいた。鈴鹿山を拠点とし、この鬼は散々悪さを行ったためにその辺りの往来が絶えるほどになってしまった。

  それを見かねた帝は藤原俊宗(幼名田村丸、17歳で征夷大将軍となったとされる架空の人物)に3万余期の軍勢を与え、大嶽丸を退治せよと勅命を下した。そこで、俊宗は鈴鹿山へと向かうのであるが、悪知恵の働く大嶽丸は暗雲の中に隠れ、俊宗の軍勢に対して暴風雨や雷鳴を轟かせ足止めを食わせいたずらに時を経るばかりであった。

  そんなある晩、俊宗の夢の中に一人の老人が現われ「大嶽丸を退治するためにはこの山に住む鈴鹿御前の協力を得よ」と告げる。そこで、俊宗、3万余騎の軍勢を都へ返し、単身鈴鹿山へと乗り込んでいくのであった。

  そして、俊宗は山中で一人のこの世の者とは思えぬほど美しい女に出会う。女は「私は貴方に協力し大嶽丸を討つために天から下った天女です」と告げる。俊宗とヒロイン鈴鹿御前との出会いである。

  さて、この鈴鹿御前であるが大嶽丸からしつこく求愛されていた。そこで、鈴鹿御前は自らが囮となり、大嶽丸に完全なる防御を与えている3本の宝剣を奪い取り、その後俊宗に大嶽丸を討つと言う計画を立てる。

  作戦は実行へと移され、鈴鹿御前は大嶽丸の屋敷に向かう。いままで散々に突っぱねられてきた大嶽丸であるので、鈴鹿御前の登場に大喜びし、屋敷内に招いたが鈴鹿御前が言うところによると「私は藤原俊宗と言う悪党に命を狙われています。身を守るために貴方の宝剣を貸してください」との事。大嶽丸は天竺に住む叔父に宝剣を一本貸していたので残りの2本を鈴鹿御前に素直に貸してしまった。

  鈴鹿御前が自分に気を許したと考えた大嶽丸は次の夜、美しい貴公子の姿で鈴鹿御前の屋敷を訪れる。当然、そこで待ち構えている俊宗との激しい戦闘が始まるのである。

  いままで、鈴鹿御前の前では貴公子姿を通してきた大嶽丸であるがこの時ばかりは身の丈十尺ばかりの鬼神に戻りて俊宗と激しい戦いを繰り広げる事となる。ここで俊宗は千手観音や毘沙門天の加護を受け、見事大嶽丸を討ち取るのである。

  そして、都に戻った俊宗は朝廷より手柄として伊賀国を賜り、鈴鹿御前と幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。

  と、本来であればここで物語は終了のはずであるが、大嶽丸はなんと復活を果たす。あの時、鈴鹿御前が宝剣を2本しか奪えなかったため、残り一本の宝剣の魔力を使い天竺で復活し、陸奥の霧山が岳に住み着き再び悪事を働き始めるのだ。そこで再度俊宗と鈴鹿は大嶽丸に挑む。そして、またも大嶽丸を討ち取るのであるが、今度は大嶽丸の首が俊宗の兜に食らいつく。急ぎ兜を脱ぐや、そのまま大嶽丸は息絶えていたと言う。

  こうして、本来の鬼退治に二倍の労力をかけて行われた俊宗の活躍であるが、それは大嶽丸がそれだけ強力だったと言う事になる。このことにより、大嶽丸の首は戦利品として藤原氏の氏寺である平等院に祭られる事となった。これは酒呑童子・玉藻前と並ぶ程の戦利品としての価値であり、かの鵺でさえここの宝物殿に納められる事はなかったのだ。

  こうして、やっと平和を得た俊宗は鈴鹿御前と末永く幸せに暮らしたとさ