記憶と地面 〜「玄松子の記憶」の画像論〜





 はじめて『玄松子の記憶』を訪れたのは、まだこのサイトが発足して1年たってない頃だったと思う(多分、2000年の秋頃)。最初の訪問の際、サイト全体のスタイリッシュなできばえに感銘を受けたことをよく覚えている。じっさい、ページ全体の構成の良さとか、体言止めを多用する読ませる文体とか、境内の空間把握の的確さとか、現在に至るまで『玄松子の記憶』のスタイルを支えている様々な特性はその頃から感じられた。

 中でも画像の魅力は際だっていた。私はこれから玄松子氏がカメラのレンズを広角レンズに持ち替えてから撮った画像について論考したいと考えているのだが、その前に、このレンズによる撮影以前の、初期の頃のこのサイトのそれについて触れておく。


 思うに広角レンズによる撮影を始める前、このサイトでもっとも成功しているような画像(だいたいページのトップに選ばれるような画像)には、2種類の発想の仕方があったと思う。1つはフォルムから触発されるそれで、これは下の多伎神社(島根県出雲市)のそれなどが該当する。

『玄松子の記憶』多伎神社より

 この画像では画面の右手前に狛犬の片割れを大きく取った構図作りがなされている。参道の軸から外れた地点で撮影されている訳で、このため、対になる向かって左手の狛犬は画面に写っていない。しかし、右手の狛犬と画面中央から斜めに延びてきてフレームの左端で断ち切られる参道のバランスがよく、なかなか上手な絵作りである。

 思うにこれが普通の狛犬であったなら、このような絵作りは成り立たなかっただろう。この構図の成功は、尻尾を持ち上げながら身を低くする体勢をとる出雲式狛犬どくとくのフォルムがあって初めて成立するのである。こうしたことはフォルムに対する鋭敏さをうかがわせるものであるが、それが率直に発揮されれば端正で美しい画像となる。下の都美恵神社(三重県伊賀市)の画像などはその一例である。

『玄松子の記憶』都美恵神社より

 この画像はものすごく絵画的で端正で、なんだか都美恵神社の社殿が一見、異国の宮殿か何かのように見える。

 ちなみに都美恵神社は式内社の穴石神社(伊賀国阿拝郡)の論社であるが、現在の社地は創始の頃からのものではなく、霊山という神体山の北麓にあった旧社地が洪水で崩壊したので遷座してきたらしい。
 現在の当社の社殿は画像にもあるとおり高いところにあるが、本殿だけならまだしも、わざわざ拝殿までも高く持ち上げて丘陵の斜面を整地した狭いスペースに載せている。どうしてこんな無理をしてまでもわざわざ高低差の著しいプランが採用されたのだろうか? じつは石段を登って拝殿の前から南を振り返ると、旧社地の霊山がよく望まれるのである。あきらかにこの社殿は、旧社地が遠望できることを意図して高い場所にしつらえられているのだ。

 玄松子氏は都美恵神社のページの一番下に、拝殿の前から撮った「境内から、元地の霊山が見える」という霊山の画像を(抜かりなく)アップしているが、とにかくこうしてみると社殿のある場所のこの高さは当社の来歴に関わりのあるものであり、これを撮影するに当たっては、ある程度、離れた場所から(上の空や下の平場もたっぷりと写りの込むような構図で)「高い場所にある」という状況がよく伝わるような構図を採用しなければならないと思う。玄松子氏の画像はたんに端正というだけではなく、こうした説明責任も果たしていて、説得力がある。


 それはともかく、もうひとつの発想の仕方は境内の空間から触発されるそれで、これは下の鴨大神御子神主玉神社(茨城県桜川市)の画像などそうだろう。

『玄松子の記憶』鴨大神御子神主玉神社より

 この画像にはとくだんに魅力的なフォルムは見当たらない。しかし、樹木に覆われた小径を進んでゆくとその向こうに神社の社殿が見え始めた、 ── というようなドラマというか物語性を感じさせる画像である。そして、ここで主役となっているのはフォルムではなく、そのようなドラマを生じさせる神社の空間そのものであり、明らかにこの画像はそこから触発されたのだ。


 このことは下の眞木山神社(三重県伊賀市)の画像などにも顕著である。

『玄松子の記憶』眞木山神社より

 氏は鳥居のところからこれを撮影し、拝殿と本殿はその奥というタテの構図を採用している。だがこういう構図を採用する人はわりと珍しいと思う。というのも(玄松子氏の画像にも写っているが)当社には本殿の前にユニークな茅葺きの舞殿があり、その存在感を強調するため、たいていの人はこの舞殿を手前に大きくとり、その奥に本殿を配した構図で画像を撮影するからである(『日本の神々』と『式内社調査報告』に載っている画像はいずれもそうである。)。この大きくて不格好な屋根をもつ建物のフォルムの面白さに氏が無関心であったとは思えないが、あえてそうしないで(もちろんそういう画像も撮っているのだろうが)鳥居のところから写した構図の画像をページトップに採用する辺り、神社の空間に対する深い愛着を感じさせるものがある。

 とまぁ、個々の画像について語り出すときりがなくなるので、この辺で止めておくが、しかしカメラのレンズを広角に持ち替えてからの玄松子氏は、総じて今みてきたようなフォルムや空間からダイレクトに触発される絵作りというのを基本的にやらなくなった感じがする(そこまで言わないでも、今ではそういう態度は後退した感じがする)。



   



 2005年4月9日の『玄松子のブログ』に、一眼レフ・カメラを購入したという記事がある。氏が広角レンズを入手したのは、たぶんこれと同時だったのだろう。いずれにせよ、同じ年の夏頃から『玄松子の記憶』で広角レンズを使って撮影された画像を見かけるようになり、現在では新規にアップされる神社のほとんどがこのレンズで撮影されている(※)。ここではこれから、この画像群について論じる訳である。 玄松子氏が広角レンズを使って撮影した画像をはじめて見た時、私は単純に「面白いことはじめたな。」と思った。ただし、氏の採用した広角レンズはかなり歪みがキツイものであり、最初の頃はそのことにややとまどったのも事実である。

 例えば、境内を撮影する場合は良いのだが、社殿をこのレンズで撮影するとフレームの端の方では建物がひん曲がってしまってまるでドローネーの絵画のようになってしまう。もともとフォルムに対して鋭敏な感覚をもっていた人であっただけに、初期の頃、このことはちょっとした衝撃だった。正直に言って私は、広角レンズの他に普通のレンズも用意していって、社殿をメインに撮影する際はそっちも使って欲しい、などと感じることが今でもない訳ではないのである(あの都美恵神社のような画像をもう一度、見たいのである。)。

 また、広角レンズの使用に内在する様式上の問題もここで指摘できるだろう。すなわち、広角レンズを使って撮影すると、その画像には「主人公の(ここでは撮影者である玄松子氏の)主観」という意味が付着してしまうのである。
 映画を例に説明すると、ある映画で刑事が単身、敵のアジトに乗り込むとする。彼が銃を構えたままドアを開け、中に踏み込むとカットが変わり、刑事の息づかいだけが聞こえてその姿は画面から消え、建物の奥へ奥へと進む様子だけがキャメラに映し出されようになる。おうおうにしてそんな時、キャメラのレンズはカットが変わった時点で広角レンズに変わっているのだが、そのことはスクリーンの端の方に目をやると事物の姿が微妙にゆがんでいるので辛うじて確認できる程度である。しかし、映画の観客は(たとえキャメラのレンズが変わったことに気づかないでも)無意識に、「あ、これはキャメラが敵のアジトに入った刑事の目になって、彼の視界をいわば一人称で表現しているのだな。」と直ちに理解するのである(英米の撮影用語でPOV、ポイント・オブ・ビューという手法)。こういうのは、広角レンズを使って主人公の主観を表現するありふれた手法である。

 もっと全編にわたって、しかももっとキツイ広角レンズが使用されている映画の例もある。有名なものとしては、スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』があげられるだろう。この映画における広角レンズの使用は主人公アレックスの非常に主観的な物の見方を反映している(どっかのインタヴューでキューブリック本人がそう答えていた。)。また、映画史的に『時計じかけのオレンジ』に影響を与えた作品としてオーソン・ウェルズの『黒い罠』があげられるが、この映画でも広角レンズが多用されており、それは見知らぬ異邦の地で、孤立無援のまま卑猥で暴力的な環境にさらされたジャネット・リーの、極度に不安な心理状態を表現するものであった。つまりこれもまたニューロスティックで、主観的な気分の反映なのである。

 こうしてみると、極端な広角レンズの使用はほとんど表現主義的といってよい強い主観性の突出を思わせるが、そのいっぽうで『玄松子の記憶』のスタイルは全体にクールで客観的なので、当時、「このサイトにこの画像では、収まりが悪いのではないか。」という危惧をいだいたのも確かなことなのだ(今ではそんなことは全く感じなくなったが)。

 ただ、こうした些細な留保はともかく、総じて私は『玄松子の記憶』にある広角レンズで撮影された画像群、── ことに神社の境内を全景で捉えたそれ ── を高く評価するものである

 ついでに言っておくと、あれだけ歪みがキツいにもかかわらず、これまで玄松子氏が広角レンズをつかって撮影した画像が絵としての破綻を感じさせたことは一度もない。すぐれた構図感覚のたまものである。



   



  氏が広角レンズで撮影した画像について論考する前に、確認の意味でこのレンズによる画像の撮影いっぱんについてちょっと触れておこう。

 大体、誰でも知っているように、広角レンズ(魚眼レンズ)を使って撮影するとフレームの真ん中辺りにある被写体は飛び出してきて、逆に周辺にあるそれは背景に遠ざかるような効果が得られる。またその結果として、全体に事物のフォルムが同心円状にたわむ。例えばビルが建ち並んでいる場所でこのレンズを使って見上げるようなアングルで撮影すると、まるで建物がこちらに覆い被さってくるかのような効果が得られる訳である。

 さて、このレンズを用いて神社を撮影する場合、つまるところ選択肢は2つあると思う。1つは視線より高い位置にカメラを向けること(アオリ)であり、もう1つそれよりも低い位置にカメラを向けること(フカン)である。今のビルの例に顕著なように、広角レンズの効果を際だたせるなら、だんぜん前者を採用するべきである。視線より高い位置にカメラを向けると、事物の歪みによって広角レンズの効果が際だつのだ。では、神社でこの方法を使うとどうなるか?

 神社には樹木が多い。しかもその樹木はスギのような針葉樹であることが多く、こうした樹木が多いと、その景色はタテの線が強調される。そうしたところに広角レンズのカメラを持ち込んでアオリで撮影すると、空中をバックにしたスギのフォルムが同心円状にたわんでその効果は絶大なものとなる。たんに奇をてらうためだけならこれでも良い。

 ただ、このようにして写された画像には様式上の問題が指摘できると思う。というのも、広角レンズによって撮影されたスギのフォルムは先端に行けば行くほど引き延ばされるが、普通、神社にあるスギは何本かが並列して生えているので、このように引き延ばされたスギのフォルムには、同じようにして引き延ばされてきた別のそれがつながる運動が起こってしまうのである。こういう引き延ばしと癒着はゴシックと呼ばれる美術の様式に特有のものだが、「ゴシックと神社」という組み合わせは非常にまずいのではないか。というのも、よく言われるように、西欧におけるゴシック様式の美術は、キリスト教の超越的な絶対神への信仰と深いつながりがあるのであり、わが国古来の神祇信仰とは相容れないように思われるからである。

 だがそれは兎も角、私は玄松子氏が偉かったのは、氏が広角レンズを使って神社を写す際、アオリではなくむしろフカンによってカメラを使用する態度が顕著であることだと思うのだ。

 では、氏のように境内に立って広角レンズをフカンで構えると画面はどういう風になるのか? ── 当然、カメラは地面に向けられることになる。だがこれはかなり異例なことなのである。というのも、通常、広角レンズを使う人はカメラを地面には向けないからである。さっきも言ったとおり、このレンズの効果はアオリのアングルで構えたときに最もよく発揮されるのであり、フカンでそれをすると、地面が画面の中央に向かってせり出してくる奇妙な画面が出来てしまうのだ。


 しかし、他の場合なら不自然なこのような地面のせり出しが、こと神社にかぎってそうでもないのだ。



   



 ここで視覚と平面について考えてみる。

 私は平面に「人の視線を集める。」という特性があると思う。

 例えば列車に乗って窓の景色をボーっと眺めている時でも、看板が立っていれば特に意識しなくともそこにある文字やイメージが自然に目に飛び込んでくる。高速道路で車を走らせていても、次のインターを知らせる看板は特に注意していなくてもやはり自然に目に飛び込んでくる。

 これらの例でも分かるとおり、看板という平面上にあるイメージや文字は、人の視線や注意を引きつけ易い。
 キャンバスという平面にイメージを描いて鑑賞するという絵画の営みも、実は「人の視線を集める。」という平面のこの特性を上手く利用したものではないか。

 スクリーンという平面に様々な動くイメージを映し出し、それを大勢の人たちが一緒になって眺めるという映画システムにいたっては、「平面は人の視線を集める。」ことのパロディようにさえ感じられる。


 もちろん、これに対しては、「絵画におけるキャンバスや看板が視線を集めやすいのは、それが平面だからではなく、その上にイメージや記号が描かれているからではないか?」という反論が予想されるだろう。確かにキャンバスや看板等の平面は、その上にイメージなりを描いて人の視線を集めることを最初から意図したものであり、それが視線を集めるのは当たり前のことのように思える、── じつは私もそのことまで否定するつもりはない。だが、視線を集めることが意図されていない平面、あるいは、そもそもが人工物でないような平面も人の視線をひきつけやすい、ということをここで注意してみたい。

 たとえば壁という平面はべつだん人の視線を集めるために存在している訳ではないだろう。だが、部屋にある壁に大きなスペースが空いている時、私たちはしばしば「壁が寂しいから、ポスターでも貼ろうか。」などという気を起こす。これは「平面は人の視線を集めやすい。」という特性によって、壁が人の視線を集めるからに違いない。というのも、もしそうでなければ、そもそも「壁が寂しい。」などという欠落感じたいが生じないはずだからである。塀や大きな建物の壁などが落書きされ易い理由もそこにあると思う。

 つまり私は、イメージや記号がそこに描かれることによって平面が視線を集めやすくなることまで否定はしないが、しかしそれ以前から平面に、「人の視線を集めやすい」という特性があったと考えるのである。
 二次元の平面に遠近法を用いて三次元のイメージを定着させるというのが、アルベルティ以来の代表的な西欧の絵画論だが、しかし平面に視線を集めるという特性がなかったら、そもそも絵画という制度じたいが成立しただろうか?


  だが、壁や塀は絵画のキャンバスや看板などと同じくに、身体の向きに対して垂直な位置関係にあるので(つまり人の視線を受け止めやすい位置関係にあるので)、たまたま結果としてキャンバスや看板と同じように機能しただけではないのか、 ── いやいや、そうではない。

 人の視線に対して水平に広がっている平面で、しかも視線を集めることを意図していないそれ、── 例えば建物の床の場合ならどうだろう。実はこれもまたかなり人の視線を集めているらしいである。というのも私は、公共建築のホールのような大空間を手がける建築家は老練であればあるほど、建物の床がいかに多く人々の視線を吸い寄せるか知ってデザインする、という話を聞いたことがあるからである。つまり、そのことが意図されているかどうかにかかわらず、また、身体に対する位置関係(垂直か水平か)にかかわらず平面は人の視線を集めるのだ。


 話がここまできたところで、地面という平面に着目する。

 地面は人工物ではない平面としてもっとも身近なものであるが、以上のことをふまえるとこれもまた普段からわれわれの視線をかなり集めていることが伺われる。ただ、そうは言ってもやはり地面は「見られる」という事に関し、キャンバスや看板の場合のように、そのことが意図された平面と等価ではない。というのも地面は普通、鑑賞や読解の対象となるようなイメージや記号が描かれていないからである。つまり地面はたとえ実際にはわれわれの視線を多く集めているにしても、見る者からあまりそのことが意識されない平面なのである。いわばそれは私たちの眼差しから透明に脱落し、「見て、見ぬ。」状態となっている。


 しかしここに例外がある。神社の地面の場合である。神社ではしばしば、他の場所ではあり得ないほど地面のことが話題になる。例えば清潔な玉砂利が一面にしきつめられていたとか、苔がまるでカーペットのようにひろがっていたとか、落葉した赤や黄の葉っぱが地面を彩っていたとか、石畳の上に木漏れ日が映えていたとか、── ようするに神社で清冽な感じの地面に出会うと何故か私たちは感動し、それを誰かに伝えたがる傾向がある。



   



 画像のことに話をもどす。

 フィルムカメラを使っていた頃のある旅行で私は、いつもより地面が多く写る構図で神社を撮影する実験をしたことがある。当時、今、言ったようなことをまだそこまで深く考えていたわけではなかったが、それでも何となく神社では地面が視覚的に特権化されていることを私なりに感じていたのだ。ところが、旅行から帰ってカメラ屋に出した写真が戻ってきた時、私は失望した。それなりに構図作りに手間ヒマをかけたにもかかわらず、地面を多くとった私の写真はどれもこれも妙に間延びしたしまりのない画面になっていたからである。拙い腕が原因であることは言うまでもないが、それにしても地面というのはなかなか絵にするのが難しいと悟らざろうえなかった。

 それ以来、神社の撮影者としての私は「地面恐怖症」にかかってしまった。例えば、氏子の方々から大切に守られている神社の境内で、綺麗に掃き清められた美しい地面に出会って感動したとしても、その撮影は諦めたのである。私の撮る神社の画像は地面より空の方が多く写っていることが多いが、それにはこうした訳がある。

 ところがだ。上の旅行から数年経った頃、私は『玄松子の記憶』にアップされた画像を前に驚いていたのである。というのもその画像は、かつての私が意図した地面が多めに写った構図が採用されており、しかも(いつも通り)絵としての破綻は感じさせなかったのである。いったい氏は、いかにして地面を絵にする≠ニいう難題に成功したのか? ── 広角レンズを地面に向けることによってなのである(論より証拠、玄松子氏が撮影した下の画像群を見て実感していただきたい。)。


『玄松子の記憶』稲田神社(茨城県笠間市稲田)より
 
 
 この稲田神社の境内を写した画像には、普通なら考えられないくらい地面が多く写っているが、広角レンズの効果でそれを上手に絵≠ノするという玄松子氏どくとくのスタイルがよく出ている。

 対比のため、たまたま同じような構図で撮影した私の画像を下に掲げておく。普通のコンパクトカメラで地面を多く写すと間延びしてしまって、しまりのない構図になりがちなことが分かると思う。
 
 

kokoroが撮影した画像




以下、広角レンズの効果をつかって地面を絵にする玄松子氏どくとくのスタイルがよく現れている画像群を選んでみた。


『玄松子の記憶』國中神社(福井県越前市)より

『玄松子の記憶』佐須賀神社(京都府福知山市)より


『玄松子の記憶』小代神社(兵庫県美方郡香美町)より


『玄松子の記憶』日出神社(兵庫県豊岡市但東町)より






『玄松子の記憶』穴目杵神社(兵庫県豊岡市)より
 
 
 神社の画像メディアの主流がまだ書籍だった頃、(写真集などによって)ある程度、まとまった数の画像を不特定多数の人が目にすることのできる神社と言えば、伊勢神宮、春日大社、厳島神社等々といった一部の超有名神社に限られていた。それ以外の神社の画像と言えば、各地の神社庁が出している神社名鑑のたぐいに小さなモノクロ写真が1枚、載っていれば良い方である。


 ところが現今では状況が大きく変わった。神社の画像メディアの主流が書籍からインターネットに移ったのである。

 このため、今なら式内社であればそれほど有名な神社でなくても、かなり数の画像情報がネット上で閲覧できる。しかもそれらの画像は(当たり前だけど)カラーで撮影されており、掲載される枚数もサイトによっては10葉近いし、撮影しているのはプロではないが、かなりのセンスが良い人であることが少なくない。

 もちろん、全国にある全ての神社の画像がネット上で閲覧できる処まではいっていないが、それにしても風致に見るべきものがあったり、磐座のような祭祀遺跡があったり、興味深い伝承があったりする神社なら、たとえ式内社や国史見在社でなくても、いつかは誰かがホームページやブログで画像を紹介してくれることが期待できる。

 ただし、こうした状況はここ数年にはじまった話だから、そうした無名な神社の画像(たとえ式内社でも、その多くは一般的にはほとんど無名であることが多いと思う。)については伝統と呼べるものがほとんど無く、こうしたものをどう撮影するかは個人のセンスに任されている状況である。

 たとえば、書籍の時代の頃から写真集などが出版されていた伊勢神宮をはじめとする超有名神社には、建築とか風景などに見るべきものがあり、画像を撮影するにあたってはそういうものにもたれかかればそれでよかった。
 だがこれに対し、大部分の神社はたとえ式内社のような古社であっても、その地域であればどこにでもあるような普通の佇まいをしていることが多い。例えば参道のコンクリートには大きなヒビが入っているかもしれないし、結構、目立つ場所に雑草が生えているかもしれないし、何かを保護するための見苦しいブルーシートがあるかもしれないし、建物の壁はトタンで出来ていて神さびたふんいきからは程遠かったりするかもしれないし等々、 ──。要するに大多数の神社は、それを祀っている氏子の方々の日常の一部なのであり、そこにカメラを持ち込んでも超有名神社の場合のような、もたれ掛かるべき「建築」なり「風景」なりは見いだせないのである。その場合、そうした大多数のありふれた神社については、これをどう撮影するかがカメラマンにとっての課題である。

 この玄松子氏が撮影した穴目杵神社の画像は、そういった問題に対処するやり方の好例だと思う。ここの境内には、神社ファンの敵であるさっき言ったブルーシートや雑草やトタンの壁などが見事なくらい揃ってしまっている。しかしこの画像ではそれらが実に面白く提示されているので、気にならないどころか、かえってそれらの事物が好もしくさえ感じられる。とくに手前にあるガビガビにひび割れた醜悪なコンクリートは、かえってその実在感が面白くて大好きだ。

 この画像の成功の要因は油彩みたいに見えることだと思う(じっさい私はこの画像が油彩で描かれているところが、ありありと想像できる。)。
 たまに公民館に行くと、近くの人が近所の風景を描いて寄付したとおぼしき油絵が飾ってあるが、ああいう油絵のスタイルを上手く真似たような感じがする。それに(いつものことだが)構図もバッチリ決まっているし、地面を絵にする広角レンズの効果も申し分ない。
 
 

 さっきも言ったが通常、広角レンズは地面に向けるような使われ方をしない。だが、地面が特権的な存在となっている神社においては、普通の場所なら不自然なくらい地面が多く写っていてもさほど気にならないということがある。ただし、普通のレンズでそれをやってしまったら私がそうであったようにしまりのない構図になってしまうので、広角レンズを地面に向ける手法が有効なのである。このような方法で神社の全景を捉えた『玄松子の記憶』の画像群は、画像メディアの主流が書籍からネットへ移行してしまって以来、神社の画像が獲得したもっとも説得的、かつ、もっとも美しい表現の質を獲得しているように思われる。


 今回のコンテンツ作成にあたっては玄松子氏に画像の貸与を依頼して、こころよくご了解をいただきました。末尾ながら感謝します。ありがとう。


2009.12.28







 言うまでもなく、参詣した時期と、その神社のコンテンツがサイトにアップされる時期が必ずしも一致するとは限らないため、最近、『玄松子の記憶』にアップされた神社の画像でも、広角レンズで撮影されていないことがある。




主な参考文献

『視覚論』

ハル・フォスター編
榑沼範久氏訳
平凡社ライブラリー
『美術手帳』1997年3月号所収
 『他の批評基準』
レオ・スタインバーグ
林卓行氏訳
美術出版社










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