「ゲームしない? 」
そう問いかけたのは、まだあどけなさの残る少女だった。十歳位だろうか? 黒のワンピースを着けている。彫りの深く美しい顔立ちと鮮やかな金髪からこの国の人間ではないという事が分かった。
「は? 」
浩次はブーツカットタイプのブラックジーンズにナンバーナインのシャツを身に着けている。その浩次の脳内を激しい当惑が駆け巡った。
――ここ、俺の部屋……。
ここは紛れもなく、浩次の部屋である。部屋の中心に置かれたテーブルも壁に立てかけてある壊れたエレキギターも脱ぎ散らかした衣服も小さなベッドも浩次の物だ。
「このコーヒー貰うね」
浩次が返事をする前に、少女はテーブルに置いてある浩次の飲みかけの缶コーヒーに手を伸ばした。
「浩次君さ、卒業してないよね」
コーヒーを一口飲んで、少女は言った。
「あぁ……あ? 」
「卒業だよ。あ、学校のじゃないよ」
高卒童貞。忘れかけていた言葉が浩次の心に重くのしかかった。
「してないよね? 」
「……はい」
答えたところで、テーブルの上にナツメグが散らばっている事に気付いた。
――飛んだ勢いで連れてきちゃったのかな? この子。
そんなはずはない、と頭の中の声を吹き飛ばした。
「君は、だれでございますか? 」
動揺のあまり、言葉が変になっている。
「誰でもいいじゃん。はい、これ終わった」
少女は浩次に缶コーヒーの缶を投げた。僅かに残っていたコーヒーがナンバーナインのシャツに飛んだ。
「あぁ! これ高かったんだぞ! 」
怒りのおかげで一瞬だけ浩次の思考が正常に戻った。
「へぇ〜、いくらだったの? あ、この映画好きなんだよ」
少女は背後に置かれているDVDのタイトルを見ている。
「19800円もした……ぁあ! 」
浩次は思わず目をこすった。少女の背中に白い羽が見えたからだ。
「どうしたの? 」
「羽! 羽が背中に……」
「そりゃ、羽ぐらいあるよ。私、エンジェルだもん」
ワンウェイトリップ。そんな言葉が浩次の心に顔を出した。
「あぁあ、ナツメグやりすぎた! 狂っちまったんだぁ! もぉ、おれだめだぁぁ〜! 」
浩次がそう叫ぶと、扉をノックする音が聞こえた。
「お客さんだよ、浩次君」
少女が言った。
「開いてるよぉぉ! 」
扉に向けて浩次が叫んだ。すると、扉が開き、見慣れた隣人の顔が目に入った。
「綾波さん、一人でどうしたんですか?! あまりうるさいと大家さんに相談することになりますよ」
それだけ言って隣人は扉を閉めた。
「一人? 」
浩次は少女に向け、言った。
「ああ、私は浩次君にしか見えないから。で、そろそろ落ち着いた? 」
全く落ち着いてはいないが浩次は首を縦に振った。
「私ねぇ、面白いゲーム考えたからさ、そのゲームで浩次君と遊ぼうと思って来たの」
「……はい」
「名付けて《エンジェルゲーム》ルールはね――」
「俺、そのゲームやるって言ってないんですけど……」
「やらなきゃだめ」
「……はい」
「それでいいの。ルールは今から君に1438万円あげるから――」
「1400万!? くれんの!? 俺にくれんの!? 」
「まだ興奮しちゃだめ。それで、その1438万円を使って4カ月以内にこの国の47都道府県を回ってひとつの都道府県に着くたびにその都道府県の女の子と寝るの」
「つまり……」
「4カ月以内に全部で47人の女の子と寝ればゲームクリアだよ。お金は入るし、卒業できるし、最高のゲームでしょ? 」
「本当なの? それ……」
「本当だよ。ほら、もう振り込んだよ」
少女は浩次に向け三菱銀行の貯金通帳を投げた。
「これ……俺のぉぉ! 一週間ぐらいずっと探してたんだぞ、これぇぇ! 」
「ごめんね、金額が大きいから振り込むのに手間取っちゃって。まあ、見てみてよ」
通帳を見ると0だったはずの貯金残高は1439万9800円になっている。
「シャツの代金も入れといたよ」
少女は言いながらホームアローン3のDVDをテレビにつながれたPS2にセットした。
浩次は何度も頬をつねり、夢ではない事を確かめていた。
「あ、そうだ。大事な事忘れてたよ」
「大事な……事? 」
「そう、大事な事」
言いながら少女は身に着けていたワンピースを脱いで浩次に放り投げた。
「教えてあげなきゃね、女の子の抱き方」
少女は裸のまま浩次のベッドにうつ伏せで寝転んだ。
「カモン、なんてね」
少女は悪戯っぽく笑って言った。
浩次は無言で恐る恐る、少女の上に覆いかぶさった。
「重いぃぃ〜、私が上になる! それに、いきなりすぎだよ。もうちょっと、こう、最初はやさしくね。そんで、終わったらやさしく抱いて頭なでて、キスして」

「おはよ、浩次君」
「おはよ……う」
少女は既に衣服を着けてパイレーツオブカリビアンのDVDを見ている。
「ちょっと遅いよ〜。早くご飯作ってよぉぉ」
時計を見ると10時38分だった。
「俺、朝飯食べないんだよ……」
そう言ってベッドにもぐりこもうとしたがシーツが濡れて異臭を放っていることに気付き、やめた。
「そういえば浩次君、本当に初めてしたの? 初めてにしちゃあなかなかうまかったから、これからがんばろうね」
「……なにを? 」
浩次はビンテージ加工がされたジーンズをはきながら言った。
「《エンジェルゲーム》忘れたの? 」
浩次の脳内に昨夜の記憶が蘇った。
――もしかしたら、俺はとんでもないゲームに参加しちゃったのかもしれない。
そこでひとつの疑問が生まれた。
「これさ、4カ月たっちゃったらどうなんの? 」
言いながら浩次はアンダーカバーのシャツを着けた。
「1438万返してくれればいいよ。でも、もしもお金が足りなかったら臓器売ってでも返してね」
少女は満面の笑みを浮かべていた。