フォズは硬いベッドの上で目が覚めた。
――ここは……。
「あ、目覚めたんだ。怪我は大丈夫? 」
声を上げたのは淡い金髪のかわいらしい少女だった。おそらく歳はフォズと同じくらいだろう。黒い変わった形の帽子をかぶっている。
「大丈夫ですが、あなたは? 」
言って上体を起こすと、狭い部屋が視界に広がった。壁に長い筒のようなものが何本かと牛の頭蓋骨が掛けられている。
「私はメリル。君は? あ、そんなこと今はいいや。食事持ってくるから、ちょっと待ってて。」
そう言ってメリルは部屋の外に出て行った。
フォズは目を閉じて今までの事に考えをめぐらせた。
――ロキ様は捕まってしまったのか? いや、そんなはずはない。……でも、それならばどこに逃げたのだろう?
――「ミストルティンがおまえを守る。」
ロキの最後の言葉が脳裏に浮かんだ。
――ミストルティン!?
フォズは一気に目が覚めた。ミストルティン以外にも剣や仮面なども部屋の中には見当たらない。服も海に飛び込んだ時とは違うものを着ていた。
「お待たせ。」
そのとき、メリルがパンと簡単な卵料理を載せた盆を運んできた。
「あの、失礼ですが僕の荷物はどこにあるのでしょうか? 」
フォズは丁寧な口調で言った
「それなら私が預かってるよ。ちゃんと後で渡すから、今はこれ食べてよ。味は保障しないけどね。」
メリルはフォズに笑顔を向けながら盆を差し出した。
「ありがとうございます。」
フォズは盆を受け取り、パンをかじった。何日かぶりに食事を取った気分だった。
「二日ぶりの食事はどう? 」
しばらくしてメリルが言った。
「二日ぶり!? 」
メリルの言葉にフォズは心底驚いた。
「正確にはもっとかも。私が君を見つけてから二日だから。」
「そう……ですか。」
「死んじゃったかと思ったんだよ。二日間も寝たきりだから。で、どうする? まだ食べる? 」
気付くとフォズの盆に置かれた皿は空になっていた。
「すみません、お願いします。」
「待ってて、今度はいっぱい持ってくるから! 」
メリルは笑顔を浮かべて言い、扉を閉めずに部屋を出て行った。

「はい、どうぞ。」
しばらくして、メリルはさっきのものよりも大きな盆を抱えて戻ってきた。
盆の上にはパンと卵料理のほかに魚介類の入ったスープとサラダが載っている。
「これは、一人で作ったのですか? 」
サラダを口に運びながらフォズは言った。
「そうだよ。」
メリルはそう言うと二つあったパンのひとつに手を出した。
「そういえば、名前教えてよ。あと、どこから来たのかも。」
メリルはパンを口に入れたまま言った。
「名前はフォズです。それで……。」
アスガルドから来たと言うわけにはいかない。誤魔化そうと思ったが、ミッドガルドの適当な地名が浮かばずフォズは口ごもった。
「アスガルド人でも私は気にしないよ。」
メリルはスープに入っていた海老を口に放り込みながら言った。
「なぜ……わかるのです? 」
驚きのあまり、フォズは持っていたフォークを落としてしまった。
「瞳の色で分かるの。アスガルド人はみんな灰色なんだよ。」
「……そういえば、皆、灰色の瞳をしていますね。」
言ってからフォズはロキの瞳が蒼色だったのを思い出した。
「アスガルド人は絶対に灰色の瞳をしているのですか? 」
「そう言われてるよ。」
メリルの言葉にフォズは思わず苦笑した。ロキがアスガルド出身でないのならば自分は他国からの侵略活動を手伝っていた事になる。
「なに笑ってんの? 」
メリルが不思議そうに言った。
「いえ、別に。」
「まあ、いいや。とりあえず、怪我が治るまではここにいなよ。これくらいの食事なら出せるからさ。」
そう言ってメリルは微笑を浮かべた。

「オーディン様、報告いたします! 」
ヴァルハラの城の謁見の間に兵士が一人、入ってくるなりあわてた口調で言った。
「なんだ? 」
オーディンはいつもどおりの威厳に満ちた声で言った。
「今朝、ロキ様の墓に掘り起こされた跡があり不信に思い掘り起こしたところ、土中の棺の中から死体が消えていたとの報告を受けました。」
「ほう、それは真か? 」
「はい、それで、棺の中にこんな物が。」
そう言うと、兵士は半分ほどが深紅に染まった一輪の花を取り出した。
「これは……血か? 」
オーディンは兵士から花を受け取り、言った。
「はい、これ以外にも棺に入っていた何本かの花が血に染まっておりました。」
「そうか……では、急ぎ軍を集め町中のレジスタンスを根絶やしにするのだ。今回の件はおそらく、レジスタンスの連中がロキの肉体と血を用いてロキを蘇らさせようとしたのだろうからな。」
「了解しました。では、指揮官はどなたに? 」
「ヘイルダムが適当であろう。」
「了解しました。それでは。」
兵士は駆け足で謁見の間を出て行った。

「お客様、起きてください。」
汽車の中で顔中に包帯を巻いた車掌に体をゆすられ、ロキは目が覚めた。
「……なんだい? 」
ロキは両手で目をこすりながら言った。
「乗車券をお見せ下さい。」
ロキは無言でポケットに入っていたはずの乗車券を探った。
「すまないね、無くしちまったよ。」
しばらくしてから車掌に向け、ぶっきらぼうに言った。
「そうですか。」
車掌はそういうとロキの席の窓を開けた。
「暑いんなら他の窓を開けてくれ、俺は寒い。」
車掌は動こうとしなかった。
「なんだよ、まだなんか用事があ――。」
言い終わらぬうちに、車掌がロキの胸倉をつかんだ。
「乗車券をお持ちでないのならば、下車していただきます。」
そう言って、車掌はロキを窓の外に放り投げた。
「さようなら、またのご乗車をお待ちしています。」