会議が終わってしばらくしてロキは動き出していた。
ヴァルハラで最も早いと言われるオーディンの愛馬、スレイブニルに装飾の少ない白の法衣を着てまたがりいつもどおり部下をつれず1人でフレイアに与えられた宮殿、セスルームニルに向かって走っていた。
このままのペースで行けばセスルームニルにはもうすぐ到着するだろう。
――まったく、あいつは俺をなんだとおもってるんだ?こんな仕事を俺1人にやらせるなんて
ロキは心の中でそうつぶやいた。
今夜中にフレイアの持つ聖輪ブリージンガルを盗んでこなければいけない。
――あいつらしいな。ブリージンガルが手にはいればそれでよし、俺が捕まって殺されてもそれはそれでよし。
オーディンの考えが手に取るようにわかった。
「お止まり下さい、ロキ様。」
前方にいた声の主は左手にカンテラ、右手に大きな槍を持ち、闇に溶けるような黒い鎧を身につけている。一瞬の後、セスルームニルを守っているアスガルドの兵士だとわかった。
「なぜとめる?オーディンから聞いていないのかい?」
「わかっています。これをお持ち下さい。」
そう言って兵士は自分が着ていた鎧を脱ぎ、槍と共に差し出した。
「この鎧を着ていればヴァナヘイムから来ている警備の者の目もごまかせます。あなたには重いでしょうが我慢して下さい。」
「わかった。」
そういってロキは渡された槍で鎧が無くなり無防備になっている兵士の胸を突いた。
短く小さな悲鳴が上がり兵士は絶命した。
そしてロキは兵士の絶命を確認した後、返り血を受け所々が赤く染まった法衣の上から鎧を着て、再びスレイブニルに鎧を着ているのを感じさせないほど軽々とまたがり鞭をいれて走り出した。
しばらくして巨大な美しい屋敷が視界に入った。
ロキは屋敷から少し離れた茂みの影にスレイブニルをとめた。
少しはなれた所からなら黒毛のスレイブニルは夜の闇にとけ全く見えない。
2人の兵士が屋敷の入り口に立っていた。1人は兜をつけていない。
「おまえ、カンテラはどうした?落としてしまったのか?」
2人のうちの1人がロキに声をかけた。
「ああ、石につまずいてね。代わりを持ってくるから中に入らせてくれ。」
「いいだろう、入るがいい。これが鍵だ。」
「どうも。」
男の手から左手で鍵を受け取ると同時に右手に持っていた槍で男の頭を殴りつけた。
そしてすばやく、もう1人の兜をつけていない兵士の喉を突いた。
――思ったより楽だな。
心の中でそうつぶやいてロキは最初に殴りつけた方の兵士の鎧を返り血を受けた自分の鎧と取替えた。
そして真っ赤に染まった槍を兵士が鎧の下に来ていた服で丁寧に拭ってから屋敷の扉を外が見えないように少しだけ開けて中に入った。

ロキが屋敷に入って30分程たった。
屋敷の中には豪華な装飾が施されていたが今ではそこらじゅうに血が飛び、さらに何人かの焼き殺された者の死体からは焦げ臭い香りがしてとても美しいとは言えなくなっていた。
そして、この惨劇を起こしたロキはフレイアの部屋に入っていった。
――どこにあるんだ?
宝石箱の中にブリージンガルはなかった。
――もしかして・・・。
想像通りだった。
ベッドに横たわるフレイアの胸元に聖輪ブリージンガルはあった。
ロキはそれをフレイアの首から外し、自分の身につけた。
そして、焦げ臭い香りがする屋敷を出るために入り口の扉をあけた瞬間、空気を切る音と共に鋭い槍が振り下ろされた。
間一髪でそれを避けるとロキは手に持っていた槍を捨て、魔剣ミストルティンを抜いた。
「こんにちは、ヘイルダム。」
ロキは丁寧に頭を下げた。
「ふざけるな!ロキ。これはおまえがやったのか!?」
ヘイルダムは入り口の死体を指さしながら言った。
「なにか文句でも?」
ロキは静かに笑いながら言った。
ヘイルダムは無言で槍でなぎ払うように斬りつけてきた。
それをミストルティンで受け止めロキは言った。
「何を言っても聞いてくれそうに無いから黙ってもらうよ、ヘイルダム。」
ロキは斜めから斬りつけそれを受け止めたヘイルダムの腹を膝で懇親の力で蹴った。
そしてひるんだヘイルダムから槍を奪い、それを後ろに投げ捨てた。
「動くなよ。どうせ信じないだろうがオーディンからの命令でやってるんだからな。『フレイアの屋敷から聖輪ブリージンガルを盗み出し屋敷にいるフレイア以外のすべての者を殺せ』ってね。まあ、とにかく頭に血が上ってる今の君じゃあ僕には勝てないよ。早くどこかに行ってもらえると助かるんだけどね」
ヘイルダムは無言だった。
「全く仕方が無いな。ちょっとやけどでもしてもらうよ」
ロキはヘイルダムに向けて精神を集中させた。
「我焦がれるは焦熱への儀式、其に与うるは炎帝の抱擁」
ロキの言葉が終わった瞬間、絶叫と共にヘイルダムの体から炎が燃え上がった。