「三年前から、この国の政治は民選院と貴族院が二年ずつ交代してやってるの。それで、さっきのスロースっていうやつは貴族院の議員なんだよ。あ……アスガルドは王政だったっけ? 私の言ってる事、分かる? 」
帰りの汽車の中で闇に沈んでいく景色を見ながらメリルが言った。
「分かります、二院制ですね。アスガルドでも五十年前まではその政事体系を採用していたと聞きます」
フォズも景色に視線を走らせた。
「よかったよ。それでさ、今は貴族院が政治をしてるんだけどね、三ヶ月前からこの国の七つの都市に一人ずつ見張りが付くようになったの。それで、スロースはリリウォンの見張り。見張りの議員に暴力行為を働いたら即刻死刑」
「死刑!? それでは僕達は……」
「多分ばれないよ。」
「それならばいいのですが……。そういえば、スロースが言っていたザイウォンとは? 」
「この国の首都。貴族院の本部もそこにあるよ。私もひとつ聞いていい? 」
メリルはフォズに向き直った。
「はい、なんでしょう? 」
「あの人形ってさ、アスガルドでは誰でもああやって操れるの? 」
「そういうわけではありません。あの術はニブルヘイム地方の一部でしか使われていないはずです」
「そう……。術を使えば他にも何かできるの? 」
「大体の事はできます。火を起こしたり、雷をよんだり様々ですね」
「……実はさ、半年前に貴族院の議員が全員変わったんだ。スロースもその時に入ってきたの」
「――と言う事は、スロース以外の議員も術の使い手なのでは? 」
「私もそれを言おうとしたの。フォズ、一緒にザイウォンまで来てくれない? 調べたいの、あいつらの事を」
「わかりました。早いうちに出発しましょう。悪い予感がします」
窓の外を走る景色がゆっくりになっていき、止まった。

「ずいぶんあっさり戻ってきたなぁ、スロース」
ロキはサンドイッチをほおばりながら言った。
狭い部屋だった。
部屋の中にはサンドイッチとサラダが置かれたテーブルと、ロキが座っている椅子が隅のほうに置かれている以外には何もない。
「……マリオネットの倒し方を知っているなんて聞いてないぞ! 」
「人形以外の術は使えないのかい? 」
「そうじゃない。だが、他の術を使うには準備が――」
「わかったわかった。もう、おまえに頼まねえよ。エンヴィ! 」
狭い部屋の中心に扉が現れ、開いた。
「……なんか用? 」
扉から出てきた男は白髪を肩まで伸ばしている。
前髪も長く、表情が読み取れない。
「エンヴィ、こいつの代わりにフォズからミストルティンを盗ってきてくれ」
エンヴィは黙ったままでいる。
「頼むよ。これやるからさ」
ロキはそう言ってサンドイッチを一切れ、エンヴィに向かって投げた。
エンヴィは黙ってそれを受け取ると、扉の向こうに帰って行った。
「ずいぶんシャイな奴だな。まあ、いいけどさ」
ロキはサラダを口に運んだ。
いつの間にかエンヴィの扉もスロースの姿も消えている。
「また監禁かよ。いいんだけどさ」
ロキは懐から小さめのフラスコを取り出した。
フラスコの中は白い精液で満たされており、数種類のハーブと馬糞が浮いている。
「まだ……か」
ロキはナイフを取り出し、自分の左手の動脈に傷をつけた。
たちまち真紅の血が溢れ、狭い部屋の床を濡らした。
ロキはフラスコの栓を外し、フラスコの中に血を流しいれた。
フラスコの中身が一瞬だけ紅く染まり、すぐに白に戻った。
「あと、二百七十八日か……」