目は覚めたらしい。
ひどく疲れているせいで言う事を聞こうとしない体を無理に動かし冷たい水で顔を洗った。
だめだ。ひどい疲労感と不快感が体を包んでいる。これから服を着替え、おそらく長引くであろう軍事会議に出なければいけないと思うと不快感はさらに強まった。
体調が悪くても休むわけにはいかない。
もし休めば夢でみたあの男、ロキに罵られる事は間違いない。
トールだってひどく怒るだろう。
それにたしか今日はヴァナヘイムから和平のための捕虜が来るはずだ。
やはり休むわけにはいかない。
先のことを考えるのをやめ、目を閉じて今までみていた夢を思い出そうとした。
会議場でロキとチェスをしていた。
たしか1週間程前の軍事会議でロキが遅刻して来たのにもかかわらず突然ミッドガルドへの遠征隊の編成に文句を言ったため結局議論になった。
そして会議が終わったあとめずらしくロキがチェスをしようともちかけてきた。
そのときの事を夢に見たのだ。
断片的な記憶が少しずつ蘇り、やがて完全に思い出した。

「バルドル、たまにはチェスでもどうだい」
いつもどおりの陽気な声で話かけられた事に驚きを隠せずに
「え?」
バルドルは思わず声を上げていた。
どう考えても妙だった。ロキがバルドルを嫌っていることを知らないものは王宮にはいないほどだった。
それなのにチェスをしようなどと言うはずが無い。
「いやならべつにいいがーー」
「いや、やろう」
ここで断ればただでさえ険悪なロキとの関係がさらに悪くなるかもしれない。
長かった会議が終わって休みたい気分だったがそれを考えれば断るわけにはいかない。
ロキとチェスをするのは初めてだったが圧倒的な差で勝利した。
「残念だな、まぁ酒でも飲みながらもう一度、今度はポーカーで勝負しようじゃないか」
そのロキの言葉に従いワインのグラスを傾けながらポーカーを始めたが今度はひどく調子が悪かった。
酔ってしまったのだろうかストレートがそろったはずなのに手元にあるのは全くばらばらな数字などという事が何度もあった。
「やる気があるのか?バルドル」
「あるさ、今度負けたら今、僕がもっている金貨をすべて君にくれてやる!」
そういってバルドルはもっていた金貨をすべてテーブルにたたきつけた。
そして妙なことに気がついた。
最初、テーブルをはさんでロキと2人で座っていたはずが自分の両隣に「誰か」がいてその「誰か」が自分のワインを注ぎそのなかに白い粉をいれている。
「なにをしている!」
そう叫ぼうと思ったが声が出ない。
「早くカードをとれよ」
静かに微笑をうかべながらロキが声を上げた。
「こいつらはなんだよ!」
そう大声に出していいたかったが実際は蚊の鳴くような声をわずかに絞り出すので精一杯だった。
「ああ、やっと気づいたのかい?」
バルドルは力を振り絞って首を縦に振りYESの意思表示をした。
「ふふん、まぁ聞いてくれ。今日、町を歩いていたら彼らがこれを呑むと楽になれると言ってその、君のワインに入っている薬を進めてきたのさ。それで試してみたらなかなか良いものだったんでいろいろ気苦労が多い君もどうだろうと思って持ってきたんだ、粉のままじゃ呑んでくれないと思ってワインに溶かしてね」
そこでロキは言葉を切り、しばらくして笑いをこらえた様子で言葉を続けた。
「失礼、そしたら君があまりにどんどん飲むからワインがなくならないように彼らに注がせていたんだが、悪かったな。言うのを忘れてたけど、この薬は大量に飲むと幻覚作用を起こして最後には倒れてしまうんだ。倒れられちゃあ薬の代金がもらえないから彼らに君の耳元で金貨を賭けて勝負をするように囁かせていたのさ。言っておくけどもう勝負からは逃げられないぜ、僕はもうカードをとっているんだからな」
心の底から怒りがこみ上げてきた。
おそらくチェスも自分にワインを飲ませるためにわざと負けたのだろう。
「さあ、早くカードをとれよ」
ロキの悪戯に気づかなかった自分の負けだ。
しかたなくバルドルはカードをとり、勝負をして負けた。
そこで目が覚めた。

そろそろ準備をしなくてはいけない。
回想をやめ、ためいきをついてからバルドルは会議に行く準備をし、自分の部屋の扉をあけ会議場へと歩いていった。

会議の前に行われた歓迎式典は予想していたよりずっと早く何事も無く終わった。
予定通り人質のフレイとフレイアは第2神格の地位と宮殿を1つずつ与えられた。
そのかわり会議は2時間以上続いた。
内容は主にラグナロク(誰が言い始めたかは定かではないがミッドガルドの全勢力を使っての突撃をアスガルドではこう呼んでいた。ラグナロクが起こればアスガルドの壊滅はヴァナヘイムと和平を結んだ現在でも避けることはできない。対策として散発的に遠征を行い兵力の集結を防いではいるが長期戦になれば結果はラグナロクと同じ事だ。)への対策と兵力の再確認だった。
ここでもトラブルは起きなかった。
「今度の遠征にはどれくらい兵を出してくれるんだ?バルドル」
ロキからの声で気がついた。
今日はロキが異常なほど静かなのだ。しかも2時間以上続いている会議の中で一度も席を立っていない。
「どれくらいなんだ?早く答えてくれ」
「すまない。兵は1500を予定している。」
ロキの2度目の声に急いで答え、バルドルは思考を開始した。
フレイ、フレイアの兄妹にいい印象でも残したいのだろうか?
考えているうちに会議は終わった。