強い衝撃。 どれほど蹴られていたのだろうか。 勢いのままに壁にぶつかり、強かに頭を打ちつける。 自身の犬歯で切れたのか、口内には鈍い味。 腹を何度も蹴られながら、オルエはただ嗤っていた。 床に倒れたまま、自分を蹴り続ける人物を見やる。 視線が絡み合う。 男はいくつもの感情が入り混じった表情をしていた。 もう止めたい?俺を殺したい?捻じ伏せて閉じ込めたい?それとも俺に殺されたいか? まだまだ足りない。もっと、もっとだ。 視界の端にこちらに向かってくるブーツが映る。 足を保護する為に作られたそれは、肋骨を反れて鳩尾にめり込んだ。 蹴られた勢いで体が軽く浮き上がる。 内臓への無理な衝撃に呼吸を奪われ、オルエは無意識的に咳き込んだ。 激しい嘔吐感と鈍痛が脳の細胞を刺激する。 もっと。 オルエはただ嗤っていた。 唐突に抱き起こされる。 先ほどまで自分を蹴り続けていた人物とは思えないほどに、優しく。 抱き寄せられて口付けられる。 優しく、いとおしむように。 目を閉じることもせずに、その顔を見ていた。 いとおしむような、それでいて悲しそうな。 ビジャック。 心の中で名前を呼ぶ。 彼は気付かない。 優しく抱きしめてくるその手を払い、強く押し返す。 違う。そうじゃないだろう。 そのまま思い切り突き飛ばした。 驚きの表情。 唇には薄く赤い血の跡。 オルエは腹の底から己が高揚するのを感じた。 尚もこちらに伸ばされる腕。 救いを求めるように抱きしめられる。 嗤いが込上げてくる。 もう止まらない。 無防備に晒されたビジャックの首筋に容赦なく食らい付いた。 皮を、肉を、切り裂いて。 傷口から赤い血液が溢れて唇を濡らす。 あまりの痛みから離れようとするビジャックを捕らえ、更に歯を首筋に沈み込ませる。深く、強く。 口内で交じり合った血液は、一つになって喉へと流れ込んでいく。 ビジャックの、味。 肩口を思い切り押され、離れた勢いでそのまま後ろに倒れ込む。 唇から漏れた血液が宙を舞い、空気を濡らす。 傷口を押さえるビジャック。 指の間からは鮮やかな赤が覗いていた。 嗤った。 声をあげ、目を見開き、ただ嗤った。 ビジャックは何も言わずに部屋を出て行く。 それでもオルエは嗤っていた。 まるで壊れた機械の様に。 そうだ。実感しろ。思い知れ。もっと、もっと、もっと。 俺を求めろ。狂気的なまでに。 俺だけを見て、俺だけを求め、俺の為に生きて、俺の為に死ね。 そして苦しめばいい。 俺は誰のものにもならないのだから。 |