―――――――Way gap―――――――
「カっ・・・カミューさん!!助けてください!!」
騎士団を迎えてから一週間。そろそろ城に馴染みだしたものも多く、新たな部隊編成が行われた。
元赤騎士団団長カミューは、騎馬隊の移動力を買われて前線近くへ配備される部隊の副隊長となっている。
元々順応性に長け、何でもそつ無くこなす彼は三日目にして城に馴染み、編成後の大量の書類もこなし終わっていた。
無論、秀麗な眉は盛大に顰められていたが。
ともあれ、一週間後には部隊の訓練をすることが出来るほどに落ち着いていた。
カミューはその日、部隊をまとめて室内練習場へと来ていた。
外が雨だったため、中止にしても良かったのだが、まだ比較的ごたごたしている部隊が多く、練習場の予定が入っているところが無かったため、取りあえず午前中だけでも訓練をしようと思ったのだ。
そして、隊員のロインと話していたところ、いきなりが駆け込んできて助けを求めてきたのだ。
「た、隊長どうなさったんですか!?」
「ろ・・・ロインさん・・・俺、もう隊長じゃないでしょ・・・・・・」
律儀に突っ込むと、は肩で息をしながらカミューと目を合わせる。
顔を上げたものの、身長の差は歴然としていて、自然とカミューを見上げる形になる。
の目は綺麗な深緑色をしていて、吸い寄せられるような感じがした。
だが、何時もなら優しげな印象を受けるその瞳も、今はかなり必死と見え、真剣な目をしている。
カミューは滅多にないその様子から、何か大変な事があったのではないかと心配になってしまう。
「君、何かあったのですか?」
「ええ!!・・・大変なんです!!」
「一体何が・・・・・・!!」
まさか王国軍が攻めてきたのか!?と僅かに緊張が走る中、はがしっと袖を掴むと、涙目で叫んだ。
「お・・・俺、シュウさんに殺されそうなんです!!」
『・・・・・・・・・・』
何て言ったのだろうかこの少年は・・・・?
一大事だと騒ぎながら駆けてきたと思うと、いきなり軍師殿のに殺される?いくら何でも仲間を殺すような事はすまい。
もしかしてからかっているのか?
カミューは一気に緊張が抜け、溜息を吐く。
いや、分っている。分っているのだ、彼がこういう人間だということは。
通常はしっかりとしていて、真面目に仕事をしているのだが、時々何の前触れも無く紛らわしいことをする。
それは大体お祭り好きの高官たちや、何気に腹黒い軍主と一緒に大騒ぎをするということは何となく分ってきた。
自分もヤラレル側ではなくヤル側だという自覚もあるし、お祭り騒ぎも嫌いじゃない。
だがしかし、には見た目ゆえか、騙されることがしばしばあるのだ。
そのギャップに時々溜息が漏れてしまう。
そんなカミューの内心を分かっているのかいないのか、ロインとは勝手に喋りだしている。
「隊長・・・・・・何を慌てているのかと思えば、そんな事でしたか。」
「そんな事って言わないでくださいよ!!マジでやばいんですよ!!
っていうか、俺はもう貴方の隊長じゃぁ無いでしょうに。」
「癖ですよ。それに何とお呼びしたらいいんですか?」
「普通に呼び捨てでいいでしょう?」
「違和感があります。」
「俺に言われてもどうにも出来ないですよ。」
「じゃぁ、様?」
「気持ち悪いです。」
「気持ち悪いって何ですか。気持ち悪いって。」
「様付けされる謂れが有りません。それより隊長よりランク上がってません?」
「では、“さん”でどうでしょうか。
ちなみに敬称は譲れません。」
「む・・・・・・仕方ありません。それで手を打ちましょう。」
「・・・・・・話が変わっていませんか?」
ずっと黙って聞いていたら、最後には十年後の大根の値段について論争が繰り広げられそうなほどの話のずれ具合に、流石にカミューが突っ込んだ。
二人は、はっとすると、話を元に戻していく。
「ところでさん、どういうことですか?殺されるっていうのは・・・・・・?」
「ご存知でしょう?とビクトールさんの書類の苦手っぷりを。」
「はぁ、まぁ・・・」
「それに此処のところ、部隊編成や近郊の治安維持、それに交易が一時的に芳しくないことも重なったり、何だかんだで膨大に仕事が膨れ上がっているんですよ・・・・・・」
「もしかして、また膨大な量が・・・・・・?」
「はい。殺人的な量が振り分けられそうになり、逃げてきたんです・・・・・・・」
そう呟くと、はもちろんロインまでもが真っ青になる。
「そんなに凄い量なんですか?」
「さんが死にそうな量と言ったら、軽く通常の人間5人は忙殺出来ます。」
「一体俺は貴方にどんな認識をされているのか知りたくなってきましたよ。ロインさん。」
大真面目にカミューに凄さを説明するロインには突っ込むと、溜息をもらす。
そのままカミューに向き直ると、頼み込むように手を目の前ですり合わせ、精一杯お願いをする。
「なので、カミューさん!今日一日匿って下さい!!」
「はぁ・・・・・・」
別に匿ってやることは構わない。
元々のことは気に入っている。出来ればもっと話してみたいとも思っていたし、それが急がしそうで出来ずに居たのも事実だ。
だから今の状況にはうってつけなのだが・・・・・・・
やはり自分の身も可愛い。
もしもシュウに見つかったら、自に分まで飛び火しかねない。
だからカミューは暫く考えると条件をつけた。
「いいでしょう。匿ってあげます。」
「ホントですか!?」
「はい。ただし、条件があります。」
「条件?」
「ええ。もし見つかったら、シュウ殿に明け渡します。
そして、此処にいる間、訓練に参加してください。」
「いいですよ。その条件飲みます!!」
実際訓練を始めると、はすぐに部隊に溶け込み、一人一人に声をかけながら、太刀筋や構えなどを指導していく。
その指導は適切で、本人もかなりの使い手だと分る。
だが、そんな技術面より何より驚いた事が、プライドの高い騎士たちが、年下であるはずのの指示に良く従っているという事だ。
それは技術を教える以上に困難で、何より指導者としてもっとも必要なものだ。
どうやらは皆に気に入られているらしい。
「君、ご苦労様です。」
「カミューさんもお疲れ様です。」
「ちょっと気になったんですが、君結構隊長とか向いているようですが、どうして小隊長なんかに収まっているのです?」
カミューは気になっていたことをあっさりと聞いてみた。
ほどの実力者ともなれば、もっと大きな部隊を任せてもこなせるだろうに、そんな事をあの抜け目の無い鬼軍師が見逃すはずは無い。
は苦笑すると、タオルで汗をぬぐいつつ、事情を話す。
「褒めすぎですよ。俺はそんな凄い人間じゃぁ無いです。」
「そうですか?」
「そうですよ。それに目立つわけにはいかなくて。」
「でも実際そういう話もあったのでは?」
「有ったんですが
「無理やり拒絶したんだったな。」
『・・・・・・・・・』
ぱさっと、の手からタオルが落ちる。
カミューも驚いて後ろを振り返ると、予想通り声の人物が立っていた。
「・・・・・・おや、シュウ殿。」
「。仕事をサボって逃走するとは良い度胸だな?」
「ギャァァァァーーー!!」
は悲鳴を上げると、姿も見ずに走り出そうとするが、予めシュウが襟首を掴んでいたため、見事にすっ転び仰向けになる。
は痛みと恐怖からか、涙目になっている。
はじめはジタバタもがいていたが、やがて諦めたのか、潤んだ瞳でシュウを睨みつけつつ猛然と抗議する。
仰向けのままで。
「一体いつから居たんですか!?」
「“カミューさんもお疲れ様です。”からだ。」
「思いっきり最初っからじゃないですか!!」
「当たり前だ。声をかけたらすぐに逃げるだろうと思ったからな、襟首をつかめるところまで移動していた。」
「そんな努力しないでください!!」
カミューは条件通りシュウが現れてから、何もせず、ただ見ていた。
だからこそ、客観的に見ていて思った。
(あの軍師殿が楽しそうにしている!?)
「さて、。朝言ったとおり振り分けた分の仕事をしてもらうぞ。」
「嫌です!!仕事することはともかく、あの量は有り得ないです!!」
「だが、実際他にあの量の書類をこなせるものは居ないだろうが。」
「っていうか、それって本来の俺の仕事じゃないでしょう!?」
「そうだったか?」
「そうですよ!!俺の本職は傭兵もしくは少年剣士です!!」
「信用性が無いな。」
「何に対する信用性なんです!?
っていうか、傭兵やるのに免許が必要なんですか!?」
「周囲の人間の認識がそうではないということだ。」
「ソウサセヤガッタノハ、何処ノドナタ様デゴザイマショウカネ。」
「知らんな。」
「貴方でしょうが!!あ・な・た!!」
ムキー!!と叫ぶと、はぁ、と肩を落とす。
どうやら諦めたようだ。
その、男にしては小さな背中に憂いと哀愁を漂わせてフラフラと出入り口に向かう。
カミューはそれを見ていて何だか可愛そうになってきた。
だからつい、こんな事を言ってしまったのだ。
「何なら手伝いましょうか?」
後から考えればこれは迂闊な発言だったと後悔してもしきれない。
はぱぁっと表情を晴らすと、がしっと両手を掴んで目だけで『ホントに?ホントに?』と訴え、ロインは『何て事を!副隊長!!』と悲鳴を上げ、シュウは『好きにしろ』といった感じでさっさと去ってしまった。
「もちろんですよ。君。私にできる事があればいつでもお手伝いします。」
「ありがとうございます!!カミューさん!!大好きです!!」
がしぃっ!!
『ぎゃぁぁ!!さ〜ん!!』
感激のあまり抱きついたに周囲から悲鳴が上がる。
カミューはニヤリと笑い、の小さめな体をすっぽりと抱きしめて、優しく囁く。
「私も大好きですよ。・・・・・・」
『NOォォ〜〜〜〜!!』
ひとしきり周囲の人間をからかうと、カミューはについて訓練場を出ていった。
だが、
その後三日間、カミューとの姿は目撃されなかったらしい。
皆が神隠しだ、愛の逃避行だと騒いでいる中、事情を分っている数人は溜息を吐いていた。
その中のひとり、ロイン談。
『あのさんを泣かせかけた仕事量ですからねぇ・・・・・・』
【後日談】
とカミューが愛の逃避行に走っていると聞いたフリックとロインの間に
『あの噂は何なんだ?』
『さんがまた人前で抱きついたんですよ。』
『またか・・・・・・』
『前はフリックさんにビクトールさん、シーナさんにもやってましたね。』
『確かに。あの悪戯は止めて欲しいぜ・・・・・』
『本人楽しんでますからねぇ・・・・・・無理なんじゃないんですか?』
そんな会話があったかどうかは不明です。
□■□あとがきという言い訳□■□
さて、今度の犠牲者はカミューさんでした。
仕事量に耐えかねて、は逃げたんですけれども、実は最後のほうは元々かミューさんを道ずれにと考えていたりして。
そんな描写は書いてないんですけど、個人的にそんな気分でした。
ちなみに、最初と最後で雰囲気変わっているのは、勢いで書き初めたのに、途中で止めちゃったから。
だって、人間睡魔には勝てません!!
・・・・・・見逃してください。
ちなみに題名の『Way gap』は『道連れ』って事でした。

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