コミュニケーションの基本は話し合いから。 二束三文で売られることも無く、かといって和気藹々といった雰囲気から程遠い状況ははたして幸せなのかと、心の中で反芻しながら現実逃避していると、いつの間にやらとある一室に連れてこられていた。 っていうか、目の前のお方が怖くて仕方ありません・・・・・・ 「。」 「ぅはい!」 何?何なの? 地の底を這うような、いや、むしろ地獄の底を這うようなこの声! 俺が何かしましたかーーー!? ・・・・・・心当たりがあるなぁ。 「あ〜もしかして、アレ?」 「アレ?」 「ユーリと一緒に無断で城下に出たこと?ヴォルフラムの絵画に髭かいたこと? それとも、ギュンターの汁は一日にどのくらいの量なのか、こっそり計測していたこととか?」 「たった10日でそんな事をしていたのか!?」 「あれ?違うの?」 もしかして、墓穴? 「ああああのッ!城下に脱出は途中でコンラートとヨザックにつかまって失敗したし、絵には髭かいたって気付かれないような抽象画だしッ、ギュンターの体調を考える上で必要だと思うんだよ!」 だから許して! とがばっと頭を下げて、ぱんっと手を合わせてお願いする。 「・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・そのことはいい。」 「へ?」 恐ろしく長い間があいたあと、至極不機嫌そうにポツリ呟いた。 恐る恐る顔を上げると、やっぱり眉間の皺を深々と刻んだ顔。 でも、思っていたよりも怒ってない? 「私が聞きたいのは先ほどのことだ。」 「さっき?」 「ああ。シュトッフェルと何を話していた?」 それって、無断外出よりも重要なんだ。 でも、お咎め無しなら何も申しませんとも。 俺はあっさり安心すると、さっきのことを思い出す。 「話しててたっていうか、一方的に話しかけられてた。 たしか〜ユーリの心配事聞き出して取り入ろうとしてたっぽいんだけど、あまりにも素晴しく胡散臭いから必死こいて逃げようとしてたんだよ。」 「・・・・・・胡散臭かったのか?」 「そうそう。あんまりにも胡散臭くって、逆にどうしようかと思った。」 思わずあの胡散臭い笑顔を思い出して眉間に皺が寄る。 どうやったらあそこまで胡散臭くなれるのだろうか? すると、幾分表情が柔らかくなった(といっても、眉間の皺が一本減っただけ)グウェンダルが怪訝そうに言う。 「それにしては腕を掴まれても振り解こうともしていなかったようだが?」 「だって、そんな決定的に何かされたわけじゃないし、もしヤバイ態度とったら迷惑かかるんじゃないかと。」 「しかし、私が駆けつけたとき蹴りの構えをしていなかったか?」 「う・・・さ、流石にヤバイと思って鳩尾に蹴りを入れようと・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 あははと苦し紛れに笑ったが、深々と溜息をつかれてしまった。 「ご、ゴメンなさい・・・」 なんだか、色々と申し訳ない気分になってしまった。 この国の人たちは俺に優しくしてくれてるけど、迷惑をかける一方で申し訳ない。 何にもできなくて、情けなくなってくる。 すると、頭にぽんっと何かが乗せられた。 「・・・・・・気にするな。」 「グウェンダル?」 ビックリして顔を上げると、さらに一本眉間の皺を消したグウェンダルが俺の頭をポンポンと叩いていた。 ・・・・・・・・・あ〜?・・・え? ぽかんと見上げる形で固まっていると、ふとグウェンダルが微笑んだ気がした。 え?ほ、微笑んだ!? 予想外の状況に完全にフリーズしていると、すぐに手を引っ込めてしまい、今までのことが無かったかのようにまた眉間に皺を刻んだ。 「そういえば、何故あのような所に一人で居たんだ。」 「それは・・・・・・書庫で本を読んでたんだ。 そしたら、ギュンターが泣きながら入ってきて『陛下がぁ〜〜』って叫んでたから、ヨザックにはユーリを探しに行ってもらったんだ。」 「またか・・・」 あ〜そりゃぁ、頭を抱えたくもなるよね。 この部屋にある机の上には薄い紙が何故だか立体になってるし。 コピー用紙や本以外でここまで分厚くさせるのは凄いと思うなぁ・・・ その原因がユーリとギュンターだもんね。 「それにしても、また書庫に行っていたのか。」 「うん。」 「よく行っている様だが、何か知りたいことでもあるのか?」 「いや、知りたいっていうか、なんと言うか・・・」 そんないきなり核心に迫らないでよ〜 『実は、貴方との意思疎通ができないから凹んでて』なんて言えるかよ! 引き攣ったまま、言いわけが思いつかない俺に、グウェンダルはちょっと目を伏せると、指先をグルグル回す。 なに?ゲームのコントローラー? 「・・・・・・その・・・私と話した後によく書庫に向かうようだが?」 そりゃそうだよ。 グウェンダルと会話→意思疎通不能→書庫で濫読という方程式が出来上がっているんだから。 「あ〜うん。話してて、こっちのことで知りたいことが増えるからかな?」 苦しい。 なんて苦しい言い訳だ・・・ こんな嘘に誰も引っかかるわけないよなぁ・・・ 「そうか。」 「そうそう。・・・って、え?」 信じるのかよ!! 思わず頷いてしまったが、グウェンダルの表情はマジで信じている。 お、お前・・・純情な乙女かよ! こんな嘘に騙されて政治の仕事ができるのか!? 大丈夫?この国・・・? 「では、これからはここで本を読んだらどうだ?」 「へ?」 「書庫はシュトッフェルにマークされているだろう。 陛下の執務室では今まで以上に仕事に支障をきたすに決まっている。」 まぁ、確かに。 ユーリの部屋にいたら、絶対に騒ぐ自信がある。 「それに、気になることは直接私に聞けば良い。」 「・・・ああ・・・」 あ、そうか。 そうだよね。 グウェンダルの一言で、今までモヤモヤしていたものがすっきりとした気分だ。 グウェンダルと意思疎通できないからって、凹むのは早いんだ。 分からなければ分かるまで聞けば良いんだし。 幸い言葉は通じる。 今までこの人が言ってることが分からなかったのは、俺が聞かなかったからだ・・・ 「うん。そうだね。そうします。」 今まで簡単なことに気付かなかったことに照れながらニッコリと笑うと、グウェンダルもちょっと微笑んでくれた気がした。 その笑顔に気分を良くして、今日の書庫に籠もった原因を聞いてみることに。 あれ、かなり謎なんだよね。 「あのさ、今日の昼間のことなんだけど・・・」 「何だ?」 「ホラ、食事の後にちょっと話したじゃない?」 「ああ、そうだったな。 何か分からないことでもあったのか?」 「うん、まぁ、そんな感じかな?」 正確には質問の意味自体が訳わかんないんだけどね。 目線で促してくるグウェンダルに、ギュッと拳を握って勢いよく聞く。 「バンドウエイジ君が好きかって、どういう意味?」 わけわかんないんですけど!と勢い込んで言う俺に、グウェンダルは驚いたようだ。 でも、この質問をされた俺の気持ちも考えてくれ。 バンドウエイジって、あれだろ。 世界の不思議を捜し求めるクイズ番組のレギュラー回答者で、もと巨●軍投手。 オレンジ色のウサギが嫌いなユーリなら即答で『あんまり好きじゃない』というだろうけど、俺にとってはただの胡散臭い(そういえばこの人も胡散臭かったな)オジサンなんだ。 それを好きかと聞かれても困るって。 「っていうか、なんでバンドウエイジを知ってるの?」 「スヴェレラの砂漠声の際に、陛下から頂いた。」 「もらった!?バンドウエイジを!?」 「そうだ。そんなに驚くとは、あちらでは高価なものなのか?」 「高価っていうか、個人で買っちゃまずいと思うけど。」 球団が買うならOK。 「っていうか、眞魔国にバンドウエイジがいるの?」 「ああ、少し待っていろ。」 もしかして、ユーリの野球国技化計画の一端を担っている重要人物とかになっていたりして。 ありうる。 あのユーリなら、『オレンジ色のウサギは嫌いだけど、もう引退してるし、元プロから指導してもらえるのはラッキーだ!』と採用しそう。 きっとウェラー卿のドス黒いオーラに気付くことなく、嬉そーに野球の話ばかりしているのだろう。 そのうちいつの間にか姿がなくなってしまうんじゃないか? そんな事を考えていたら、グウェンダルが何かを後生大事に持ってきた。 あれ?バンドウエイジは? は・・・ッ!もう消されていたのか!! 「も、もしかして、それは・・・!」 遺骨!?遺骨なのか!? 「ああ、これがバンドウエイジ君だ。」 俺の雰囲気に圧されて、グウェンダルもちょっと緊張気味。 ああ、そんな手のひらサイズになってしまって・・・ ウェラー卿のことだ、ユーリに見つからないよう、細心の注意を払って葬ったんだろう、遺骨も大して拾えなかったのか・・・ そっと手を開くグウェンダルに、俺は手を合わせながら、恐る恐る覗き込む。 「なんと変わり果てた姿に・・・なってない?」 「どうした?」 グウェンダルの訝しげな声も上の空。 彼の手のひらに乗っていたのは、白く小さい骨・・・ではなく、青く透き通った哺乳類の姿。 背中とおなかの違う色、つぶらな瞳、二つに分かれた尾、ジロー君と間違いそうな背びれ。 「イルカ?」 「ああ、イルカのバンドウエイジ君だ。」 バンドウエイジって、そっちかよ!! 一瞬で認識の違いに気付いて、恥ずかしくなる。 ややこしい名前をつけるなよ!(八つ当たり) 「どうした、?バンドウエイジ君はあまり好きではなかったのか?」 「あ〜いや、このバンドウエイジ君は好きだよ・・・」 「そうか。」 手のひらにイルカのキーホルダーを大事そうに載せているグウェンダルが嬉しそうに言うが、俺は力が抜けて頭を抱えていた。 「どうした、?体調でも悪いのか?」 「あ〜いや、何でもないよ。ただ、色々有りすぎて精神的に疲れただけだから。」 「そうだな。今日はもう休め。」 「うん、ありがとう・・・」 フラフラとドアに向かいつつ、改めて実感した。 異文化コミュニケーションって恐ろしい・・・ |