素直さは美徳だね。







ついでにマのつくお手伝い!
18










「ん〜〜〜」


ぬくい布団の感触に、寝ぼけた頭のまま寝返りを打つと、綺麗な刺繍がされているカーテンが視界に入った。
あー、ここの窓って、城のくせにやたらとデカイんだよなぁ・・・
細かい刺繍が前面にされてるうえに、デカイから金かかってそう・・・
なんて無駄だよ・・・
カーテンなんて、光防げりゃいいじゃんか・・・


「ん〜・・・んぁ?」


ふと、日差しを受けて刺繍が薄っすらと浮かんでいるカーテンを見ながら、俺は首を傾げた。
何か、日が高くねぇ…?
つか、俺っていつ布団に入ったんだ・・・?
ぼけっと、回らない頭で何となく不思議に思っていると、がばっと跳ね起きた。


「っていうか、書類!事務!決算!!!」


そうだよ!そうだよ!!
いきなりユーリが子連れでウェラー卿とハネムーンに出かけて、それを知ったヴォルフラムがユーリを取り返しに追いかけてって、何だか勘違いしたギュンターさんがとうとうソッチ系の道に踏み外したらしく、男連れでお寺に出家しちゃったから、混乱が氾濫で便覧が絢爛なんだよ!!!
何か違う気がするけど。


「でも、寝てる場合じゃなっしょ!!」
「いいえ〜大将は寝ても大丈夫ですよ〜?」


むがーっと頭を抱えると、間の抜けたハスキーヴォイスに慌てて振り返る。
すると、お久しぶりねのグリ江ちゃん。
グリ江ちゃんは持っていたポットとカップを乗せたトレーをサイドボードに置いて、膝を折ってベットに腰掛けている俺に目線を合わせて微笑んだ。


「お疲れ様でした、様。書類の方は閣下が引き継ぎましたんで、今はちゃんと睡眠をとって下さい。」
「え?え〜っと?」
「あれま。覚えてませんか?大将、閣下が付くまでの三日間不眠不休で書類を裁いていたんですよ?」
「あ〜・・・覚えてるかも?」


そういえば、押し寄せてくる書類の山に埋もれて窒息しないためにも、書類を決算して判子捺して没ボックスに投げ込んでランスを馬車馬のように働かせて裁いていたような。
そこまで思い出してみると、軽く右腕が腱鞘炎っぽい感じもしないではないし。


「あー、あれって三日間もやってたんだ・・・・・・」
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ただ単にあんまりに怒涛の勢いで、時間見る暇も精神的余裕も無かったから、三日間経ってたのに気付かなかっただけ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫だって。無駄にテンション高かったし?」
「まぁ、確かにテンションは高かったようですね・・・・・・」
「ん?」
「いや、何でもありません。」


苦笑して頷いたグリ江ちゃんに首をかしげると、軽く笑って流されてしまった。
なんだよ。気になるなぁ・・・
もしかして、俺記憶に無いけど、何かしでかしたのだろうか・・・
あ、あり得すぎて笑えねぇ・・・!


「と、ところでグリ江ちゃん!俺寝てて大丈夫ってどういうこと?」


藪蛇になってはたまらないので、無理やり話題を変えると、グリ江ちゃんはよしよしと俺の頭を撫でながら苦笑する。


「本当に覚えてないんですねぇ〜。
俺と閣下が部屋に入ると『後のこと、何卒宜しく頼み申し上げ候』と呟いて寝ちゃったんですよ。
それで俺が様をお部屋までお連れして介護して差し上げていたわけ。」
「申し上げ候って、俺は武士か…!?」
「そんなわけで、今はグウェンダル閣下が書類裁いてますから、様は私と一緒にゆっくり過ごしましょうねぇ〜」


わけの分からない小芝居の事実を聞かされ、俺は自分に突っ込みを入れると、グリ江ちゃんはバチンっとウィンクを飛ばしてシナを作る。
嫌悪感が沸かないほどには似合っているのは何でだろうか。


「っていうか、ランスは?」


そういえば、ランスは俺同様不眠不休の上、重い書類を持って駆けずり回っていたのだから俺以上に疲れているはずなのだが・・・
すると、グリ江ちゃんはすっと目線をそらすと、ワザとらしく人差し指を顎に当ててくびをかしげる。


「ランスならもう兵舎に戻って休んでるんじゃないかしら〜?」
「・・・・・・本当に?」


あまりの白々しさに、じと目で睨んでいると、ちょうど部屋の前を怒号と足跡をエコーさせながら誰かが疾走していった。

『グリエ先輩の人でなしぃぃ〜〜〜〜〜!!!!』

どう聞いてもランスの声だった。


「・・・・・・グリ江ちゃ〜ん?」
「だって!だって!!閣下ったら人使い荒いんですもの!
私だって命がけで諜報活動してたら、緊急帰国命令で馬で二日不眠不休で戻ったばっかりなのよ!?」
「ランスは三日間不眠不休だよ!!」
「しかも着替えもさせてくれないのよ!?」
「メイド服じゃん!!」
「これは普段着なの!!」
「そういう問題じゃねぇ!!」


べしっとオレンジ色の頭を叩くと、ちょっと埃が立ち、手触りもごわごわとしていた。
よく見ると服もオシャレ(?)なグリ江ちゃんにしては、少し汚れてよれている。
それに気付いてちょっといい過ぎたかと後悔した瞬間外からまた足音と声が。

『ウフフフ〜俺は正義の配達マン!!今日も縦横無尽で急がしいぜぇ〜!!』

今度は微妙なリズムにのってどこか突き抜けたテンションの叫びがエコーつき。
ランス!!たった数秒の内に何があった!?
俺は呆然とドアの方を見ながら、同じく唖然と同じ方向を見ているグリ江ちゃんにそっと声をかける。


「・・・この部屋の浴室と新しいメイド服用意するから、ランスを開放してやってくれ。」
「も、申し訳ない・・・」





















そして、その後暴走気味のランスを昏倒させて強制的に休養させ、尋常じゃない量の書類を担いだグリ江ちゃんを見送ると俺はグウェンダルの執務室に向かった。
ノックをせずそっと中に滑り込むと、執務室の机の上には書類がいくつもの山を築いていて奥が見え辛いが、俺に気付くことなく一心不乱にペンを滑らせるグウェンダルがかろうじて見えた。


「・・・・・・何しに来た。」
「ん、気付いていたんだ?」


気付いていないと思ったら、重低音の不機嫌ヴォイスで問われ、ちょっと驚いたが、定位置のソファーに座るとテーブルの上にインク壷などを用意しながら苦笑する。


「手伝いに来てみた。」
「必要ない。」


まさに即答といった感じで、ピシャリと言い放つが俺のこの三ヶ月間の『誤解から始まる観察日記』の前には、そんな冷たい態度もきちんと気遣いの現われとグルッとお見通しだ。
俺は悲しそうな顔をしながら、すっとぼける。


「余計なことだった?」
「・・・そうは言っていない。必要ないといっただけだ。」


ムッツリとした声で、でも決して嘘を言わないグウェンダルに俺は笑みを深くしながらグウェンダルの机から、一山の書類を取り上げる。
すると、流石にグウェンダルは手を止めて顔を上げた。
・・・凶悪な顔だなぁ。


「必要ないといったはずだが?」
「余計なことじゃないんだろう?」
「…今はそれより重要なことがあるだろう。」
「大変そうなグウェンダルを放置して優先しなくちゃいけないこと?」
「……そうだ。」
「ふーん?例えば?」
「………」


そろそろ俺が何を言わせたいか気付いているだろうが、あくまで言おうとしないグウェンダルに、俺は大げさに肩を竦めて白々しくとぼける。


「俺には思いつかないんだけどなぁ〜?」
「………どうしても言わせる気か。」
「うん。」


呻くようにこめかみを押さえるグウェンダルに、俺は取って置きの無敵スマイルで答えると、深々と溜息をついて呆れた声で短く告げた。


「もういいから休め。」
「ありがとう。」
「まったく・・・一々言わねば分からぬほど馬鹿ではあるまい。」
「まぁ、わかるけどね。でも不便じゃないか。」
「どこがだ。」


分かるなら問題あるまい。むしろ時間の節約になると言いたげな顔に、俺はニヤリと微笑んだ。


「素直に言ってくれた方が、お礼がいい易いだろう?」
「・・・っ」


素直に『休め』と言われるのと、遠回りに『必要ない』と言われるのでは、同じように気遣われているとわかっても、遠回りな言い方だとお礼がいい難い。


「気遣ってくれてるのは分かるから、お礼は言いたいじゃないか。」
「・・・・・・そうだな。」
「ん?」


あれ?
てっきり、『別に礼などいらん』とか帰ってくるかと思ったのだが、予想外に肯定的な答えに驚いた。
振り返ってみると、穏やかな色をしたグウェンダルの目と目が合った。


「お前の仕事量をメイドや兵士達から聞いた。」
「え?」
「随分こなしてくれたようだ。」
「うん?」
「大変だったろう?」


ビックリして答えられなかったが、ようやく何をいいたいのか分かると、俺はやられたと苦笑して答えた。


「大変だったよ。」


そう言うと、グウェンダルは


「助かった。」


と、珍しく微笑んだ。