忙殺も立派な暗殺手段だと思う。 「はぁ!?ユーリが愛娘との親子喧嘩の溝を解消しに全国津々浦々観光地巡りに出かけたぁ!?」 何だそのわけの分からない噂は。 心底呆れて噂を持ってきたランスを見ると、自分が流したわけじゃないと両手を挙げて勘弁してくれって感じだ。 「現実問題として、陛下は今朝からいらっしゃらない。」 「ウェラー卿は?」 「同じく姿が見えない。」 「じゃ、問題なし。」 あっさりとそう判断を下すと、また黙々と書類にフォンヴォルテール卿代理印を捺していく。 以前はサインをすることは無かったのだが、ある日いきなりグウェンダルに『私の代理として書類を決裁しろ』と言われて印を渡されたのだ。 どうも、アニシナさんにちょっとした“相談”をしたら、巡り巡ってグウェンダルに“執務能力アリ”と判断されたらしい。 おかげさまで、グウェンダルは俺が仕事を覚えたのを見ると、即効でヴォルテール領の溜まった仕事を片付けにいってしまい、現在俺はヴォルテール卿代理となっている。 「ところがどっこい、今回はあっさりと決め付けられないみたいだぞ?」 「ところがどっこいって、お前・・・いや、年齢的に合ってるのか・・・」 ランスの古臭い言い回しに俺が逆に呆れたが、彼の実年齢を思い出して何となく納得。 しかし俺の軽い突っ込みに乗ることなく、彼は面白そうに続けた。 「どうも、陛下が例の暗殺者に会いに行ったらしい。」 「あ〜ユーリならやるな。」 「その時、見張りの兵に『親子水入らずで話したいから』と言ったらしいんだ。」 「・・・・・・ユーリならやるな。」 ユーリ・・・サシで話したいなら、はっきりとそう言えばいいのに・・・ いや、本人は一生懸命考えて言ったんだろうけど、面白いほど周囲に誤解される行動をとるよな・・・ 「それだけなら良かったんだが・・・」 「何?まだ何かあるわけ?」 「どうも、暗殺者を連れ出したらしい。」 「・・・誰が?」 「陛下が。」 「・・・・・・・・・・・・・流石はユーリ。人間ビックリ箱め。」 さすがに長年付き合ってきた幼馴染とはいえ、そこまでは予想できなかったぞ? あまりの予測外の行動に軽く頭痛がするが、今までの情報を整理して溜息をつく。 「・・・まぁ、いくら子供の暗殺者だとはいえ、捜査も証言も取れていない状況で無条件に開放したりとかしないだろ。 本人の傍にはウェラー卿が付いているだろうし。」 「結局はそうだろうね。」 ランスも肩をすくめると、俺が片付けた書類の束を持ち上げる。 そう、護衛のはずのランスも、意外と勘と頭が良かったらしく、『役に立つなら何でも使え』とばかりにグウェンダルに書類運搬の流れとあがってきた書類の仕分けを叩き込まれたため、今ではもう護衛兼秘書になっている。 その『俺って武官だったんじゃないのかよ』と言いたげな背中に、俺が内心爆笑したのは言うまでも無い。 良かったねランス。これで武官クビになっても文官でやっていけるね! しかし半日後、俺は爆笑しているどころではなかった。 「ユーリがウェラー卿と娘を連れてハネムーンに出かけて、嘆いたギュンターさんが男連れで出家したぁ!?」 前回以上の衝撃(笑撃?)の噂に俺は素っ頓狂な声を上げた。 なんだか、リアリティが増してないか? ウェラー卿と〜の件で、何だか幼馴染として微妙な心境になったのだが、ランスはあっさりと首を振る。 「いや、単に陛下の置手紙を勘違いしたクライスト卿が出家なさったんだよ。」 「なんだ、脅かすなよ。」 ふう、とため息をつくと、また書類に目を通す。 「で、ユーリは何処いったって?」 「ウェラー卿の置手紙では、リハビリのためにヒルドヤードの温泉地に行くと。」 「あながち間違ってないのかよ!?」 「間違ってるだろ。」 「っていうか、俺も誘えよ・・・っ!!」 「・・・。」 だって、そうだろう!? 自分ひとりでオイシイ思いしやがって!! 八つ当たりでギリギリと思いっきり強くサインすると、書類を放り投げる。 「あの性格なら絶対騒ぐヴォルフラムも来ないって事は、絶対ユーリを追いかけていったんだろう!?」 「おお、当たり。」 「くそっ!皆俺をのけ者にしやがって!!」 「だったら、クライスト卿と出家でもするか?」 「お前も道連れだぞ。」 「お、いい天気だぞ?」 その潔さに乾杯。 バサバサと分厚い企画書を読むと、眉をしかめて容赦なくボツBOXに放り込む。 まったく。もっと市民の利用価値がある企画もってこい。 「仕方ない。ランスが俺の相手しろよ。」 「してるじゃん?」 「そうじゃない。」 くっと初めて顔を上げると、引きつった笑を貼り付ける。 数歩ランスが後ずさったが、気にしない。 「この書類手伝え!!!」 そう、俺の目の前にはうず高く積まれた書類の山、山、山。 あのあと、ランスが両手いっぱいに書類を持っているのにビビッタて、ペンを取り落とすなんてベタなリアクションをしてしまったが、それで終わりではなかった。 いや、むしろ始まりだったのだ。 書類をランスが運搬して戻ってくるたびに両手にいっぱいの書類。 挙句の果てには、台車を使って運び込むほどになっていた。 そして終に、俺が勝手に使っている応接テーブルの表面は既に見えず、書類の山は一つ一つがピサの斜塔のごとく、危うい均衡を保っているとういう状況に至った訳だ。 八つ当たりと分かってはいるものの、思わずランスに当たってしまう。 「む、無理だって!!俺は貴族でもなんでもないんだから!」 「俺だって何の肩書きもねぇよ!!」 「ヴォルテール卿代理だろうが!」 冗談のような書類の量に驚いてランスに調べてもらったら、次の方程式が導き出されたのだ。 魔王陛下逃走+ギュンター暴走+グウェンダル不在=俺に書類が流れ込む 「だぁぁぁ!!ただでさえグウェンダルが居なくてキツかったのに!殺す気か!? 忙殺か!?過労死か!?新手の暗殺か!?」 「暗殺だったら、容疑者はクライスト卿かヴォルテール卿?」 「いや、ウェラー卿だ。」 「・・・・・・」 わざとだ。ワザとに決まっている。 きっとユーリが『も誘おうぜ!』とでも言ったのに腹を立てて俺に仕事を押し付けて行ったんだ。 そもそも、ギュンターさんが誤解したとかいうメモも、ウェラー卿がチェックすれば問題なかったのだ。 それをしなかったのは、当然何かしら思惑がある。絶対ある。 「俺が何をしたって言うんだ!!!」 「まぁ、強いて言うなら、役に立ってしまったって事じゃないのか?」 「・・ふっ・・・」 「?」 役に立っつのが悪い?利用できるのが悪い?・・・ふふふふふ 「ふふふふふふふふ・・・」 「お、おい・・・」 「ふふふ・・・いい度胸だ。」 引きつった笑を浮かべたまま、俺は前髪を何処からともなく取り出したヘアピンで留めると、指をバキバキ鳴らす。 もうランスの表情など目にも入らない。 「グウェンダルがヴォルテールから戻るまでに、半分以上終わらしてやろうじゃねぇか!!!」 売られた喧嘩は買ってやるぜ!! |