ついでにマのつくお手伝い!
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「新し〜い朝が来た!新しい朝〜だ♪」
「違うだろ、昨日の朝だろ。」


日課にしているらしい早朝ジョギングを終えてきたらしいユーリに突っ込まれた。
緑色に白いラインという何処までも王道なジャージに身を包んだユーリの後ろには、毎度おなじみ爽やか笑顔のウェラー卿。
・・・うん、相変わらず仲がいいね。


「でもさ、昨日の朝だと新しくないだろう?」
「二回言う必要もないじゃん。」
「強調したいんだよ。」
「え〜?」


馬鹿な会話をしながら、回廊を歩いていくとすぐにユーリの寝室に着いた。
しかし、中からはアルトの声と本来ならば渋いバリトンの声が激しく言い争っているのが聞こえる。


「朝っぱら元気だよなぁ・・・」
、爺くさい。」
「仕方ないだろ。俺、低血圧だもん。」
「その割りに朝早いよな。」
「ええ、家の起床時刻は6時ですから。」
「早っ!」


その後、朝稽古してから朝食。
否が応でも朝に強い低血圧になりますとも。
謁見・執務室の中に入ると、案の定ヴォルフラムとギュンターさんが喧々囂々と言い争っていたが、もう一人俺の知らない人がいた。


「ニコラ!」
「お久しぶり!陛下、お元気でいらした?」
「うん!ニコラも元気そうでよかった!!」


にこやかに歓談するユーリ達から俺は少し離れて、後ろにいるランスにそっと聞く。


「どなた?」
「グリーセラ卿ゲーゲンヒューバーの奥様でニコラさん。様がこちらへいらっしゃる直前に、陛下が人間の地で彼女をお助けになったそうです。」
「ふ〜ん?」


『ゲーゲンヒューバー』、ねぇ?
何となく、尊称が付いていないことに触れないほうが良いのかと思ったので、ランスにはそれ以上突っ込まないで、ヴォルフラムとギュンターさんを見て笑っている彼女達のところへ行く。


「ユーリ、俺のことは紹介してくれないわけ?」
!ごめん。
 ニコラさん、紹介するね?コイツは俺の幼馴染で。」
「はじめまして。って呼んでくださいね?」
「まぁ!はじめまして、ニコラです。」


にっこり笑う彼女は、魔族の女性とはまた違った美人で、広末良子みたいな元気溌剌とした女性のようだ。
短めの髪に、大きな茶色い目がかわいらしい。


「陛下と閣下にはスヴェレラでとても助けられて。身重だからあまり出歩けないんだけど、王都に行く用事ができたから、改めて御礼を申し上げにきたの。」
「閣下?」
「ああ、。閣下って言うのは「ですからッ!何故貴方が陛下の寝所で寝起きしているのですか!」


説明しようとしたユーリの声に、ヒートアップした王佐の声が被さった。
自然と皆の目線が二人に集まる中、そんなことには気づく様子を全く見せず、王佐と金髪美少年は騒ぎ続ける。


「たとえ婚約者だとしても、いささか過ぎた行動ではありませんか!」
「何を言う!ユーリは僕に求婚したんだぞ!?一緒に寝たいに決まっている!!」
「婚約者は伴侶や夫婦ではありません!婚姻を交わす前に夜を一緒の寝所で過ごすなど・・・っ!破廉恥な!!」
「ふんっ!流石はもうすぐ150歳、ずいぶんと前時代的な考えだな!!」


150年はもう前時代的とかそういうレベルじゃないんじゃぁ・・・?
しかし、ニコラさんはまた別の感想を持ったようだ。
頬に手を当て、苦笑してぽつりと漏らす。


「陛下にはグウェンダル閣下がいらっしゃるのに・・・。」
「えぇ!?」


ぐ、グウェンダル!?
何処からそんな噂が!?
でも、もしかしたら、幼馴染だからユーリは俺に言えなくて〜とかあるのかも?


「ニコラ!誤解だから!!」
「そうだぞ!兄上のお相手はそこのだ!!」
「あら、そうなの?」
「いや、どうなんですかね?」


取りあえず婚約関係にはありますが、それだけっていうか、それすらも実質ないと申しますか。
ユーリとヴォルフラムみたいに夫婦漫才しているわけでもないし。
返答に困っていると、ノックの音がして、素早いウェラー卿がすっとドアを開く。


「申し上げます!魔王陛下におかれましてはっ、ご公務外の時間にあらせられると存知上げますがっ」
「いや、あのサックリ用件をお願いします。」
「はっ恐れ入ります!!」


海老反り上体でガチガチに固まっている若い兵士に、俺はちらりと横を見る。


「なんだよ?。」
「いや、お前はずいぶんとリラックスしてるなって。」


ウェラー卿並みに平然としているランスを見て首をかしげる。


「お前が最初に『気にするな』って言ったんじゃないか。」
「いや、まぁ、そうなんだけど。」


素直に信じるだけでできるのかよ。
そう思わないでもなかったのだが、海老反り若兵士の爆弾発言にそんな考えが吹っ飛んだ。


「陛下の御落胤と申す方がお見えです!!」


・・・・・・


「ユーリ!貴様っいつ何処で産んだ!?」
「な、何!?産んでない!俺は何も産んでないから!!」
「じゃぁ、どこで作った!?」
「作ってないから!!っていうか、ご落胤って何!?」


・・・・・・


「貴人が妻ではない女性との間に作った子供のことですよ。」
「ああ、時代劇の『上様のご落胤〜』って隠し子騒動のやつね。
 ・・・って、俺!?俺の隠し子がいたって事!?」
「その疑惑が。」
「ええええ!?」
「すごいわユーリったら。虫も殺さないような顔して」
「俺は蚊やゴキブリは殺しても、子供は作ってませんってば!!」


・・・・・・
完全にパニックに陥ってるユーリ達(ウェラー卿は例外)を眺めていると、ランスがひらひらと目の前で手を振る。


「おーい、?」
「・・・何?」


振り返らず、聞き返すと、ランスは心配そうに聞いてきた。


「お前には隠し子とかとかいたりしないよな?」
「一発殴っていいか?」
「いや、冗談はさておいて、驚いていないのか?」
「いや、何ていうか、ツッコミどころが多すぎて途方にくれていた。」
「・・・・・・」


ヴォルフラム、ユーリには子供産めないから!
っていうか、ユーリが子供産んだら、誰だって気づくだろうが!
それに、ユーリ!ご落胤が何なのか分からないのに、全否定してたのかよ!
心当たり無いなら慌てるな!
『虫も殺さない』って何か間違ってるから!
とか色々思ったのだが、いったい何処から突っ込めばいいのか、途方にくれてしまった。
しかし、俺を置いてどんどん話は進んでいく。


「で、そのご落胤とやらは何処に?」
「実はもう、こちらにいらっしゃっております・・・徽章をお持ちでしたので、お通ししないわけにもいかず・・・」


その言葉に、やっとぶっ倒れていたギュンターさんが復活して、ユーリの徽章はまだ作られていないと言っているが、俺は違う面で首をかしげていた。


「なぁ、ランス。ご落胤は十中八九偽者だとして、その目的は何だ?」
「財産目当てとか?」
「なら良いんだが、もし子供が明らかに違うと分かる子だったら・・・」


危ないんじゃないか、と言おうとした時には既にその子は姿を現していた。
オリーブ色の褐色の肌に、細かい赤毛の巻き髪を耳の上で切りそろえ、凛々しい眉に長い睫が可愛らしい―――

十歳くらいの女の子だった。


「ユー・・・」
「ちちうえぇー!」
「ちっ・・・父上って」


後は一瞬だった。
ウェラー卿が子供から刃物を叩き落して蹴飛ばすのと、俺を放り投げたランスがその子を捻りあげるのと。


「いって・・・」
「悪い、。」
「っていうか、放り投げなくても良くないか!?」


子供を真っ青になっている兵士に預けると、すぐに戻ってきて俺の体を確かめる。
その顔が嫌に真剣で、なんだか気まずかった。


「何処も悪くないようだな。」
「受身取ったからね。」
「そうだな。」


笑いもしないで相槌をうつランスに俺は文句を言う。


「っていうか、そもそも投げるなよ。」
「そうしなきゃ、お前飛び出してたろ。」
「まぁ、そうだね。」

むに。

「らんひゅ!また・・・!」
「お・ま・え・が・飛・び・出・し・て・ど・う・す・る!!」
「らって!」
「だってじゃない!!
 何のために俺が護衛についてるんだ!!」


そういうと、ランスは俺の頬を離すと、深々とため息をついた。









「頼むから信用してくれよ・・・」








がっくりと肩を落とすランスに、俺は頬をさすっていた手を止めた。
多分、ユーリが危なかったら俺は飛び出すのだろうけれど。
でも、ランスを頼らないのは、信用していないと同じようなことなわけで。


「・・・悪い。」
「俺も、信用してもらえるように頑張るよ。」
「うん。」
「即答かよ・・・」


ひでぇ・・・と凹むランスに微笑むと、ユーリの様子を確認する。
って・・・


「何で捻挫してるんだお前は。」


コケて捻挫って、齢80のご老人かいっ!