さて、お手伝いの準備に取り掛かろう。 最近はグウェンダルの書類を仕分けながら、微妙に内容もチェックさせられ始めた。 いや、かまわないけど、役職が無い俺がそんなことしちゃって良いわけ? まぁ、宰相閣下が何も言わないんだから(むしろやれって言った)構わないのだろうけど。 そんな事を考えながら、没案を専用ボックスに放り込む。 ちなみに、その箱は『モシカシテ縫え〜る手羊用品店』。 相変わらず謎だ。 そこでふと、言わなくてはと思っていたことを思い出した。 「そうだ、グウェンダルに頼みがあるんだ。」 「何だ?」 相変わらず眉間にしわを寄せたままの顔を上げることなく返事をするグウェンダルに、俺もまた気にしない。 「俺、剣の訓練したいんだけど。」 「必要ないだろう?」 「まぁ、確かに普通に生活していればね。」 「普通に生活しているだろう?」 「うん、まぁ、そうなんだけど・・・」 歯切れの悪い俺の返事に、グウェンダルが怪訝そうに顔を上げる。 俺は仕分けをしていた手を止め、グウェンダルの顔を正面から見据える。 「俺、この国の軍に入りたいんだ。」 グウェンダルも手を止め、無言で先を促す。 「こないだ、眞王廟で地球では生活できないって言われてさ、ちょっと考えてみたんだ。 地球に帰れないってことは、俺はこの国で生活しなくちゃいけないわけだけど、今のままのようにグウェンダルの仕事を適当に手伝って、のんびり本を読んでるだけだと、邪魔なだけじゃん?」 「別に軍に入らずともよかろう。文官なり他の道はあるぞ。」 「それもちょっと考えたんだけどね、やっぱり武官の方がいいかなって思うんだ。 俺はユーリの・・・魔王陛下の幼馴染で、黒髪をもってるから。 いくら俺が気にしない、ユーリも気にしないって言っても、周囲はそうは思ってはくれないだろう?」 俺はしばらく前のシュトッフェルを思い出す。 きっと、ああいう人間はいなくならないと思う。 「利用されて、国や政治を引っ掻き回したくはない。ユーリの邪魔にはなりたくない。 だから、政治的な立場があまりないポジションで、自分の身を守れるようにしたいから、やっぱり武官のほうがいいと思うんだ。」 はっきりと今まで考えてきたことを言うと、グウェンダルは不機嫌な顔のまま、きつく目を閉じる。 駄目かなぁ・・・? 「自分の状況はきちんと理解できているようだな。」 一瞬、思いがけない返事に驚いた。 しかし、グウェンダルの顔は不機嫌なまま。むしろ、口調が苦々しいほどで、戸惑ってしまう。 何でそんなに不機嫌なんだよ・・・ 「お前の意見は分かったが、兵舎に入るのは不可能だ。」 「・・・・・軍属になるのは駄目ってこと?」 「そうではない。それ以外の方法で訓練を積めということだ。」 「何で?とりあえず、剣は初心者ってわけでもないけど・・・」 小さいころからスパルタで鍛えられてきたので、一対多数からサバイバルまでこなせるはず。 しかも、俺の剣術って訓練内容見るからに実戦向けだから、あまり問題ない気がするのだが。 しかし、グウェンダルは、不機嫌な顔を変えないが、微妙に口ごもる。 「忘れているようだが、お前は魔王陛下の幼馴染で、黒髪の持ち主でもあるが、更には私と婚約関係にあるのだぞ?」 「いや、覚えていますが。 それは、髪を染めてしまえばバレないでしょう?」 幼馴染とか、婚約関係とか、そんなもの目に見えないし? 首をかしげる俺に、グウェンダルは深々とため息をついた。 「バレないわけないだろう。」 「え〜?」 「髪とかそれ以前の問題だ。 お前の顔は目立つ。」 「別に特徴のない顔だと思うけど・・・」 「本気で言っているのか?」 「本気だけど・・・」 そう返事すると、グウェンダルはぐりぐりと米神を揉みほぐす。 オーバーリアクションだなぁ・・・ 「お前はグリエの話を聞いていなかったのか?」 「グリ江?」 「そうだ。婚約の話をしたときに、お前の容姿について言っていた事を忘れたか?」 「ああ、覚えてますよ。『あっちの普通はこっちの美形』」 「お前もその範囲内だ。」 どうせ俺は平均顔だよ。 「でも、俺の顔を知ってる奴は、あまりいないだろう? だったら、『ちょっとイケメン新人兵士』ってことでいいじゃん。」 「・・・・・・、本気で言っているのか?」 「本気だよ。無理な案じゃないだろう?」 「お前の面は割れているのを知らないのか?」 面が割れるって、犯罪者かよ。 っていうか、何でみんな俺の顔を知ってるのよ。 ユーリみたいに歩き回ってないから、メイドさんくらいだと思ったのに・・・ しかし、ここまで反論されたら、逆に意地でも兵舎に入りたくなるのが、俺の性格。 「わかった。つまり、全く俺だとわからなければいいんだろう?」 「・・・・・・まぁ、そうだな。」 「よし。じゃぁ、こうしよう、グウェンダル。」 ビシッと指を向けると、堂々と宣言する。 「明日変装して、誰にも見抜かれなかった場合、俺の好きにさせてもらうぞ!!」 次の日の午後、俺はいつもどおりグウェンダルの執務室で書類の不備を探している。 しかし、さっきからグサグサと突き刺さる視線が痛い。 「閣下、私の顔に何かついて下りますでしょうか?」 「・・・・・・・・・・・いや。」 言いたいことは分かるけど。 今の俺は、赤色のカラコンを装着し、髪はシルバーに近い灰色で、腰の高さまである超ロング。 なんちゃってアルビノ風にしたうえ、前髪は長めにしていつもと分け目をかえて、眼鏡もかけている。 しかも、服装はグウェンダルの私兵の軍服。 そして、仕上げは・・・ 「そんなにお珍しいのですか?私の女装は。」 「当たり前だろう。」 まぁ、珍しくなかったら問題だけどね。 しかし、そこは俺。 美子さんに散々遊ばれ、仕草から声の出し方まで完璧マスターしてるもんね! それに、目的のためなら手段を選ばない主義だ! 商品欲しさに、自分からミスコンに応募した経歴は伊達じゃない! 今回の設定としては、『ヴォルテール領から閣下に火急の書簡を持ってきた部下。仕事は終わったけど、時間があまってるんで手伝います。』名付けて『押しかけ秘書』!! ふふふ、完・璧! 「閣下、昨日のお約束は覚えていらっしゃいますよね?」 実は、既に朝の会議のときにユーリとギュンターさんは騙し通している。 ギュンターさんは俺の説明であっさり納得していたし、ユーリには「すっげー美人じゃん!グウェンダルもすみにおけねぇなー!」と頓珍漢なお言葉をもらっている。 そして、通路ですれ違ったヴォルフラムに至っては、一瞬目が合ったが、マジでスルー。 素晴らしい戦歴を獲得している。 しかし、グウェンダルは 「・・・・・・・・・バレなかったらな。」 どこかまだ余裕のあるグウェンダルに小首をかしげる。 あれ〜?これだけでも威力あると思ったんだけどなぁ・・・? すると、軽くノックがされたかと思うと、よく知っている声がした。 「グウェン、俺だ。」 何でウェラー卿がっ!? あのウェラー卿のことだ、怪電波というかドス黒いオーラで変装なんて見破るに決まってる! 慌ててグウェンダルを振り返ると、ニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。 こ、こいつ・・・! 「入れ。」 「失礼するよ。」 俺の内心の焦りなど全く考慮されず、開いたドアからウェラー卿が入ってきた。 やはり一瞬止まったが、すぐにいつものポーカーフェイスでグウェンの前に立つ。 およ? 「陛下から、この書類を預かってきた。」 「あ、ああ。」 グウェンダルも予想外だったらしく、微妙な顔をして書類を受けとる。 すると、ウェラー卿は顔だけこちらに向け、いつものさわやか笑顔のまま、何事かつぶやいた。 ・・・・・いや、これ声に出してない? 慌ててウェラー卿の唇の動きに集中する。 (、何してるの?) やっててよかった読唇術。 母上、役に立ちましたよ・・・ (賭け。勝ったら兵舎に入れる。) (よく似合ってるよ。) (ありがとう。だったら、黙っててくれると助かる。) すると、ふわりとウェラー卿の笑みが深くなった。 (黙ってて、欲しい?) 黒い!背後がもの凄く黒く見えるよ!! すーっと血の気が引くのを感じながら、なるべく上品に微笑む。 (・・・お望みは?) (ユーリの写真をアルバムで。) (・・・分かりました。よりどりみどり三冊セットで如何でしょう。) (勿論、色をつけてくれるよね。) (・・・・・・ホームビデオもつけましょう。) (交渉成立だね。) ああ、ゴメンねユーリ・・・俺は友達を腹黒獅子に売ってしまったよ・・・ でも、お前のことだから『何だよ、写真が欲しいならいくらでもやるのに』とか言ってくれるでしょう。 つくづく、大物だな。ユーリ・・・ 激ニブの幼馴染に心の中で謝っていると、タイミングを見計らったかのようにグウェンダルが顔を上げる。 「これはこのまま進めていい。」 「わかった、そう伝えておくよ。」 先ほどまでの真っ黒なオーラは消えうせ、通常の爽やかな笑顔を浮かべたウェラー卿に、グウェンダルは何の違和感もないらしい。 さすが、ルッテンベルクの黒獅子。 そのままウェラー卿は書類を受け取って部屋を出て行こうとすると、慌てたグウェンダルが引き止めた。 「何?グウェンダル。」 「・・・コンラート、コイツに会うのは初めてだったか?」 「うん、俺が会ったのは初めてだったけど・・・・・・」 え、そこは『初めましてだよ?何言っているのグウェンダル。』で終わりじゃないの!? 内心慌てたが、表面上はちょっと驚いた程度の顔をして、困った振りをしている。 ふふふ、美子さんの仕込みは伊達じゃなくてよ! 「陛下とヴォルフラムが『グウェンダルの美人部下に会った!』って話していたからね。」 「そ、そうか・・・」 期待していた分、がっくりと肩を落とすと、ちらりと俺のほうを見た。 俺は勝ち誇った笑みを浮かべたい衝動をこらえて、今迄で一番良い笑顔を浮かべる。 「陛下に覚えていただけるなんて、光栄ですわ。」 |