「いきなり飛び出して行ったとハボックから聞いた時は驚いたぞ。」
「・・・・・・・・・」
「何があったのかとね。」
「・・・・・・・・・」
「君が真面目に仕事をするなんて前代未聞だからな。」
「・・・・・・慰めてるんですか?貶しているんですか?」









無関心な観察者









「そういうわけで、監査の結果タッカーは人体を練成材料に使用したと判断し、大総統に報告してあります。」


大佐が駆けつけると、タッカーと合成獣は別室に監視を付け移動させ、現場検証を行った。
俺は監査の結果と事件の経過を報告する為、それに参加していた。
大体の内容を伝えると、大佐は厳しい顔をしながら壁の錬成陣を確認していく。


「報告はいつ?」
「昨日の夜、直接電話で大総統に伝えました。軍法会議所の者を寄越すそうです。」
「では、私が改めて要請する必要は無いな。」


手間が省けたと肩を竦めると、実験室を出る。
外に控えていた兵に会議所の人間が来るまで監視をしているように命じると、司令部に引き上げていく。
大佐と同じ車に乗ると、中尉が静かに車を発進させる。


「エドたちはどうするんです?」
「あの2人なら別の車で送っていく。
 それより君の方が参っているのではないか?」
「俺が?」


不思議そうに問い返すと、呆れた顔をされた。


「また、監査結果を報告した事を悔いているのではないかね?」


チラリと目を向けるが、すぐに窓の外に逸らす。
雨が降りしきる外の世界は、全てが灰色に見えてくる。


「昨日はね、思いましたよ。
 俺の仕事には、最低でも一人下手をすれば数十人数百人の幸せを奪いかねない。
 それに加えて、俺の判断は個人の感情が大きく反映されていますからね。」
「確かに、君の判断は至極個人的だな。」


深々と頷きつつ、同意する大佐に苦笑がもれる。


「でも、何度思い返しても、タッカーの件を報告する以外に道を選ばなかったと思います。」
「ほう?どうしてだね?」
「彼はこれ以上歩みだす事は無いと思ったから。」


彼が見せた余裕には安堵しかなかった。
見つからなくて良かったと。
また行っても分からないと。
そんな考えしか読み取れなかった。


「だから、彼を止めることしか方法が浮かばなかった。」


たとえそれが子供から幸せを奪ってしまう事だとしても。
後ろに流れていく風景を眺めながら、そう呟いた。


「だが、後悔とは別だろう。」
「まぁ、そうですね。」


鋭いというか、聡いというか・・・・・・痛いところを抉ってくれる。

確かに判断には後悔していない。
しかし
もし、タッカーに監査結果をその場で伝えていたとしたら?
もし、もっと早く報告が出来ていたら?
彼女は、合成獣にならずに済んだのではないか?


「でも、薄情な言い方だけど、きっともうどうにもならない。」


“もし”なんて意味がない。
時間は戻らないのだから。
出来事は覆せないのだから。


「だから、きっと俺は乗り越えて前に進むしかないのでしょう。」


俺自身が望む方へ。



















「これしきの事で立ち止まっているヒマがあるのか?」
「『これしき』・・・・・・かよ。」


雨の中、司令部の中央階段に座り込んだエドたちに大佐が声をかけているのを、階段の上から見下ろす。


「ああ、そうだ。狗だ悪魔だとののしられれもアルと2人で元の姿に戻ってやるさ。
 だけどな、俺たちは悪魔でも、ましてや神なんかでもない」


相変わらず素直で優しい彼らしい。


「人間なんだよ!!
 たった一人の女の子も救ってあげられない!」


打ちのめされて、悩んで、迷って、悔やんで。


「・・・ちっぽけな人間なんだ。」


でもきっとまた歩き出す。
その様子が予想できて、少し笑みがこぼれる。
これだから俺はこの人たちが大好きなのだ。


「さて、俺も進まないといけないかなぁ?」


柱から背を離すと、司令部の中へ戻っる。
ハボックやブレタらが話しかけてくるのを笑顔で交わしながら、大佐の執務室の横の部屋に入っていく。
中には簡素な机に、書類棚と電話があるだけ。
その部屋は、俺が大佐の監察役として赴任した時に与えられた部屋だった。


「私物は持ち込んでないはずだし、すぐに片付けられそうだな。」


そして、此処を片付けたらセントラルへ行く。


「動き回ることが無ければいいけれど・・・・・・」