―――――― 039:英雄 ――――――
日が沈んでしまってからかなり時間が経過し、騒がしいエヴァーズ城も静まり返ってしまっている深夜。
忍び込んでくる肌寒さと、昼間の疲れから皆が眠りに付く中、はベットに腰をかけたまま腕を組んでいる。
カタン・・・
目の前には白と黒の市松模様の台と、形も大きさも少々異なった16個2対の駒。
そして、それを挟む形で部屋に一脚しかない椅子に座った。
はの顔と駒の動きを見て内心溜息をつく。
「それで、言いたいことは何だったんだ?」
「何で・・・?」
驚いて顔を上げたには呆れた顔をしながら駒を動かす。
「何でじゃないよ、まったく・・・」
溜息を漏らしつつ、先ほどからの―――といっても二十分ほど前からだが―――チェスの様子を思い出す。
駒を取ったり取られたり、微妙な駆け引きがあったり・・・・・・そうした場面があったにもかかわらず、は黙ったままだった。
そう。文字道理一言も発さず、目すら合わさず。
(いつもは駆け引きで脅してくるのに。)
そもそも、始まりが唐突だった。
書類も溜まっておらず、明日の訓練も午後から。久しぶりにゆっくり寝れるとベットに入ろうとしたら、が部屋をノックしたのだ。
(ああ、そもそも其処からおかしかったのか。)
普段はノックはするものの、返事を待たず問答無用でドアを開ける。
なのに今日はがドアを開けるまで黙ってドアの外にいた。おかげで開けた状態のまま数瞬固まってしまった。
その後も、何か変だと思っていたが、特に何も言わずにいた。
こういう時は、言いたい事があるということだと経験的に知っていたから。
しかし、そろそろ終盤に差し掛かっている。
このまま何も話をしないで帰るということになりかねない。
だから、痺れを切らして話しかけたのだ。
「色々根拠はあるけど、まぁ、勘でいいよ。」
「そう・・・・・・」
そう答えると、または手元に目線を戻す。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そして、は置こうとしていた駒をふと手を止めた。
「英雄ってなんだろうね・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
の表情は、下を向いたまま見ることはできない。
「小さい頃はお話のような英雄になりたいって思ったんだけどなぁ・・・・・・
今日ね、小さい子がトランの英雄様だって嬉しそうに笑ったんだ。
でも、その時思ったんだ。僕なんかが英雄のはずが無いって。だってそうでしょ?
父親を殺して、従者に守られて、親友すら助けられなかった・・・・・・
そんな人間が英雄のはずないじゃないか・・・・・・」
が呻くように吐き出すと、は眉を顰める。
「英雄ってそんなイイモノか?」
「え?」
「は自分は英雄なんかじゃないって言うけど、じゃぁ、どんな人間が英雄なんだ?
それこそ、英雄って何だ?」
「・・・・・・・」
「圧政から救った人?軍を率いて勝利をもたらした人?誰も成し得なかった偉業を成し遂げた人?自分の意志を貫いた人?民衆を侵略から救った人?」
「・・・・・・・・・多分、そういう人達のことじゃないの?」
は吐き捨てるように呟いた。
「全部民衆にとって都合のいい人間ばかりじゃないか。」
は驚いての顔を見た。
「英雄のイメージは良いモノばっかりだろうよ。民衆がこうあって欲しい、こんな人がいて欲しいと思った時にその通りの事を行った人が英雄って呼ばれてるんだからな。」
「君?」
言葉はきついが、には悲しそうな顔に見えた。
「俺は長い間生きてるから、英雄と呼ばれた色んな人達に会った事がある。
でも、英雄だろうと何だろうと人は人なんだよ。
迷うし、苦しむし、逃げたくもなるし、後悔だってするし、間違いだってある。」
「・・・・・・・・・・・・」
「英雄だってただの人だ。」
「・・・・・・・・・・・・」
そう言って苦笑するのを見て、は駒を置いて溜息をつく。
「英雄だってただの人・・・・・・かぁ・・・・」
「そうだよ。だから。」
「何?」
「英雄って言われたら、笑っとけよ。」
「?」
「きっと“私たちの為に頑張ってくれてありがとう”って言う意味だから。」
「そう・・・だね・・・・・」
そう言うと、はクィーンの駒を手に取りニヤリ笑った。
「そういわけで、チェックメイトだ。」
「え?」
が慌てて手元を見ると、のクィーンから逃れる唯一の場所にはビショップがいた。
それは、さっき溜息とともに置いた駒だった。
「あ!」
話に気をとられていて、チェスの事を忘れていたらしい。本来置く予定の一つ2つ手前に置いていた。
「油断大敵だよ、トランの英雄?」
「ああ。ありがとう。」
2人とも笑いながら、二回戦目の準備に入った。
英雄だって人なのよ。
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