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言葉世界

Chris' words


エッセイ集 「離家出走《完全本》」より〔離家〕



8月に発表されたエッセイ「離家出走《完全本》」より。
タイトルの「離家出走」を冠した2編のエッセイ〔離家〕と〔出走〕は、エッセイ集の最後に収録。
〔離家〕ではクリスのちょっと変わった習慣について書かれています。今でもこの習慣はあるみたいですが、見てみたいものです。あまり見たことある人はいないそうですけど。
もしかしてこの習慣も「家」というものが大好きなクリスならではなのかな。


〔離家〕

僕にはある習慣がある。二十年来、変えたことがない。
この習慣はほんの少しの人しか知らないだろう。もしくは以前僕に付き添ってあちこちに行って仕事をしていた一部のアシスタントが見たことあるかもしれない。でも彼らは見て変に思っただろうか。

この習慣とは、ホテルの部屋を出て家に帰る前にいつも、僕は部屋に向かって「謝謝」と別れを告げてから出ること。

僕は、部屋に感謝するんだ。数日間僕の面倒を見てくれて、僕を太陽にさらされず、雨風から守ってくれたことに。

誤解しないで欲しい。僕が部屋にお礼を言うのは、お化けや神様などの超自然現象に言うことではないんだ。
僕は本当にその部屋にお礼を言うんだ。部屋の天井、じゅうたん、テレビ、家具、トイレなどを含めて、すべてのものにありがとうを言うんだ。この数日間、僕を受け入れて、僕に安全を与え、さらには僕に気持ち良く過ごさせてくれたこと。

おそらく君はこう聞くだろう。「それは僕のコンサートをやってくれた人や、宿泊代を払ってくれた人に感謝すべきじゃないの?」と。それは当然のこと。すべき礼儀である。
でも実際に僕の面倒を見てくれて、数日間日夜を僕と一緒過ごしたのは、あの部屋なんだ。他の人が招待してくれたものではなく、自分で支払ったものであっても、僕は感謝をするんだ。
5つ星のホテルだろうが、星のないホテルだろうが関係なく、僕は心から感謝する。
部屋がすごく良くて、僕をしっかり面倒みてくれたので、出る時に、まるで昔からの知り合いと別れる時みたいに、辛く、涙をこらえなくてはならないように感じたことさえある。

この変わった習慣は、僕が海外に出てホテルに泊まる時に限ったことではない。
自分の部屋を出る時、自分の家を出る時、あの「感謝」と「別れ」の感覚がさらに強烈になるんだ。

一人で戦っている時、あなたの暖炉の火が僕に暖かさを与えてくれて、ありがとう。
孤立無援の時、あなたの壁が僕を守ってくれて、ありがとう。
一晩中眠れない時、あなたのベッドが僕に夢を与えてくれて、ありがとう。
この想いが報われない時、あなたの思い出が僕に温かみを与えてくれて、ありがとう。
涙してる時、あなたの風景が僕に希望を与えてくれて、ありがとう。
風雪が吹いている時、あなたの庭が僕を見守ってくれて、ありがとう。
空しく寂しい時、あなたの草花が僕に希望を寄せてくれて、ありがとう。
心が凍り付いた時、あなたがそばにいて寄り添ってくれて、ありがとう。

僕は永遠に忘れることができない。去り際に、僕はすべての建物を訪ねすべての部屋に感謝し、別れを告げる。

僕は永遠に忘れられない。去り際に、荷物を持ち、涙を流して振り返る...

永遠に忘れることはないだろう。もう部屋の中に愛がなくなった時、あなたが、かつて僕と艱難を分ち合い、僕に愛を与えてくれた感覚を。

ありがとう.....