93 糧食班勤務 其の壱
 一等陸士になると、成績の優劣や勤務態度に関係なく、全ての陸士は一度は3ヶ月間の糧食班勤務を命令されます。  中隊からは常時3〜5名が駆り出されてました。

 糧食班勤務とは、簡単に言えば『飯炊き』です。  駐屯地内にある食堂で、その駐屯地で勤務する隊員の朝飯・昼飯・晩飯を作るのが仕事。  食器を洗ったりするのも糧食班勤務の隊員です。


 現在はどうなのか分かりませんが…  糧食班勤務は中隊で使い物にならないと、更に3ヶ月間行かされるという罰ゲームみたいな所でもありました。
 特に…背伸びをして航空自衛隊に入った高校出の隊員は、1年以上も糧食班で過ごす事もざらだったとか!  飛行機に夢見て航空自衛隊に入った隊員は、夢砕かれてひたすら炊事業務に専念する。  そんな絵は当時でも凄くリアルに想像できました。  それは海上自衛隊でも全く同じ事。


 どちらかと言えば行きたくなかった糧食班。
 日々の任務を真面目にこなしていれば免除してくれるかな?とも考えていた糧食班勤務。  いかんせん!  中隊に配属されて一年が過ぎても、要領の良い江藤の下では不良隊員そのもの。  もちろん江藤よりも先に糧食班勤務に行かされたのは言うまでもありませんでした。  それは何を意味するのか…  「おまえは江藤以下だっ!」と中隊長以下に言われているのと同じ事。  むしろそれを間接的に伝える方法が糧食班勤務だったりもするのです。


 別に自分を認めてもらいたくて生きているワケじゃなかったので、中隊の人事陸曹が「来月から糧食班勤務に行け!」と言われれば行きます。  「糧食班勤務に行くなら自衛隊を辞めます!」と言えるほど強くなかったし、そんな弱虫でもなかった自分。  「嫌だなぁ。」と溜息をつきながらも受け入れるしかありませんでした。  それが自衛隊だし…。


 
 その月の終わり…  普段着(戦闘服)から制服に着替えて、来月から糧食班勤務に行く事を中隊長に申告しました。  中隊長には何て言われたのか覚えていないけど…たいして意味のない申告。  とりあえず形だけの申告。  何をするにも学芸会が必要なのが自衛隊。


 中隊長への申告を済ませたら、そのまま糧食班に向かいました。  糧食班にもキチンと幹部が配置されています。  いわゆる飯炊きの親分ですね。  その下には3人の中堅陸曹と栄養士のお姉さん(40歳ぐらいだったかな?)という仕組み。
 3人の中堅陸曹は1直・2直・3直(1班・2班・3班)の各班長になります。  どの班に行くのか…  どの班長と3ヶ月を過ごすのか…  別にどうでも良かった。  それよりも何をするのかさっぱり分からず、そっちのほうが心配でした。


 糧食班の親分に申告を済ませたら…  白い帽子と白い上着と白いズボンを与えられた。  かなり使い回された中古の小汚い調理服だった。
 まるで豪雪地帯の迷彩服。  半長靴の代わりに白い長靴。  頭から足の先まで真っ白の服に変身!  自衛官から料亭の丁稚に変身しました。


 「本多一士は2直(2班)」と糧食班の親分に言われました。  ナメられたらイカン!という心構えで無理してヤクザの風貌をしている3人の班長。  その中でも2直の班長は大柄だったので迫力がありました。
 
 班長の第一声は、「テメェーが演習中に江藤をボコボコにした本多かぁ!」と…  やはり勤務態度を記した通知表みたいなモノは中隊から糧食班に渡っていたんだな。
 「江藤とは同じ町に住んでるんだよ。 お前じゃなくて江藤が来りゃ良かったのになぁ!」  江藤の奴…地元を武器にどこまで要領良く動いてるのやら??  どうして糧食班とも仲良しなんだろう??

 とりあえず最初の数分でチェックメイト。


 さてさて、そんな糧食班の仕組みですが…
 1直・2直・3直の3班制。  勤務体制は『本直』 『支援直』 『非番』の3交代制となります。

 まずは『支援直』から説明します。
 支援直は主に皿洗いとなります。  各隊員が食事を済ませたら各食器を分別して水槽に投げ入れます。  デッカイ食器洗浄機が洗い場の中心で動いているので、スポンジで簡単に洗ってからベルトコンベアーから食器洗浄機の中に入れて更に綺麗にします。  出てきた食器を乾燥機の中に上手くて整理して入れるのが支援直の『支援』となります。


 食器を洗う時間は僅か1時間ぐらいなので、その他の時間を使って翌日が本直となるので、料理の下ごしらえ&切り込み&準備となります。

 さっさと翌日の準備を済ませてしまえば、休憩時間も多くなり…  晩飯の食器洗いが終われば普通に終われます。
しかし、面倒なメニューだと時間がかかります。  そうなるとなかなか終わらないので休憩無しという状態になったり、晩飯の後も残って準備をしなければならない時もあります。


 忙しいも忙しくないも全ては作る量(人数)によります。
 駐屯地には約300人ぐらいが駐屯しているので、普通なら毎食300食前後作る事になります。  日曜日とか土曜日は暇なんだけどね。  問題なのは目の前の演習場に他の駐屯地から演習に大勢が来た時です。  普段の300食が、その時は600食や800食に跳ね上がるのです!
 そうなると『パニック』という状態。  魚や野菜をどんなに切り続けても終わりません。  「明日が見えない!」という言葉をその時に知りました。


 『本直』は支援直の時に準備した食材を調理して、食堂に並べたり汁物をつけて配ったりするメインの勤務となります。

 ツライのは、朝飯が午前6時半からなので午前3時半くらいに起きて糧食班に行かなければならない事。  そんな時間に誰も起こしてはくれません。  目覚まし時計だけが頼りです。
 寝坊したら中隊の当直室に電話くるから怖いものです。  当直の陸曹や幹部を起こすハメになるのです。

 とにかくひたすら作るのみ!  料理を運ぶのみ!  そして翌日は『非番』になります。


 『非番』は中隊勤務に関係なく、朝から晩までベットで寝ていても咎められません。  居室の掃除などは手伝うけど中隊とは一線を引いているので、中隊が凄く忙しい時でもジャージで笑って洗濯をしたりテレビを見て過ごせる一日です。

 つまり2日働いて1日休めるという3交代制。  本直勤務が終わったら翌日は日曜日以上の日曜日が迎えられるのが良かったところかな?


 そんな糧食班勤務…  最初から班長に憎まれて過ごす事になりました。  演習並みにいろいろあった糧食班勤務。  3ヶ月間の死闘は始まったばかりです。
by606