87 新隊員教育隊を受け持つ 其の参 |
『班長が教育隊を放棄』 『新隊員を教える立場の隊員が勉強不足』 この2つの事実が後期教育隊が始動して露になった。 たぶん班長は『発射機の整地&撤去を知ってる奴が教えればいい。』 『面倒な事は班付が片付ければいい。』としか思っていなかったのでは! 僕だって『ただ班長の補佐をしていれば3ヶ月が終わる。』としか思っていなかったから中隊長と人事陸曹から教育隊を任された時は腹の中で笑って受け入れていた。 この後で班長の行動はエスカレートするのだけど… それに比例して僕の行動もエスカレートしてしまった。 実際、この水野3曹に対しては今思い出しても腹が立ち、あの時に江藤と同じように殴っておけなかったのがスッゲー歯がゆいほど後悔している。 いろんな事を実名で暴露したいぐらいの人間だった。(無意味な事はしないけど) だから僕の水野3曹に対する腹立たしさとストレスの銃口が、自然に新隊員に向けられたのかも知れない。 それと… 僕の頭の中には『一年前の僕達はもっと厳しかった!』という妬みもあったと思うから、以下の行動になってしまったと思います。 『3歩以上は駆け足!』 『5分前の精神』 たった1年で自衛隊に染まってしまっていた自分を鏡で確認した。 その時の体重64kg 一番充実した体重だったと思う。 今でこそ筋肉の代わりに贅肉がついた体になったけど、あの当時は立派な陸上自衛官の体に仕上がっていた。 1年後輩となる新隊員に対して敵意を向けた『3歩以上は駆け足!』は訓練場までの往復はもちろん、食堂に向かう時も実施した。 当然の如く足並みを揃えて大声で号令を発しながら進む。 海兵隊みたいな渋くてリズミカルな号令ではない。 その号令は旧陸軍のものと変わらない昭和チックな号令。 訓練場に置いてある発射機までは約1.5km。 何度も「回れ進め!」を発してわざと遠回りさせる。 酷い時(僕の体が絶好調の時)は訓練場の入り口まで駆け足行進をさせて「回れ進め!」の号令で、出発した隊舎横まで戻した事もある。 新隊員が僕に対して疲れと怒りを目で訴えていたのは濃く覚えてます。 一年前に僕が班長に対して訴えていた目と同じです。 「こんな事で疲れたら肝心の訓練ができない。」 一年後には僕が新隊員にそう思われていたのでしょうね。 僕が一年前に思ったように…。 僕よりも階級が1つ上である小林士長と久保田士長は隊列の最後尾か中央で「おらっ!もっと大きな声出せ!」と盛り上げながら僕の指揮に従っている。 中隊長(3佐)(少佐)以上が持つ中隊指揮棒を1等陸士(1等兵)が振り回しながら。 その光景は誰が見ても不思議だったはず。 しかしそれを誰もとがめないのが自衛隊。 メリハリだけは心がけました。 ヘトヘトに疲れた状態で訓練をしても無駄! 鉄の塊りが油圧と電気で動き回る発射機だから危険にも繋がる。 午前8時から発射機の前まで駆け足で辿り着いた午前8時半。 水野3曹と水畑3尉は自転車で先に来て待ちくたびれています。 「んじゃここで1時間休憩♪ 別れ!」 僕が勝手に決めます。 水野3曹と水畑3尉は唖然とした顔。 憎しみに満ちていた新隊員の目は「面白れーじゃん!」という尖ったカマボコの目に変わります。 課業中にスッゲー広い訓練場の芝生で新隊員18名は好きなように休みます。 広い芝生の上で青空を眺めながら大の字になれるのってスッゲー気持ちイイよ!! 正直僕だって教育隊長以下にストレスを与えられて精神的に参るし… 肉体的疲労は新隊員と同じ事をやっているので、疲れは新隊員並。 「お前ら寝るんじゃねーぞ!」と水野3曹が怒鳴るけど、誰一人として眠っている新隊員はいません。 「目を閉じているだけです。」と答える始末。 僕だって寝てるのだから♪ 1時間も休憩していれば手持ち無沙汰に嫌気が差してくるのが自衛隊。 何かやっていないと落ち着かないのが自衛隊。 30分も休んでいれば何処かかしこで話が始まります。 2人が3人 3人が4人と… いつの間にか芝生の上で輪ができて昔話や自慢話、女の話などで盛り上がる。 僕は聞き手一方なのだけど、やはり1年後の自分達の身が心配なのでしょう。 いろんな質問をぶつけられます。 一つ一つ丁寧に答えると、さっきまでは憎しみの目で、尖ったカマボコの目に変わり… 答えを聞いている新隊員の目はキラキラとした真剣な目に変わる。 一通り寛いだ後で発射機の整地&撤去の訓練を開始します。 マニュアルを知らない小林士長と久保田士長には号令を発する時の声の小ささを指摘させたり、動く時の基本教練を指摘させる。 一応は水野3曹の存在も大事にしないといけないので、整地を始める時。 撤去を始める時には水野3曹に敬礼報告をさせる。 ある程度流れを覚えたチームには芝生の上で休憩させたり、覚えが悪いチームには遠巻きに後に付いて同じようにマネをして動きを覚えさせたりと… 飴と鞭みたいな訓練も取り入れた。 そんな日々の繰り返し。 なんとか教育隊の形が出来上がってきたと思えた嫌なとある梅雨の日の消灯間際。 「本多1士… 話があるんでツラ貸してもらえますかぁ?」と…一人の新隊員から面と向かって言われた。 その目、その口調、その雰囲気で久しぶりの喧嘩モード。 「たぶん厳しさに腹が立っているんだろうな。」と思ったので殴り合い覚悟で誰も居ない隊舎の屋上(洗濯物干し場)に2人で行った。 by606 |