86 新隊員教育隊を受け持つ 其の弐
 やっと発射機の整地&撤去から離れられると思ったのに…  また1からやり直しと同じ。


 僕は1年前に発射機の整地&撤去を教えられたばかりなので、ある程度頭に入ってました。  中隊に配属されてからはマニュアル通りの整地&撤去は必要とされず…  この訓練が無意味な事も今では分かっている。  云わば『茶番劇』そのもの!
 だけど整地&撤去のマニュアルを教育するのが後期教育期間。  なにも知らない新隊員にとっては新鮮そのもののはず。  僕もそうだった。  これが1ヵ月も過ぎればダルイだけの訓練になり、2ヵ月後には学芸会だと分かり、3ヵ月後には夢の中でもこの訓練をするようになる。


 小林士長と久保田士長には動作と台詞を細かく書いた(僕が作った)マニュアルを渡してあったので、勉強してくれていると信じていました。


 「集まれ!」と僕が久しぶりにヤル気の声で号令をかける。
僕よりも上官である二人が目の前に並ぶ。  本来なら僕が指揮下に入って動くはずなのに…。  
 階級の上下は、今は関係なく茶番劇を始めた。


 小林士長は激しい演習とは無関係なのに、発射機の整地&撤去を勉強し直してくれていた。  台詞も気合いが入っているし、基本教練もビシッ!とやってくれている。  だけどしどろもどろ。  僕に確認を取ってから動く姿が痛々しい。
 久保田士長は全くの勉強不足。  一度も僕が作ったマニュアルに目を通してないのでは?と疑うほど。  一人ダメなら整地も撤去もできません。 


 「久保田士長! ケーブル接続はまだです。」
 「久保田士長! 2人で周囲を確認してから発射機に上がってください!」と…  久保田士長がまるで新隊員そのものだったので苛ついた。
 新隊員の前で僕に注意されてばかりの久保田士長も苛っとしたのか…  「俺の時はこういう流れだった!」と言い訳。  「そんなはずはない!」と言いたかったけど、「すみません。」と訓練を続行。

 普通なら10分で終わるはずの整地が30分以上もかかった。  全ては久保田士長の勉強不足。  肝心の水野3曹は何も言わず、何も新隊員に説明もせずに眺めているだけ。  その姿は『俺も知らん。』という姿だった。


 『こんな状態で発射機の撤去はとても出来ない。』

 それが一番分かっていても良さそうな水野3曹から「ほい♪ じゃあ撤去!」と…真顔で淡々と言われた。  なんで?  絶対無理じゃん!  これ以上恥をかきたくない。  会議室で整地&撤去のビデオを観させたほうがイイのに!!


 「本多、始めろ!」と言われ…  再び「集まれ!」と号令をかけて二人を整列させる。  さっきまで元気だった小林士長も不安そうな顔になっている。  もっと大変なのは久保田士長。  顔が青い。  久保田士長の顔を見て、撤去も勉強していないのが直ぐに分かった。


 案の定、撤去もボロボロ。  撤去では3人が力を合わせて牽引環という重いパーツを装着しなければならないのに気が合わずに落としそうになるし。
とてもお手本(見本)になるような発射機の整地&撤去ではありませんでした。
 自転車で訓練場までノコノコやって来て、それを見ていた教育隊長の水畑3尉…  「そうやって発射機の整地と撤去をやるのかぁ♪」と笑って言われた。  あんた初めて見たんかいっ!!  防衛大学を出ただけかいっ!!


 これから教える僕達がこんな状態では、教わるほうが悲惨。  教育なんてできない。
「晩飯食べたら風呂に入る前に、一度流れだけでも完璧に覚えましょう。」と水野3曹に意見具申。  「わかった! じゃあ晩飯食べたら教育隊に集合して一通りやってみよう。」との返事。  今日を迎えるまでに一通りやってみるのが本当のはず。  同じ苦労をするのなら恥をかく前に苦労したかったよ。


 自衛隊で恥をかいたのは初めてかも…。  なんともやるせなく終礼を済ませて晩飯を食べに行きました。  食欲なかったなぁ。

 約束通りに晩飯を済ませてジャージに運動靴で訓練場に行く準備をしていたら、水野3曹が風呂の準備を持って廊下を歩いているではありませんか!  「水野3曹! 訓練場で…」と僕が言うや否や「悪りぃ!今日はこれから外出だったわ! 3人でやっとけや!」と。
つか…  教育隊を放って外出だとぉ??  誰が服務規律を教育するんだ?  夜の点呼は班長の仕事だろ?
 

 時間になっても小林士長も久保田士長もやって来ません。
久保田士長は同じ中隊なので呼びに行きました。  テレビを観ながら一言…  「今日やって覚えたで、もういいわ!」と一蹴。
小林士長は隣の隊舎の3階だけど走って呼びに行きました。  小林士長が久保田士長を説得すれば3人で練習できる。  1回でも練習すれば流れは覚えられる。  「本多が作ってくれたマニュアルをもう1回目を通しておくから大丈夫! 今日はヤメようや♪」と…  僕は諦めました。  教育隊から逃げたくなりましたわ。


 翌朝、水野3曹が僕に言った。  「お前が作ったマニュアルを新隊員に配るから18人分コピーして作れや。」
これが新隊員教育?  このマニュアルを読ませて、持たせて見て確認しながら訓練させるの?  劇団みたいなものだけど劇団じゃない!
 だけど反対はできません。  『作れ』と言われれば作ります。  『配れ』と言われれば配ります。  これが腐った自衛隊です。  


 別にカッコつけるワケじゃないけど…  18人の新隊員を3ヶ月間任された僕は、班付(班長補佐)という立場でありながら許せなかった。  誰もヤル気がないのなら18人全隊員の面倒をみてやろうじゃないか!  誰も教えられないのなら僕一人で18人全隊員を教えてやろうじゃないか!


 1班の9人を教育するだけでも大変です。  それは1年前に見てきたので分かっていました。  2班に分けて各班2人で教えても大変だった後期教育隊。


 一人でやる覚悟をした時から水野3曹に頼る事をヤメました。  怒りの反抗はマニュアル本のコピーどころか、僕が作ったマニュアル本は4人分全て焼却処分。  これでコピーするものはありません。  教育する者が覚えたくないような本を、教育される者が読むワケありません。  
 僕はその日の夜から(午後7時から午後8時まで)会議室で18人に発射機の整地&撤去のビデオを見せる事にしました。  
 そして中隊長以上の指揮官が持つ『指揮棒』を自分の中隊長室から1本盗んで所持使用。  怒られても辞めさせられるまで自分の…自分の力だけで18人を教育する事にしました。


 それはもちろん発射機の整地&撤去に限っての事。  他の訓練や座学に関しては黙って静かにする覚悟。
翌日から教育隊長を教育隊長と思わず、班長を班長と思わず、教育隊に限って階級を無視した自分がいました。
テレビドラマのスクールウォーズに感化されたような自分だったと思うけど…  やれるとこまでヤルつもりでした。
by606