64 初めての演習 其の壱拾壱
 
 
『命令を聞かなければ済む』

 一生懸命に幹部の飯の準備から片付けまでして小隊に戻って「何処に行っとんだ!」と怒鳴られるのなら、何もせずに怒鳴られたほうが利口じゃん!  さっさと帰った江藤は誉められて、一人で必死に片付けして帰って怒られた自分。  それ以前に横着な陸曹クラスの片付けも強いられた事に対してストレスは満タンだった。

 どうして炊事班が幹部の準備をしないのだろうか?  どうして休む暇もなく任務を遂行している僕が自分の飯を食う時間を割いてまで働かなければならないのか?  新兵だから?

 だったら命令を聞かなかった(命令が聞こえなかった)事にして知らん顔してたらどうなんだろう??


 「各個に昼飯行け!」
その命令を聞きたくなかった僕はテントの裏で横になって聞かなかったフリを決め込んだ。  自衛隊に入って初めての反抗だったのかも知れない。  ちょっとドキドキした。

 後期教育隊の頃に同期が放った言葉『働いても働かなくても給料は同じ!』という名言を思い出していた。

 横になって仮眠するつもりだったけど…  時が過ぎるに連れて気が重くなってきた小心者。
きっと今頃は江藤が一人でせっせと幹部の飯を運んでるのだろうな。
たぶんまた僕の悪口言ってるに違いないけど、まぁ悪い事してるのだから仕方ない。
晩飯まで腹が持つかな?   などといろんな事を考えた。

 そのうちテントに有線電話がきた。   「本多2士ですか? 全員飯に行ってますが…。」と中で留守番していた小隊長が出て話をしてる。  心臓はさらに回転数が上がった。

 一人一人昼飯から帰って来る。
「なんか本多がおらんみたいで江藤が一人でゴソゴソしてましたわ。」  (>。<)くっそー!  僕の一生懸命は誰にも認めてもらえないのに、どうして江藤の一生懸命は皆に認めれるわけ?
 今さらながら自分が立てた作戦が失敗の気配気。


 「あれ〜? 本多居ません?」  「なんか皆で本多を探してますよ。」と帰って来る同じ小隊の隊員が小隊長に報告している。
(>。<)出るに出れんがや!

 どうやって戻ろう…。  戻ると言ってもテントの入り口の反対側の草むらで隠れているだけのに…。

 「発射機の辺りにも居ませんよ!」  (>。<)うひゃーっ! 捜索まで始まっちゃった!


 大事になる前に64式小銃を抱えて小隊に現れてみた。
「すみません… トイレを探しているうちに演習場で迷い子になっちゃいました。」と疲労困憊な表情で登場。
「おお!おったがや!」 「早く飯食ってこんと終わっちゃうぞ!」と全く怒られなかったから不思議。  それよりも妙に大切にしてくれたので嬉しかったりもした。

 歩いて炊事車両まで行くと既に数名しか食べておらず…  全く並ぶ事なく昼飯にありつけた。  「遅くなってすみません。」と炊事班に一言。  「ああええで。」と御飯を大盛りにしてくれた。(たぶん余ったのだろう)  なぜか優しい。
 既に幹部の姿はなく…  朝の自分の姿を見るように江藤が一人で幹部の食器を洗っていました。

 『働いても働かなくても給料は同じ!』  なるほどなぁ…  横着で服務態度の悪い同期の隊員が放った名言だったけど、理に適ってるわっ!


 江藤が一人で洗ってる姿を見ながら昼飯を食べた。  間違いなく僕に腹を立ててるだろうなぁ。  まぁこれで五分。  僕の朝の気持ちが分かったか?  でも、ちょっとだけ悪かったと思いました。  とりあえず江藤よりも先に小隊に帰ってみました。

 小隊のテントで江藤と会うと面倒だったので、同じ小隊の隊員に「このまま発射機の見張りに向かいます。」と伝えて発射機の付近で休憩する事にした。

 昼間はさすがに暑かった。  でも発射機の陰は快適。  なにかあれば隊員がココに来るはずだから、分かりやすい位置で見張りをしてるフリをしていたので、直ぐに見張りの体制ができるし♪
さすがに熟睡する勇気はなかったので目を閉じて寛いでいた。


 寛ぎ始めて間もなく、近づく足音に気がつきました。  隊員が一人こっちに向かって歩いて来る。  あの体格、あの姿勢…まぎれもなく江藤だった。  (^0^)顔が怒ってるし…。  班長や小隊長以上なら立ち上がって「異常なし!」と報告するけど、江藤なら座ったまま小銃を抱えていればOK。  

 「本多ーっ! なんで幹部の飯の片付けせんのや!」と大きな声で喧嘩を売ってきました。
この一言で僕らにとっての『同期の桜』という肩書きは消えました。  「自分の事は棚に上げといてよく言うよ。」と笑顔で優しく返答。  「晩飯は本多一人でやれよ!」と言って戻って行きました。

 この些細な出来事で、僕と江藤は任期満了退職するまで犬猿の仲になるワケですが…  僕に対する江藤の暴言は演習から帰ってから更にエスカレート。  数日後、僕は依願退職届けを書くハメにまで発展します。


 そして晩飯は…  中隊を巻き込んだ喧嘩にまでも発展するだなんて、この時は思いもしませんでした。
by606