63 初めての演習 其の壱拾 |
朝飯食って速攻で戦闘姿勢。 明け方はめちゃめちゃ冷えた初秋。 戦闘姿勢解除で待機姿勢の命令が出ると同時に合羽を脱ぐ命令も出た。 合羽一枚自由に着たり脱いだりできない融通のきかない自衛隊。 『個人差』なんて受け入れられない。 個人差よりも『統一美』を優先するのが自衛隊だった。 合羽を脱ぐには戦闘装備一式を外さなければならず… もちろん苦労して装着した擬装材も外さなければならかった。 半長靴を脱がずにズボンを脱げば合羽はドロドロ。 これも官品の一つだから捨てて帰るワケにもいかず、カバンに丸めて詰め込む。 合羽を脱いで最初に思った事… 倒れそうなくらい臭い! 大汗かいて雨に打たれ…蒸れて再び汗かいて風呂に入っていない体臭は、戦闘服から湯気の如く臭いを発した。 もし今の状態で満員電車に乗ったら間違いなく半径10mは誰も近づかないだろう。 慣れた隊員は半長靴の代えを持ってきていた。 僕はグッチュグッチュの半長靴のまま。 靴下を替えても事は同じだったので、面倒な事はヤメておいた。 なによりも歯を磨きたかったA型の悲しい定め。 これも慣れた隊員は歯磨きセットを持ってきている。 そんな物を持って来てイイなんて知らなかったし…。 既に24時間以上も歯を磨いていない。 歯がザラついて口の中が気持ち悪い。 鉄パチの中の(頭の)臭いは体臭よりも酷かった。 髪の毛はVO5を一缶使ってセットしたほどベタっと河童状態。 そんな悪臭の塊りと化した自分に襲い掛かってきたのは敵の銃弾でも手榴弾でもない。 『蚊』の総攻撃を受ける。 実際、肌が露出してる部分は顔と首だけ。 じっとしていれば発電機の音よりも耳元で蚊の飛ぶ音が聞こえてくるほど! 刺された瞬間は痛みを感じる。 もちろん刺された後で痒くなるから顔をかくのだけど… 顔をかいたら垢がボロボロとでたので驚きました。 演習場の蚊のデカさに驚いた。 こいつらは戦闘服の上からでも平気で刺す。 戦闘ズボンの上から足を刺されるのが一番困った。 ジャージみたいに直ぐに下ろしてかいたり薬が塗れれば問題ないけど、簡単には脱げない戦闘服。 ダサイ親父みたいにかきながら歩くしか術はありません。 なんたって軍手の上からでも刺すでね! 休んでいれば蚊が集まってくるし… 動いていれば疲れるし… 既に疲労困憊な自分だったので、蚊が憎くてたまらなかった。 正直、『敵は蚊だっ!』と思えるほどです。 64式小銃よるも殺虫剤のほうが必要だった。 昼間の演習は特になにもする事がないのが高射特科。 それでも木陰で休んでるワケにはいきません。 ゲリラから発射機やレーダーを守るべく、各所に個人の『えんたい』(穴)を掘らなければなりません。 頭のイイ隊員は、前に掘られた跡を探して速攻で堀上ます。 僕は硬くて石がゴロゴロ出てくる場所を必死で掘るしか脳がなかった。 グズグズ掘っていれば怒られるし…。 自衛隊用語で『個人用えんたい』は棺桶とも呼ばれます。 穴の中から敵に射撃して撃たれたらそのまま棺桶になるみたいな感じ。 棺桶というよりも墓穴だね。 結局、乾いた戦闘服も残暑厳しい炎天下&雨上がりで猛烈な湿度の下で大汗かきながら動き続けなければなりません。 この頃からペットボトルという便利な容器に入った飲料水が発売された。 ペットボトルの先駆けとなった飲み物がポカリスエット。 それと烏龍茶だった。 どの隊員も大きなペットボトルをカバンから出して飲みながら動いてました。 何も知らない僕は汚い水筒(官品)に入れた僅かばかりの水だけが頼り。 時々ポカリスエットを分け与えてもらって注入して飲んでいたけど… ベトついた汗が出る事が分かったので水をコマメに飲むように心がけました。 まだ『水を飲むとバテる』という考えが正しかった時代。 年配の上官からは「あまり飲むな!」と叱れるほど。 それでもガブ飲みしちゃうのは、それだけ暑さと湿度が高かったという事。 汗かかない幹部や上官には分からないだろうな。 幹部の多くはエアコンの効いたシェルターで発射ボタン押したり、いろんな所と通信するのが仕事だし。(シャルターにエアコンが付いてるのは閉め切った空間で高温となるので機械を冷やす役目もあります) そしてまた昼飯がやってくる。 僕は朝飯の準備&片付けの事で怒鳴られた事が忘れられなかったので、昼飯の準備&片付けは知らん顔するつもりだった。 しかし反抗はできない。 「やれ!」と言われたらヤラなければならない縦社会。 現在の自衛隊みたいな斜め社会ではなかったので命令に背く事はできません。 そこで僕は考えていた行動に出ました。 それは『命令を聞かなければ済む』という事です。 そして昼飯の時間がやってきました。 by606 |