60 初めての演習 其の七
 どこの演習場に到着したのかは古い物語なので忘れました。  雨に向かって進んで来たので、青野ヶ原駐屯地&青野ヶ原演習場よりも西に来た事だけは分かります。  
 すでに演習場内の道は沼!  もちろん舗装なんてされているワケない。  だから雪道でもないのにタイヤチェーンを巻くのです。
さらに装甲車は便利な乗り物でして、2駆と4駆に早変わり。  それでも後に重い発射機やらレーダーを牽引している泥沼にハマったら動けなくなるのが悲しい定め!


 タイヤチェーンを大きなタイヤに巻く方法を習います。  真っ暗闇です。  懐中電灯もありません。  それにプラスして僕は目が悪いときている。

 すでに半長靴の中にまで泥水が浸水してる。  合羽は既にただのビニールの服と化して、蒸れているだけに過ぎない。  空からは容赦なく打ちつける雨。  地面は泥沼。  昨日までは温かいベットで横になりながらテレビを見て笑っていたのに…  なんで?

 苦労して取り付けたタイヤチェーンに針金でカチカチと音がしないように端末を括りつける。  夜間の演習は音と光を発してはならないからです。


 雨と泥で階級も名前も分からない隊員が先頭から最後尾まで行ったり来たりして状況を掌握している。  耳元で「タイヤチェーン巻いたら遮光覆いをしろ!」と囁かれる。  真っ暗闇で耳元に声をかけられて気持ち悪かった。  ホモかと思った。
 遮光覆い…  演習準備の時に装甲車の光る部分(ガラス・ヘッドライト・反射板・ナンバーなど)に黒いゴム製のカバーを被せる事。  ここからはヘッドライトもウィンカーも無しで演習場を進む事になる。

 どうやって進むのか!
それは隊員が両腕に白い長手袋をハメて道の真ん中を歩いて装甲車を誘導する。  右に曲がる時は右手を振りながら…  左に曲がる時は左手を振りながら歩く。  止まる時は両手を水平に上げる。  演習前に習った事が今から始まる。  習っている時は実に楽しかった。


 「本多! キチンと誘導せーよ!」 班長の一言で緊張した。  渡された白い手袋を両肘までハメる。  15メートルほど前の装甲車がエンジンを掛けたのを確認して、ドライバーに向かって右腕をグルリと一回転。  それがエンジン始動の合図だ。  ちょっとカッコイイ♪

 車両と車両の間隔は約20メートルを保たなければならかった。  学校のプール1個分の距離。  前の装甲車がゆっくり動きだした。  20メートルなんて保てるワケない。  見失ったらOUTなんだもん!  僕は目が悪いからスッゲー大変でした。


 前を進む装甲車のバックに点いている小さな小さな赤い電気1つが頼りです。  景色はなにも見えません。  そのパチンコ玉ぐらいの赤い光しか見えないほど真っ暗。  僕が誘導している後ろの装甲車との距離は10メートル。  後を振り返って確認してる余裕はありません。  白い自分の両腕と赤い光しか見えない。  


 「うわぁっ!!」と何度も石につまづいたり、深い水溜りに足を取られる。  グッチュグッチュと半長靴の中の音が聞こえる。  時々赤い光が遠くなるので距離を詰めようと走ったりした。  後の装甲車が加速する音が分かる。  足元すら分からない状態で右折を誘導するのは怖かった。
 正直、何度も転んだ。  転ぶたびに背中に背負った小銃が後頭部を叩く。  鉄パチが転がる。  運が悪けりゃ泥水を飲む。  初めて知った泥水の味。


 そのうちに偵察班が現れて発射機を整地する場所に誘導してくれた。  ココからが酷かった。  草木が生い茂った場所なので、まともに歩けない。  木の枝なんて見えないから顔に突き刺さる。  蜘蛛の巣は容赦なく顔に貼り付く。  更に凸凹が増えたので転びまくる。
 夜間の訓練なんて教育期間に無かったぞ!!


 発射機を牽引バックで偵察班が指定した場所に突っ込んで発射機を切り離す。  ココに発射機を据えつけるワケなんだけど…  少しだけ掘られて低くなっているから池になっていた。  「こんな所に発射機を置くのか?」 「こんな所に整地するのか??」と呆然と立ちすくんでいた僕の横では班長と先輩がオラオラ〜って感じで整地を始めていた。


 「本多ーっ! ココなら鉄パチ外していいぞ!」と言われた。  こんなもん被っていられっか!  という感じで脱ぎ捨てた。  小銃は3丁ピラミッドみたいに三角形にして失くさないように置いた。  身軽になったので運動性が復活。  何もかもズブ濡れのドブネズミ状態だから、もうどうでもイイ。  ドロ沼にダイブするみたいに発射機の整地に加勢しました。


 そして電気ケーブルを発電機に向かって引っ張りながら進む。  もちろんこの時は鉄パチ被って、小銃背負って行かなければなりません。  重いケーブル…  リールから離れれば離れるほど重さが増す。  とても一人では耐えられない。  トゲトゲの木の中も進まなければなりませんでした。  気がつけばビニール製の合羽はビリビリ。  顔も手もチクチクです。


 がむしゃらに突き進んで到着した場所。  何処?  ココ??
by606