53 新兵の悲しい定め 其の弐 |
酒臭い居室の酒臭い古田2曹に睨まれたまま不動の姿勢。 「誰がヤクザやねん! あ〜?」 「え? そんな事を言った覚えはありませんよ!」 古田2曹は正直怖かった。 マジで暴力団関係者だと思うくらい。 いや!暴力団関係者もしくはマル暴!! ? どちらも同じ風貌か? 戦闘服を着てサングラスをしてる隊員なんて当時は珍しい。 ここは陸上自衛隊であってARMYではない。 そんな古田2曹からの二言目はこうだった。 「江藤からお前が俺の悪口を言ってると聞いたぞ。」 (@。@)ガーン! そう言えば訓練場でバラキューダを組んでる時に何気なく江藤と話したわ! ヤクザみたい… 怖い… 関わりあいたくない… エロビデオが煩い…などなど言ってしまった。 「そんな事を言った覚えはない!」図星だし、弁解の余地はない。 「ヤクザで悪かったな。」 「俺は喧嘩じゃお前らに負けるけど口喧嘩じゃ絶対負けへんでなぁ!」 (^0^)ぷーっ! こんな緊迫した時になんでこんなギャグが言えるの?? うううう…ツッコミ入れて笑うべきか? 笑いを我慢するべきか? そんな事よりも洗濯機回したままだし、自分の居室の事もしなければならないから早く解放してほしい。 とにかく謝ろう。 早く謝れば早く解放してくれる。 新兵さんは時間が無いのyo~ 「すみませんでした。 悪く言ったつもりはありません。 迫力があって男らしい!という事が言いたかったのですが、どうも江藤が勘違いしたみたいですね。 申し訳ありません。」 と… 江藤と一線交える事を覚悟の上で謝りました。 「俺はなぁ… 江藤みたいに告げ口をしたりする奴が大嫌いなんじゃ。 お前が詫び入れずに言い訳したら二度と相手にゃせんかったけど、どーせつまらん自衛隊や、楽しくやって行こうや!」 思いもよらなかった方向に進んでセーフだった。 詫びを入れるもなにも… 早くこの酒臭い居室から出て自分の事をしたかっただけ。 「お疲れさん! 俺もあんまり他の奴らからは好かれてない事は分かってるけどな… たまには遊びに来いや。」とエロビデオを1つ手渡されて釈放された。 こんなビデオ貰ってもなんだか汚そうだし… 自分のテレビなんて持ってないし… それに観賞する時間も場所もない。 スッゲー観たかったけど現状はビデオカセットだけ! まだエロ本のほうが有難い。 だけどそんなビデオカセットを見ただけでも興奮するのは18歳の悲しい定め。 とりあえずはオシリも無事だったし、1発も殴られなかった。 それにしても江藤は怖い存在だと痛感させられたね。 下手に喋れない。 だいたい古田2曹の話だって江藤から持ち出した事。 誘導尋問さながら! なんとか江藤を押さえ込まないと今後の自衛隊生活が危ぶまれる。 しかしこちらから動けば江藤の思う壺だし…。 とりあえずは江藤と距離をおいたほうが無難なのかな? どんな悪口を言われても自分がヤルべき事をキチンとやれば大丈夫なのかな? 学生時代と社会では違う。 ましてや江藤とは『同期』の(悲しい)桜。 喧嘩を売るワケにはいかない。 しかし辛かった。 309中隊に後期教育隊から配属されたのは江藤と僕の2人だけ。 常に新兵として2人は扱われ…行動を共にしなければならない。 必ず何処かで誰かに比べられる。 江藤はとても要領が良かった。 陸士・陸曹・幹部、どの隊員にも擦り寄っていく。 とてもマネできない技だった。 行く先々で僕の悪口を言われてるみたいで気分が滅入いる。 「江藤と同じ中隊でヤリにくいだろう!」 と声をかけてくれたのは後期教育隊時代に班長や班付に反抗しまくっていた同期の仲間。 「ヤリにくいと言うよりも嫌だ。」 初めて愚痴をこぼした。 その頃は居室での芝谷一士の鬱陶しさにも嫌気がさしていたので、本当に辞めたくもなっていた。 厳しい戦闘訓練や行軍をのり越えた前期教育期間。 楽になるはずだったのに、前期よりもキツかった後期教育期間。 やっと部隊(中隊)に配属されて頑張ろうと思った矢先の出来事。 辞めたかったけど辞められない。 自衛隊を途中で辞めると、一生『不良自衛官』というレッテルを貼られる。 学生時代の不良とはワケが違う。 ある意味『どこにも勤まりませんよ!』という事。 つまりは『人間失格』『社会人失格』を意味する。 当時はバブル景気の末期。 どこの会社も人材確保を優先して働き手を確保していた時代。 敢て自衛隊に入る人間はどこの会社にも入れなかった… もしくは、自衛隊に憧れて入ったかのどちらか。 好きで入隊したのなら続けれられるはず。 それで辞めたら世間はどんな目で見るかは想像できる。 ましてや僕の家はクリーニング屋。 客商売だから『不良自衛官』などと言うレッテルは欲しくなかった。 だから何がなんでも1任期(2年)は続け…晴れて任期満了で退職したかった。 だから「頑張ろう!」とスッゲー思った。 これまでいろんな事を始めて、たくさんの事を中途半端でヤメてきた僕。 もう二度と何かを中途半端でヤメる事だけはしたくなかったと言う『意地』もありました。 そして『新兵』として… 一番最下位の階級として初めての演習に参加する事となる。 この演習は前期教育隊よりも後期教育隊よりも厳しくて恐ろしい事になろうとは全く知らなかった。 前期教育隊の訓練も、後期教育隊の訓練も何一つとして役に立たなかった。 演習から帰ったら退職願いを書く覚悟を決めた。 by606 |