35 後期の教育訓練 其の五
 カンカン照りの日も、雨の日も発射機の整地撤去の訓練は続きました。
こう毎日毎日同じ事をやってると、正直飽きます!  最初の頃の緊張感と不安がなくなれば、待ち時間(見学時間)は眠いばかり。  ヘルメットを深めに被って起きているフリをしながら眠ったり…。


 そんな日々も前期教育期間と同じで、『検閲』が終われば終了です。


 これが『後期教育検閲』と題した最後の整地撤去。  
※本当は発射機にまつわるもっといろいろ訓練があったけど、書いても面白くもなんともないから割愛させていただきました。

 今までは日陰の無い訓練場の片隅でコツコツやっていた整地撤去の訓練も、3ヶ月を締めくくる検閲ともなれば舞台は広い運動場へと格上げされます。
前日に発射機を運動場に移動して整地。  発電機も牽引して電気ケーブルを引きます。  
 発電機も整地撤去があるけれど… これは足を格納するか出すかで終わる。  発電機から発射機までに引くケーブルは、本来2本あります。  動力となる電気ケーブルの他に情報を伝えるケーブルがある。  しかし発射機単体なので情報なんて必要ありません。
 ところがこの電気ケーブル… 手首ぐらい太いだけでなく、ドラムと呼ばれる釣りで使うリールみたいなモノに200m以上巻いてあって、全部引かなければならない。  もちろん一人で引っ張り続ける事は困難。  まぁコレは後々僕が中隊に配属されて演習で何度も泣かされるアイテムだったので、後日談をお楽しみに。


 電気ケーブルを発射機に繋いで一通り点検しました。  そして発電機から発射機までに引かれた電気ケーブルを綺麗に整えて準備完了。  その日の課業は早めに終わりました。  早めに終わって戦闘服を洗って普段以上に糊を効かせてアイロンをかけました。  もちろん半長靴も気合いを入れて磨きました。  

 これが大勢で輪になって半長靴を磨く最後の夜だった。  
 喧嘩は各人それぞれあったし…  僕も夜中に大喧嘩した事もあった。  そんなこんなで前期教育隊と同じく、この頃になると自然に団結力が固まっている。  
 不思議だ。  ちょっと前まで全然知らない者同士。  そんなワケの分からない者10数人が狭い部屋に詰め込まれて生活し、同じように仕事をする。  そして明日は『検閲』です。


 翌朝…  恐ろしいほどに晴れ上がりました。
絶好のセブン日和ならぬ検閲日和。  スッゲー暑かった事を覚えています。  それもそのはず、糊を効かせ過ぎた戦闘服は通気性が悪くて合羽を着ているようなもの!  駆け足したワケでもないのに…  朝礼でジッと立っているだけで汗が流れ落ちます。


 朝礼が終わったら運動場に移動しました。  走りたくなくても3歩以上は駆け足を強いられるのが教育隊。  
わずか400mぐらいの駆け足で戦闘服の背中には汗の印。  ヘルメットのアゴ紐が鬱陶しく感じました。  

 検閲は午前9時からです。  とりあえず発射機の掃除をしました。  発電機は既に動いてます。  自衛隊は与えられた燃料を残さずに使わないと『訓練をしていない』という証拠で、上官の上官の上官から叱れてしまうから、電気が不要でも発電機は訓練場で動き続けていました。  これぞ税金の無駄使い。  この無駄使いも中隊に配属されて沢山の無駄を見てきました。  こんな事は氷山の一角です。


 横で発電機が動き続けているから暑さも倍!!  午前8時半に整列させられて班長から気合いを入れられた。  この班長…  姫路駅に迎えに来た時から今日の今まで一度も笑った事のないサイボーグ。  その顔は憎しみに満ちた顔だった。  横に立ってるノッポの班付…  何をやるにも嫌そうな顔をして命令してきた。  笑った顔は何度か見たけど…いつもダルそうな顔だった。

 暫くして教育隊長がいつものように自転車漕いでやって来た。  相変わらずザックバランに挨拶するだけ。  顔は昔懐かしいブッシュマンに似ていた。

 そして整列休めの状態で駐屯地指令(一等陸佐)を待つ。  待つ…  待つ…  どんなに暑くても真夏の太陽が照りつける運動場のド真ん中で立って待ち続ける。
10分ぐらい待った末に黒塗りの駐屯地指令専用車で現れた。  黒塗りのセダンが僕らの前に止まっただけで教育隊長は恐ろしく真面目な顔をして気合いの入った声で「きょーつきゃー!」と発した。  ちょっと笑えたけどビシっとした。
 さらに教育隊長は気合いの入った敬礼をする。  今後の階級昇格を賭けた晴れの舞台そのものだった。


 黒塗りでピカピカの専用車から降りた駐屯地指令は極普通のオッチャンにしか見えなかった。  しかも教育隊長(三等陸尉)は駐屯地指令よりも10歳くらい年上だ。  これが自衛隊。


 隊舎から運動場まで400mなのにエアコンの効いた車(運転手付)で移動して来た駐屯地指令は、車から降りたら直ぐに僕らが建てた簡易テントの下に用意した椅子に腰掛けた。  これが自衛隊。


 午前9時過ぎに始まった後期教育隊の検閲は、1時間弱で終わった。  いつも以上に大きな声を出した。  元気いっぱいに動いた。  緊張は無かったけど2機の発射機が同じように整地撤去が進むように合わせながら行うのが面倒なだけでした。
 これまでに無いくらい立派な整地撤去を僕らは披露した。


 汗だくだくで再び整列して教育隊長が駐屯地指令に終了の報告をしました。  駐屯地指令は「ごくろうさん」とポツリ一言呟いて、エアコンの効いた車に乗って帰って行きました。  これが自衛隊。


 駐屯地指令の車が見えなくなるまで僕らは不動の姿勢。  見えなくなったら教育隊長が「いやいやお疲れさま、じゃあケガせんように片付けて事後は班長の指示に従ってくれ。 はい解散。」と…。  僕らは皆、「あれで良かったのかな?」という顔で見つめ合い…発射機2機を訓練場まで移動させました。  その時点からはマニュアル無視で手順だけで発射機を移動させた。  学芸会の本番はこうして幕を閉じました。


 その日は午前中で課業が終わりました。  昼からは身辺整理という事で、各自ゆっくり過ごした記憶があります。  居室の床は冷たくて気持ちイイです。  犬の気分が理解できた。  僕らの下の部屋は駐屯地指令がエアコンの効いた部屋で何かやってる。  やっぱり僕らは犬なのかな?  


 終礼で整列した時に検閲の結果を知らされました。  100点満点中で75点。  70点以下だったら再検閲だったそうです。  教育隊長の顔に、朝一番の元気さは微塵も見えなかった。  たぶん70点以下だったのを頭下げて合格ラインにしてもらっていたような感じで衰弱していた。  まぁ昇格はあまり期待できなかっただろうね。

 僕らは犬だから明日も走って飯を食えればそれでイイけど…  幹部自衛官はいろいろと胃が痛いのだろうなぁ。

 なんとなく終わった後期教育の訓練だった。
by606