34 後期の教育訓練 其の四 |
季節は梅雨から真夏に移りつつありました。 雨が降っていても発射機の整地撤去の訓練は合羽を着て行います。 茶色くて最初だけしか水を弾かない自衛隊の合羽。 一度洗えば雨水は斑に吸収します。 そのくせ通気性が悪いから困ったものです。 PX(駐屯地内の売店)で防水スプレーは売ってますが、臭いだけで効果なし! 一缶バブリー&気違いみたいにスプレーして効果を出そうとする奴もいたけど…蒸れて何倍も異臭を発するだけ。 雨降りの訓練は、首から下は汗と雨水と泥で自分の体だと思いたくなくなります。 そう! 首から下だけは不機嫌! 頭はプラスチックのヘルメットを被っているので雨は弾きます。 これが唯一の救いだったと思う。 多少は蒸れるけど、タオルで拭けばサッパリします。 僕はハンドタオルをヘルメットの中に入れていたので、ハゲなくて済んだのかも知れない。 ただ、このヘルメットも困ったものでして… この時期は洗わないとスッゲー臭くなるんです。 生きてるだけでもイラつく日々…。 これに蒸し暑さが加われば機嫌も悪くなります。 ここ最近の若者なら刃物を振り回して即無差別殺人に繋がりそう。 大汗かいてヘトヘトになっても訓練場には自販機も水道もありません。 トイレは草むらで済ませます。 飲み物は各自に配られた官品の戦闘水筒に入れた水だけ。 妙にアルミ臭い水。 しかし脱水症状間際の体には、そんなアルミ臭い水でも『味』の如く美味しく飲めました。 この水筒もできるだけコマメに洗って干しておかないと口をつけた部分が腐ります。 ビスケットみたいな半固形物が知らないうちに繁殖してしまう。 そんなのお構いなしで口にしている隊員もいたけど… それを見た僕はゲロ吐きそうでした! コマメに洗ったなぁ。 熱湯消毒とかもしたよ。 僕らの時代は『何かを飲む=バテる』という教えがありました。 だから喉が渇いたらいつでも水分補給という事はなかった。 むしろ水分補給を許されなかった時代。 僕も喉が渇きやすい性質でしたが、僕以上に喉が渇く隊員は本当に苦しかったはず。 喉カラカラで水筒に口をつけて飲むからビスケットみたいな半固形物が発生するのでしょうね。 目の前に自販機がある木陰で休憩してる時でも冷たいジュースを飲む事は許されませんでした。 熱いコーヒーすら買う事を許されなかった。 体に悪い『我慢』を教えられましたね。 戦闘服の上に合羽を着て、雨の中を草むらでトイレをするのは結構大変でした。 まず合羽ズボンのファスナーを下ろして戦闘服のボタン(ファスナー)を外してトランクスから出すのですが… もの凄く窮屈! 大雨の時なんて意外に寒いから縮んでるし! オシッコが出るまでにスッゲー時間と腹筋を使いました。 そんな状態だから格納した瞬間、意に反して手のひら分がトランクスの中で出る。 妙な温かさを感じる雨の日の訓練だった。 なによりも嫌だったのが、膝まで伸びてる草むらに入るから膝より下が見えません。 訓練場は演習場にも早変わりします。 だから掩体(えんたい)と言う穴ポコがある。 この掩体とは敵の攻撃から身を守る為の穴や、機関銃の銃座などのドーナツ型の穴などが深く掘られている。 そんな穴に落ちたら底無し沼! たいがいは埋めてあるのだけど…まれに浅く残ってる。 片足落ちるだけでも嫌じゃんね! 一番怖いのは演習場・訓練場名物のヘビ! 突然噛まれた日には『急いで口で吸え!』だなんて冗談言えません。 大きい時は、遠いトイレまでひたすら歩いて合羽を全部脱いでから行うワケですが… ビショビショになった合羽を再び着る時は、「世界で一番苦労してウンチしてるのだろうな」と思いました。 雨の日の訓練は、手が滑って足の上に重たい部品を落とす・足が滑って発射機から落ちる・感電などなど怖い事尽くめ! さらには隊員がキレやすく… 小隊長以下がイライラしてて、なんともやるせない一日。 訓練から戻れば部屋は汗臭さと使用済みの下着類が洗えず&干せずの状態で想像を絶する悪臭が漂っています。 だいたい毎日洗濯をするような隊員は居ません。 ポリバケツの蓋が浮いたら洗濯をするのが常でした。 その周期は平均3日。 これは実際の話ですが… 一人だけ全く洗濯をしない隊員が存在しました。 後期教育に来て約一月。 全く洗濯をしなかった隊員。 下着類は大きなビニール袋に詰められてロッカーに押し込まれていました。 この事件が発覚したのは恐ろしいほどの悪臭によるもの。 しかしこの悪臭はロッカーから放たれていたのではありませんでした。 なんとその隊員の体臭。 彼は見事一ヶ月間、一度も風呂に入ってなかった! 信じられない事だと思うけど… 本当の話。 ロッカー内の下着類が発見されたのは、僕らが無理矢理風呂に連れて行こうとした時に着替えを出そうとして発見しました。 確かに風呂も洗濯も面倒だわな! 朝晩の掃除だけでも大変だし、靴は磨かないといかんし… いろいろ勉強もしなければいかんし。 実際、自分の事をゆっくりできるのは日曜日だけだもん。 気持ちは理解できるけど、1ヶ月も風呂に入らない心理だけは永遠に理解できない。 その後、彼は必ず誰かに連れられて毎日風呂に行ってました。 雨が続く梅雨の時期がくると… そんな事件を思い出してしまうのも悲しいなぁ。 by606 |