31 後期の教育訓練 其の壱 |
これから3ヶ月間は学芸会の練習の日々が続く。 学芸会は役を決める事から始まります。 後期教育(発射機の整地撤去)も同じ事でして… 16人のうち4人は全く違う仕事(搬送通信訓練)になるので、整地撤去の訓練は12人でやる事になります。 訓練で与えられた発射機(本物)は2機。 まずA班とB班に別れます。 さらに整地撤去は3名が1チームで行う。 つまり、4チームで2機の発射機を使う事。 2チームで1機の発射機を使う事。 1チーム3名でも各自仕事(役割)が違います。 リーダーとして整地撤去を指示しつつ作業する隊員。 発射機の右側。 左側。 この役割は固定できません。 なぜならリーダー・右側・左側の仕事を全部覚えなければ、中隊に配属された時に一つの仕事しかできないからです。 座学(勉強)では発射機の整地撤去の手順を概略教えられました。 ある程度の事が分かるとビデオを見て勉強。 だけど3人の動きばかり見てるだけで何も覚えられなかった。 ビデオ見てるだけでは『簡単!カッコイイ!』ぐらいしか分からない。 ビデオは嫌というほど見せられました。 飽きるほど見せられた。 僕のチームは極普通の隊員。 3人で役割をまず決めなければならなかったのですが… どこのチームも同じで、リーダーとして作業を指示する役割を誰もが嫌がりました。 だけど考え方を変えれば、いずれはやらなければならない役割。 この役割を先に覚えてしまえば右側も左側も覚えてしまうのも同じ。 手っ取り早く整地撤去を覚えれる事なんだけど… それは今思えば言える事であって、誰しも苦労は少しでもしたくない日々。 ただでさえ憂鬱な毎日に、この上で責任まで背負うのは嫌です。 考える事は同じで、右側・左側の仕事を誰もが願ってた。 僕もリーダー役は嫌だった。 せめて此処での生活が退屈三昧だったのなら受けてもイイと思ったけど… 梅雨の時期とも重なって、面倒な事は本当に嫌だった。 最終的には『じゃんけん』で僕はリーダー役に決まった。 文句は言えなかったです。 だって、じゃんけんで決めようと言ったのは僕だったからね。 しかし… じゃんけんで仕事を決めちゃう自衛隊って笑えるよね! 小学生の頃は学芸会に出るなら主役を目指して頑張っていたけど… 主役って頭の良い子が先生に選ばれるから必ず落選。 どんなに頑張って演技しても医者の息子とかに座を奪われる。 そんな悔しさも混じって「ここは一発頑張っちゃろまいか!」と… どのチームにも負けないように勉強しようと思いました。 勉強したさ! まずは自分の任務が100%遂行できるようにビデオと教本を見比べながら頑張って覚えたさ! そして訓練場で初めての実技。 その前に班長・班付などによるデモンストレーションが始まった。 僕はリーダーの動きと指示を確認しながら復唱して、一連の動作を真似した。 他の隊員も一生懸命に、あーしてこーしてと動いている。 まるでファッションショーのモデルそのもの! 傍から見れば変な宗教かと思われても不思議ではない光景。 班長らによる発射機の整地はビデオで見た通りの内容とスピードだった。 ビシッ!とした基本教練に大きな声での作業。 豊川駐屯地で大砲の整地撤去を少しだけ見た事があったけど… 似て非なるホークミサイルの発射機の整地。 実際、ミサイルが搭載されていなければ誰も発射機だとは思わない鉄の塊り。 気持ち悪い物体。 キビキビとした基本教練は本当に綺麗だった。 リーダーの指示を復唱する右側と左側の隊員の声も揃ってる。 思わず拍手がしたくなったけど… 間髪入れずに発射機の撤去が始まった。 これもまた綺麗に牽引体制に発射機を作り上げました。 一連の説明や注意事項を聞いて僕らがやってみる事に…。 まずはリーダーの『集まれ!』という号令で右側・左側がリーダーの前に整列します。 たった二人の整列でも右へならえをして等間隔を作るのが間抜けでしたが… マニュアル通りにするのが自衛隊! そんな事してたら敵のゲリラに撃たれる事間違いなしの国防です。 右へならえが終わってリーダーは『番号!』と発します。 たった二人で番号を言うのも笑えますが… これも仕事です。 「1番!」 「2番!」と叫びます。 続いてリーダーは「任務!」と言い… 1番手から順に「発射手!」と叫び、リーダーは班長の居る方向に右向け右もしくは回れ右をして敬礼して「これより発射機の整地を始めます!」と言って再敬礼。 班長がどこに居るか分からない時は『右向け右』やら『回れ右』やら『左向け左』を繰り返して探さなければなりません。 アホです。 「位置につけ!」と僕が言えば二人は「位置につけ!」と復唱して両脇に両拳を持ってきて駆け足で発射機の右側と左側に移動します。 前期教育で教えられた『3歩以上は駆け足』そのものですね。 ここまでは超マニュアル通りなので完璧。 そう!『完璧』だと思いました。 ところが班長から「おまえら最初っからやり直せ。」 「前期教育で何を習ってきたんや?」 「そんな基本教練があるんか?」 「声が小さいんや!」 「ヤル気あるんか?」と…。 なんで? 一生懸命にやって上手くできたと思ったのに! ストップをかけれたまま班長からデカイ声で一言… 「しゃんしゃんせーや!」 ←僕は何言ってるか分からずキョトンとしてたら 「交代!」と言われた。 僕らはショックだったけど、続いて始まったチームの無様な基本教練を見て思い知った。 彼らは僕達よりも上手くやろうと思ったに違いない。 声は僕達を見てて学習したのだろう。 腹の底から声を出していた。 それでも思った通り班長に止めさせらた。 さらに交代したチームは緊張感が増して、見るに耐えられない様。 『おまえらヤル気あるんか??』の一言。 そのまま罰の如く訓練場を散々走らされた。 喉が渇いても水なんて無い。 まだまだ当時は『水を飲むとバテる』という頭しかなかった時代。 結局午前中は発射機に触る事なく終わってしまった。 「午後からは気合い入れてやれよ!」と言われて昼飯を食べに行ったけど… どのチームも気分は凹み気味。 特にリーダーは思っていた通りの緊張感と責任感が肩と胃を襲う。 午後からは気合いを入れて頑張ってみようと思ったけど、学芸会はまだまだ無様な姿の連続となり、幕はなかなか開かない。 by606 |