29 新たなる地獄の始まり
 『明日』の事については、起床点呼時の服装以外はなにも説明がなかったのに… 消灯まで3時間でイキナリ仕事が降ってきた。
戦闘服にアイロンをかけなきゃ! 半長靴を磨かなきゃ! ベットも作らなきゃ!
アイロン台の奪い合い。 半長靴を磨くブラシの奪い合い。 ベットメイキングなんて一番最後で十分。

 バタバタしてる横で班長が居室の掃除・廊下の掃除・トイレ洗面所の掃除・非常階段の掃除を命じた。  手分けをして掃除をしなければならず… とりあえずベッド配列の順番で役割を配分したのだけど16人中半分は一生懸命に半長靴を磨いたり戦闘服にアイロンをかけてる。 中には公衆電話に行ったままの隊員もいた。


 一気にストレス満タン!
皆が掃除やってるのに自分の事をやってる隊員には強いストレスを感じた。 しかし今日会ったばかりの奴ら。 喋った事すらない知らない奴らに注意する事を躊躇う。  悪びれる様子もなくアイロンかけてるこいつらは前期教育期間中も自己中心的に生きてきたのだろうか?  僕は掃除しながらも嫌気がさしてたので、腕を組んで壁にもたれて怠けた。

 20分ぐらいの掃除の後で急いでアイロンかけたり半長靴を磨いた。 時間が無かったので適当。
それから急いでベットメイキング! どうせ直ぐに寝るのだからと…その作りは自分史上最悪の完成でした。  せっかく風呂入ってサッパリ爽快だったのに大汗かいてベトベト。

 消灯前に居室前の廊下に点呼整列。 不動の姿勢を命じられたまま班長と背の高い班付らしき上官が居室に入った。
しばらくしてドカン!バカン!バシャーン!と中で喧嘩でも始まったのかと思わせる炸裂音が10分ぐらい続いた。 僕らは嫌な予感を感じながら直立不動。 その中には嫌な予感よりも、嫌な直感で「ちっ!」と悔しがる隊員もいた。


 点呼が終わって居室に入れば想像通り。  新隊員名物の台風が居室の中を通過していた。  その台風の勢力は前期教育の比ではなかった。 しかも消灯まで15分。 夜の台風なんて経験が無い! 「よくもまぁ10分でここまで破壊したわ」と誰もが思った事でしょう。  敗戦を受けたかの如く…僕らは復興活動に専念しました。 完全にキレてる隊員は片付けもせずに自分の毛布や布団を確保したら寝る体制に入ってる。 
 僕はさっきアイロンかけたばかりの戦闘服がゴミ箱から発見されて… 自分が食べただろうアイスクリームが付着していた。 しかもシワクチャ。  片付けも中途半端。 歯磨きする時間もなく消灯ラッパを聴いた。


 翌朝は起床ラッパよりも30分早く起きて誰もが半長靴を探したり、戦闘帽を探した。 僕も静かにベットメイキングをした覚えがあります。 この時期は4時過ぎには明るくなるので電気を点けなくても大丈夫。  誰のか分からない半長靴や運動靴が足元に転がってます。 邪魔だったし、こいつらと仲良くやっていく気がなかったので全部蹴飛ばして除けた。

 午前6時の起床ラッパで戦闘服を着て半長靴を履いて戦闘帽を被って非常階段を下りて整列。 要領の良い隊員は5時半には全部着ていたのでラッパが鳴り終わる前には整列してる状態。 それほどまでして優秀な隊員になりたいのだろうか?  僕は暑かったのでトランクス一丁でベットを作っていたので出遅れた。 それでも僕の後ろには大勢並んだ。 実際、起床ラッパが鳴るまで寝てる奴もいたし… 起きて戦闘帽を探してる奴もいた。 最悪だったのはいくら探しても戦闘帽が見つからず、ヘルメット被って整列してる奴もいた。


 一番早い隊員と一番最後に並んだ隊員との時間差は15分以上あった。  僕らは腕立て伏せを覚悟していました。 絶対に「全員その場に腕立て伏せの姿勢をとれ!」と言われると確信していました。

 ところが!!  激怒した顔してる班付の横で、深く被った戦闘帽で表情の分からない班長の口から出た命令は『右向け右!』だった。
意味が分からなかったが… 次の命令を僕らは耳を疑った。 『前へ進め!』 いったい何処へ行くのか?
そしてまさかの号令『駆け足!』で条件反射の如く両手拳を脇腹に…  『進め!』で駆け足行進。  起床と同時に30分走らされた。  いい加減に半長靴の紐を編んだ隊員は、靴が脱げて転ぶし…。


 起床して30分で戦闘服の背中が汗でベトベト。  転んだ隊員は手のひらや膝をケガしていた。
午前8時の朝礼までの30分はダイヤモンドよりも貴重です。 僕ら新隊員は7時45分には整列してなければならず… 6時起床から1時間40分のうちに朝食・洗面・トイレ・掃除・ベットメイキングを済ませなければならないのに、そのうちの30分を無駄な駆け足に奪われたら1時間で全てを粉さなければなりません。
 しかも、普通に生きてるだけでも気分が滅入る梅雨時。 戦闘服&半長靴で走らされたら汗びっしょりです。 


 大汗かきながら狭い居室の狭いスペースでベットメイキング。 着替える事もできないし、着替える時間すらありません。
そのうちに朝食の時間になり、遠い食堂まで歩いて行きます。 もちろん擦れ違う全隊員に対して「おはようございます!」を連発しながら敬礼して歩くのです。 

 居室に戻ればトイレ・洗面だけで精一杯。
極力、半長靴をキレイにして朝礼場所(非常階段の横)へ集合です。 8時国旗掲揚に対して7時45分に集合完了です。 旧陸軍同様で、なんでもかんでも5分前の精神! 前期教育同様もしくはソレ以上です。

 国旗掲揚が8時なら7時55分には整列。 7時55分には教育隊長に対して敬礼。 教育隊長に対して7時55分に敬礼するのなら7時50分には班長がまとめていなければならず… 班長がまとめ始めるのが7時45分なのです。

 教育隊長に敬礼するまでの10分。 班長・班付が服装のチェックをするのが常です。 起床と同時に30分走らされ… ここに整列するまでの時間もギリギリの状態で完璧な服装は望めません。 それでも容赦無くダメ出しを喰らいます。

 ここでも『連帯責任』が重荷となる。 全員腕立て伏せ100回。 6時に起床して即30分のランニング。 8時前には100回の腕立て伏せ。 

 初日からキレる隊員が出ました。
「朝起きて30分も走らせてキチンとした服装で朝礼に集合なんてできるかぁー!」と…。  皆の気持ちを代弁してくれた隊員だったけど、ここは自衛隊。 学校とは違います。 朝礼が終わったら更に1時間走らされました。


 泥と汗にまみれた前期教育でしたが… 後期教育は初日の数時間で大汗にまみれる事になった。 しかも全ての汗は『罰』としての汗。 ミサイルとは全く無関係の汗!  前期教育でお別れしたはずの汗だった。


 初日は学習室にて自己紹介。 そして後期教育期間のスケジュールや、これから学ぶミサイルを発射する発射機の据付&撤収についての座学で終わりました。
そして午後4時からは毎日体力作りという名目で4km走という憂鬱な仕事も含まれます。 4km走ったら筋トレして国旗降下の終礼を迎えます。 毎日いったいどんだけ走らされるのか? まだ64式自動小銃を抱えて走らされるよりは楽だけど… 湿度は64式自動小銃よりも重かった。


 夜…  豊川駐屯地に残った、高校から一緒に行った友達に公衆電話を使って連絡をとってみた。 PX(購買)で買った5千円のテレホンカードは砂時計のように落ちて減る。
606: 「前期よりも厳しいよ(T。T) まるで旧陸軍(T。T)」
友達: 「こっちはベットなんてとらないし、朝礼まで1時間ぐらい二度寝しちゃった♪」 「それに今日は身辺整理で殆どのんびりだった♪」

 同じ給料でこの違いはなんだ!
朝の1時間だけでも天国と地獄の差ぐらいあるぞ! 


 しかも夜の掃除は半端じゃなく厳しかった。 班長は片っ端から指示をする。 班付もダメ出しをし続ける。 前期教育期間の掃除は朝晩各10分程度で済んでいたのが、ここでは20分以上必要。  新しい(新し過ぎる)駐屯地の悲しい定めなんだろうね。 美しさを維持しなければならなかった。 
 豊川駐屯地には悪いけど… 豊川駐屯地から来た僕としては、掃除なんてしなくてもキレイだと思ってたぐらいでした。
班長曰く「昨日よりもキレイにしろ!」と…。  出来るかボケっ!

by606