28 嗚呼、青野ヶ原駐屯地 其の弐
 豊川駐屯地ではどの入り口からでも出入りできたのに… どん底階級の僕らは非常階段からしか居室に行けない。
隊舎の入り口を遠く離れた所から眺めて「此処は本当に駐屯地なのか?」と、あまりの立派さに驚いたほどです。 出入りしてる隊員の肩には硬く光る金色の階級章! 僕らみたいに小さなワッペンを腕に貼り付けてるような隊員(2等陸士)は誰もいない。

 居室まで案内され… 扉を開いたら既に満員御礼。 僕らが一番遠くからやってきたみたいでした。 
不思議なものでして、一番最初から居る隊員は一番偉く感じ… 一番後から来た隊員は新参者に見られてしまう。 そんなの近いか遠いか、早いか遅いかじゃん! 
 誰もが自分の殻にこもりつつも、下から僕らを睨んでる。 (T。T)また前期教育の最初みたいだよ。


 後期教育は16人部屋です。 一部屋に男ばかり16人。 二段ベットが部屋の両サイドに4つずつ並んでる。 また上のベットだし… 今回は端っこではなくド真ん中。


 既に届けられてる官品(テント・鉄パチ・戦闘服・制服など)を整頓しながらロッカーの上に並べます。 遅くに到着したので慌しいです。 姫路駐屯地みたいに、最寄の駐屯地から来た隊員は一日休憩みたいなものです。
 僕が身辺整理を一生懸命やってるのに、すぐ横でウォークマンで音楽聴きながらヘッドバッキングしてる隊員。 こいつマジでヤバそうな奴! 強烈な天然パーマで5分刈りにしてるから、怖いようで結構カワイイ。 時々目が合ってもヘッドバッキングしてる。 時々英語でうなされてるみたいに歌うから、違う意味で怖いし…。


 「あ〜あ… また前期教育みたいに人間関係を1から築かないといかんのかぁ。」と溜め息を連発させながら身辺整理をしました。
豊川駐屯地から一緒に来た隊員も区隊が違ったから全然知らない隊員だし… とりあえずこの駐屯地でも知らない人ばかりからのスタート!


 午後3時頃、姫路駅から一緒に来たキビキビした上官が全員を廊下に整列させた。
「全員出ろ!」 「さっさと出ろ!」 「2列横隊に並べ!」 「グズグズすんなや!」 100%命令口調。  前期教育でもこんな命令のされ方は無かったので驚いた。

 「今からこの駐屯地内を案内するからついて来い。」 最初に案内されたのがトイレ・洗面所です。 半端じゃなくキレイです♪ ビジネスホテル並み♪ 乾燥機まである! 給湯器もある! 驚いたね〜。

 続いてアイロン台。 学習室。 事務所。 物干し場… 物干し場は豊川駐屯地では隊舎の外で、地面の上に鉄線が張り巡らされた干し場だったけど… 青野ヶ原駐屯地は屋上に干す。 しかも風が強くても飛ばないように工夫してあるから便利だったわぁ〜♪
 
 PXは豊川駐屯地の1/4程度の敷地面積で狭くて小さい。 女性が二人だけで切り盛りしてました。  免税店の他にはクリーニング店・洋服店・理容店・喫茶店。 本屋さんは週刊誌がメインでエロ本は無いに等しい。 あっても買うのはツライよ! あの頃はVHS全盛期だったから紙の静止画が頼りだったもんな〜。  

 そして食堂・風呂場を案内してもらった。 いろいろ移動してる時も珍しい物体に次々と遭遇する。 豊川駐屯地で大砲を牽引して走る装甲車は見慣れてるけど… なんだかワケの分からない、よく似た大きなモノが牽引されて走ってる。
 なにがなんだか分からない武器だった。 本当に武器なのかどうかも分からない。 実際はいろんなレーダーだったのですがね♪

 
 再び非常階段の下に整列させられて終礼を受けます。
各中隊ごと何やら賑やかですが… 隊舎の端っこに整列してる僕らには見えません。
 「明日は起床ラッパと同時に戦闘服・戦闘帽・半長靴で現在地に集合整列」  「来た順に2列横隊で整列」  「…?」  「返事わっ!」 
新隊員一同「はい」と返事して国旗降下。 だけど国旗は見えません。 非常階段の付近では非常階段しか見えません。


 居室には戻らず、そのまま2列縦隊で食堂まで行進します。 誰も居ないと思ったほど人気の無かった駐屯地なのにスッゲーたくさんの隊員がウロウロしてました。  ウロウロしてる皆がジロジロ見てきます。  まるで女子高生でも歩いてるかの如くジロジロ見てきます。  食堂付近も賑やか。  キチンと帽子をとって手を洗ってハンカチで拭きます。 此処でも白衣を着た怖そうな人が睨みをきかせてました。  食堂に入ったら食事中の隊員もジロジロ見てきます。 
 豊川駐屯地の時は100人を超えた新隊員だったけど、此処では16人。 珍しいのでしょうね。


 厨房で働いてる隊員に「いただきます!」と礼儀正しく挨拶して、おかずを受け取ります。  なんでも第一印象は大切です。  3ヶ月の後期教育が終われば、この人達が居る何処かの中隊に配属されるのだから… 今からイイ顔を売っておかないと後々大変だもん!
 食堂も凄く小さいので、空いてる席に座るしかないのでバラバラになります。  席を選んでる暇は無かったので、上官の隣に「失礼します! 隣宜しいでしょうか?」と挨拶してから座ります。


 見ず知らずの上官から「前期は何処やったん?」 と聞かれ… 「豊川駐屯地でした。」と答えます。 そしたら「おお!豊川か!」と話が弾んで飯食う暇もありませんでした。 彼が豊川に居たワケでもないのに盛り上がり… 「○○2曹知らんか?」 「○○3曹おったやろ?」 って聞かれても知らんし。


 そんなワケで帰りは各自「ご苦労さまでした!」「ご苦労さまでした!」と擦れ違う隊員全員に敬礼しながら居室まで帰りました。
とにかく全員に敬礼しなが「ご苦労さまでした!」を連呼しなければならない。
 前期教育期間中は風呂場を往復するぐらいしか個人で移動しなかったので、これは大変です。  集団移動中(行進中)は指揮をとる隊員が代表で挨拶すればOKです。 もっぱら班長か班付でした。


 これから3ヶ月、一日に何回往復しなきゃならないのか分からない3階の居室まで非常階段を使って帰ります。 正規の入り口を使えばかなり近くて楽なのに…。
 一緒に来た3区隊の隊員と一緒に風呂に行こうとしたら守山駐屯地から一緒に来た2人も「一緒に行こう!」と声をかけてくれた。 たった数時間一緒にいただけでプチ仲間です。   もちろんその光景は各駐屯地ごとに広がってました。


 洗面器にタオル・石鹸・シャンプー・着替えを詰めて…昭和初期、銭湯に行く姿そのもので、またまた非常階段を下りて遠くの風呂場まで歩いて行きました。  6月の下旬… 季節はしっかりと梅雨してましたよ。 これが冬だったら風呂場往復だけで風邪ひきそうですわ。


 とぼとぼ歩きながらも擦れ違う隊員全てに敬礼しながら「ご苦労さまでした!」を連発。  敬礼一回で10円貰えたら結構な金持ちになってたかも!  まぁこれも仕事のうちですわ。

 風呂場に入ったら梅雨時らしく汗臭い! しかも半端じゃないくらい臭い! 天井から扇風機。 隅っこにも扇風機。 悪臭の渦はグルグル回ってる。 悪臭の原因はどうやら床に敷いてあるゴザに水虫の成分が染み付いてるようでした。 この悪臭は豊川駐屯地には無かった。 実際、悪臭を嗅いでる暇がなかったのも辛かったけど… この悪臭は本当に辛かったです。

 そして全裸で扉を開けて思った事。 『狭い』(>。<)@   スッゲー狭い! カランも浴槽回りもキツキツに混んでる。 これじゃ体洗えない。  そのうちに浴槽付近が空いた。 でもなぁ〜浴槽の湯はスッゲー汚いんだよな〜。  できればカランの湯だけでいい。 汗流して頭が洗えればいい。  ボケ〜っと突っ立てる僕に、「おう!ここ空いてるぞ!」と上官が呼んでくれた。 できれば浴槽の湯で頭を洗いたくなかったけど…断るのも悪いと思ったので座らせてもらった。


 「失礼します!」と一言。 風呂場では敬礼も挨拶も不要。 でも礼儀は必要。
何気無く浴槽の湯を見たら… スッゲー綺麗(^-^)♪  飲め! と言われたら飲めそうなくらいキレイな湯♪  これは驚いた。 周りに迷惑をかけないように体を流して頭を洗った。 そして自衛隊入隊以来初となる入浴!!  メッチャ気持ち良かった〜♪♪  

 隣の上官が「青野ヶ原の風呂は全国一キレイで有名なんだよ。」と教えてくれた。  これは僕的にはウルトラビンゴでしたね。


 ついつい長風呂になり、プチ汗をかきながら売店でアイスクリームを買って居室に帰りました。  少し湿ってたけど、風がとても心地良かった。  久しぶりにテレビを見ながらゆっくりできそうな感じ。  一緒に風呂に行った隊員と「此処の駐屯地は最高だね!」などと言いながら笑いあってアイスを食べて幸せを噛みしめてた。

              突然!

 「おまえら… 明日から訓練だというのに半長靴は磨いたんかぁ? 戦闘服にビッシっとアイロンかかっとんかぁ? 消灯までにキチンとベット作れるのか?  シャンシャンせんと喰らわすぞ!!」と…スッゲー大きな声で怒鳴られた。
 どうやら姫路駅から一緒に来た人が僕らの班長だったみたい。  

 のんびり幸せを噛みしめてる間に不幸が被さってきた! 
半長靴はボロボロだし… 戦闘服に至っては未だバッグの中でヨレヨレになって眠っている。  後期教育はベットをキチンと作らなくても良いはずなのに…  ゆっくり流れていた時間が激流へと変わった。


 そして数分後… 激流が堤防を突き破って氾濫するのであった。
by606