138 ホークミサイル実弾実射訓練 其の壱拾参

 たぶん熱き自衛隊魂だった2年前の僕なら感動の嵐で大泣きしていたはず。
魂の抜け殻と化していたその頃は、「面白かったなぁ♪」という気持ちしかなかったです。  そりゃ〜あんな大きなロケット花火を撃って遊んだんだもん!  面白くないワケがない!  しかも皆さんの血税で此処まで来て、楽しませてもらったんだもん。  本当に面白かったわぁ♪


 ココからまたいろいろありまして…

 この日の夜は州を越えてメキシコシティに遊びに行きました。  周りは誰もが外国人。  めっちゃ怖かった!  何度かASP訓練に参加してる隊員は慣れた感じで店に入る。  そこはスペース・コブラで登場するような飲み屋で、スッゲー衣装で女性が踊っていた。  座ってカウンターにお金を置けばコロナビールが勝手に置かれ、勝手にお金を持っていかれる。  僕的にはバドワイザーのほうが好きなんだけどなぁ。


 コロナビール1本で女性の裸を見れるなんてスッゲー空間だ!
 そうこうしてるうちに女性が隣に座ってビールをせがむ。  駐屯地での事前教育では、飲み屋で女性に飲み物を奢ってはイケナイと教えられていた。  しかし「No!」と言えない僕。  コロナビールを1本奢ったら「25ドルOK?」とワケの分からない声で囁かれた。  意味が分からなかったので無視していたら入れ替わり立ち代り隣に女性が座る。  「30ドルOK?」  「40ドルOK?」  いろんな女性が声をかけてくる。

 「ワンナイト100ドルOK?」  この一言でやっと意味が分かった!  自分を売ってたんだ!


 「本多ぁ。 モテモテやなぁ!」と慣れた隊員に笑われてるうちに、コロナビールをかなり飲んで酔ってしまった。  酔うとヤバイんだよなぁ〜僕。
 店の外で座って酔いを醒ましていても女性が声をかけてくる。  なんて国なんだ!  ほとんどの女性がスペイン系の女性で、やっぱり美しく見えた。  欲望と恐怖の中間に佇む自分。  女性の体とエイズ患者の体が走馬灯の如く頭をチラついた。


 まるで戦後、進駐軍に群がる日本人女性の逆バージョン。  どちらも好きじゃない。

 中年隊員は女性と一緒に夜の街に消え…  僕は現地滞在の自衛官と一緒にお土産屋さんに行く事にしました。  やっぱエイズは怖いもん!  結局、夜間の日米共同訓練には参加せず。  美味しそうなマルガリータや、くだらない土産を買い込んで繁華街を彷徨いました。


 途中でトイレに行きたくなったけど、公衆トイレなんてモノが無いので困っていたら、神の助けなのか簡易トイレが無造作に置いてあるのを見つけた。  その周りでは怪しい人達が輪を組んで何かを企んでいる。

 英語が苦手な僕は、「トイレ… OK?」と一番偉そうな人に聞いたら、手で「どうぞ♪」の合図で使わせてくれた。  現地自衛官さんは危険を察してるのが分かったけど…  膀胱破裂寸前だったんだもん!  コロナビールはそのままオシッコになる。

 用を済ませてる最中も「借りたらチップは必要だよな。」 「トイレを借りたら幾ら払えばいいのだろう?」 「少ないと殴られるかも!」  トイレから出て手も洗わずに50セント(当時70円くらい)を先ほどの男性に手渡すと、「No!」と言って受け取らない。  
 「やっぱり少なかったかぁ。」と困っていたら、「タバコをくれ!」と言われた。  それぐらいの英語なら分かったので、現地自衛官さんにタバコを貰いに行ったら「一箱全部あげていいよ。」とマルボロをくれた。

 「サンキュー!」って手渡したら、スッゲー笑顔で握手をされつつ輪に引っ張り込まれた。  「殺される!」  めちゃめちゃ焦っていたら突然誰か一人が歌い出した。  カントリー調の歌だったけど聴いた事がある。
 そのうち楽器が登場して、次第に盛り上がり始めた。  中盤からは歌声も大きくなり、ちょっと臭かったけど肩を組んで僕も歌った。  英語では歌えなかったので「あーあー!おーおー!」リズムに合わせて歌いました。

 歌い終わったら何故か拍手で見送られ…  「グッドラック!」 「グッドナイトボーイ!」と…  やっぱり僕はガキだと思われていたんだなぁ。

 電車が無いから終電とか関係ありません。  往復タクシーです。  だから時間に囚われずに飲んで裸見て土産買って歌って…  イイ国だなぁ!と感じながらタクシーが拾える大通りに向かって歩きました。
 そんな狭い道で深夜に幼稚園くらいの子供が僕と現地自衛官さんの周りに集まってきた。  「ペニー! ペニー!」と僕たちの目を見て何かを訴えている。  僕はペニーじゃないし、どこから見ても日本人だし。


 「本多君、この子達は無視してね。」と…現地自衛官さんが言う。  いったい何なんだぁ?

 言われた通りに無視して歩き続け、2人でタクシーで帰りました。  タクシーの運転手さんに「777(SEVEN!SEVEN!SEVEN!)」と言えば勝手に自衛隊宿舎まで送り届けてくれる。  面白いでしょ!  イエローキャブ以外は絶対に乗ったらイケナイという事も事前教育で教えてくれました。  予習と実技…みたいな。


 タクシーで州を越えて自衛隊宿舎に移動してる時に現地自衛官さんが、「さっきペニー!ペニー!って叫びながら集まってきた子供たちは何だか分かる?」と問いかけてきた。
 「人違いでしょ?」とマジで答えた僕。

 「違うよ。 あの子供たちは一日中ペニー!ペニー!って言いながら纏わりついてくるんだよ。」  「ペニーとは1セントの事。  1セントを貰う事で生計を立ててるんだ。」  「誰かに1セントを渡せば争いが起き、誰にも1セントを渡さなければ家に帰ったら両親に叱られる。  だから善悪を考えずに無視して通過するしかないんだよ。」と…


 1ペニー(1セント)は当時の通貨価値で1ドルが147円だったので、それの100分の1。  2円以下。  


 どんな国にも表の顔と裏の顔があるものだと痛感したけど…  小銭ばら撒く金持ちが居るから、こういう子供が増えるのだろうか?
 25ドル(3750円)で体を売る女性。  酒を飲んで働かない男性。  その近くでミサイルを撃って、一瞬で何千万円という大金を使い果たしていた僕達。  なんとも癒えない夜だった。
by606