128 ホークミサイル実弾実射訓練 其の参 |
僕が夢と憂鬱のはざ間で生きていた頃、江藤の劣等感は加速していました。 陰で悪口を言われて何度も窮地に追いやられていたので、そんな江藤を助けようとは全然思わなかったです。 かと言って煽るワケでもなく… 相手にしないほうが利の柵だと思っていました。 馬鹿は相手にしない。 自衛隊の頃に身につけた自己防衛策。 18人居た同期生は1任期満了で退職した者や、自衛隊に愛想をつかして退職した者もいる中で僕が一番最初にASP要員になれたのは運とタイミングだけだったのかな? 中隊では江藤しか同期が居ないので、中隊がASPモードになった今… 確実に『明』と『暗』を分けた。 そんな江藤… 僕が2年前にやった訓練支援の任務を与えられた。 『暗』… どうなのかな? ML班長からローダーの扱い方とミサイルの組み立て手順が説明された本を渡された僕のほうが意外に『暗』だったのかも知れない。 英語と日本語がごちゃごちゃになった教本。 まずはローダー車の扱い方を覚えなければミサイルの組み立てには至らない。 スイッチやレバーの名称と意味を班長に教えられながら1つ1つ覚えました。 ローダー車は前進・ニュートラル・後退のギアチェンジ、そして右左折は戦車と同じキャタピラで動くので、右のレバーを引けば右に曲がり、左のレバーを引けば左に曲がる。 つまり2本のレバーがハンドルだ。 2本同時に引けばブレーキとなって左右のキャタピラは止まる。 ローダー車にブレーキはありませんでした。 スイッチは目の前のパネルに6個ぐらい。 全てドグル式で、危険を伴うスイッチ(ミサイルを外すスイッチなど)には赤いカバーが付いてました。 後はヘッドライトのスイッチと肝心要となる大きな回転計と小さな燃料計が付いている程度。 このローダー車に乗ってこれから数ヶ月間、訓練場及び弾薬庫で訓練に励む事になりました。 ローダー車の扱い方に関しては丸一日かけて班長から特訓を受けた。 そりゃそうだよね! ローダー手次第で仕事が捗って楽しく訓練ができるかどうかが変わる。 班長を含めて他3人はミサイルの周りでネジを締めたりして組み立てているのだから… ローダー手がいい加減だと下手すりゃミサイルを地面に落としかねない。 とにかく早く扱い方を覚えたかった。 ローダー車を走らせるのは簡単で楽しかったけど… やはり班長の手の動かし方(合図)で、どのアームをどのように動かすのかまで覚えるのは大変だったなぁ。 課業時間が終わってからはベッドでCDを聴きながらミサイルの組み立てる順番の教本を読んでいました。 遊びたいけど覚えたい。 一番下っ端の僕がML班の足を引っ張るのが本当に嫌でした。 至ってはちゃんとミサイルが飛ばなかったらML班の責任になりかねないし… いくら覚えても安心できず、胃が押しつぶされそうになるくらいのプレッシャーは日々増していく。 そんな押しつぶされそうなプレッシャーの中で僕がもがいていた頃、江藤は毎晩酒を飲んで帰って来ては僕に絡んできた。 こっちは明日までに覚えなければいけない事を勉強しているのに… 散々邪魔をしてから自分の居室に戻って行く毎日。 ある雨の日… それぞれのストレスにブチ切れて弾薬庫の裏で江藤と対で15ラウンド戦った。 警衛隊が仲裁に入って終わったけど、ちょっと前なら『本多が悪い!』と言われるだけだったのが… いつの間にか『江藤が悪い!』という雰囲気になっていた。 職務怠慢・保険金詐欺・酒・部下への暴言などが、陸曹候補生・ASPという立場の逆転で、いつの間にか僕が昔の江藤みたいに要領がイイ人間に成り下がっていたのかも知れない。 江藤みたいに職務怠慢・保険金詐欺・酒・部下への暴言などはしなかったけど… そしてまた江藤は北海道の転地訓練に炊事班として飛ばされた。 明日は我が身なのが自衛隊。 『やりがい』 人間には必要であり、『やりがい=生きがい』と言っても過言ではないと思う。 つまらない自衛隊生活で得たASP要員。 やりがいだった。 生きがいとなった。 ローダー車の操縦操作は班長に楽しく教えてもらったので直ぐに身につきました。 教育隊や自動車教習所みたいなスパルタも悪くないけど… 『どうせやるなら面白く!』 そんな僕の周波数と班長の周波数と合って、とにかく楽しい訓練の始まり。 僕がローダー車の扱い方を学んでいる間、班長以外の二人は組み立て手順や注意事項を弾薬庫で学んでいた。 そして始まるミサイルを組み立てる訓練。 実弾を扱う以上、気が抜けない。 もっともML班は訓練じゃなくて常に本番を意識しなければならない。 by606 |