124 演習の思い出 其の九 |
【エピソードF】 人間性 「人間が一番嫌な事は疲れる事だ!」 そんな事を先輩陸士の誰かが言ったのを、20数年経った今でも覚えている。 演習準備から演習の片付けが終わるまでは、確かにキツイ! のほほ〜んと太陽の下で演習準備をしていても、明日からの演習を思うと、精神的に重い。 自衛隊生活をここで振り返ったら最終回で書く事がなくなっちゃうけど… 普段の自衛隊生活は正直言うと『楽』でした。 8時⇒17時という決められた時間で与えられた任務をこなすだけ。 大概の任務は17時までには終わるし、16時からは個人の体力作りと称してジョギングやジムで汗を流す。 隠れて居室で週刊誌を読んで寛ぐ中堅陸曹も多かったけど… 普段の生活は「これで給料貰っていいのかぁ?」と思える日々でした。 そんな時は笑顔の上官。 優しくて皆いい人。 だけど演習準備が始まった瞬間… 誰もが般若と化す! 幹部は陸曹に… 陸曹は陸士に… 陸士は新兵に… という具合に仕事を与える。 まぁこれは陸・海・空どこでも同じだし、それが縦社会の自衛隊なのだけど… 何分にも普段の生活と違い過ぎるから恐ろしくもあり、面白い。 上官はとにかく思い通りにならないと直ぐにキレる。 普段は穏やかな陸曹も、「もたもたやっとったら蹴り殺すぞ!」 「動けやっ!」 「ヤレやっ!」 とにかく疲れてくると機嫌が悪くなる。 まぁこれは誰でもそうだけど、あまりのギャップに驚きます。 真夏に訓練場で演習をやってる時に、たまたま訓練場を出る機会があったので、こっそり自販機で冷たい飲み物を買って上官に渡すと、「なかなかヤルやないけー♪」と上機嫌になる。 100円で機嫌が落ち着けば安い。 しかしまた苛々してくると、「本多ぁ行ってこいやー!」 「あれ取ってこい!」 「コレやってこい!」 「穴掘ってこい!」と…。 確かに陸曹クラスは自衛隊を仕事としてやってる感はある。 僕ら陸士はバイト感覚だったと思う。 それでバランスが取れているのが自衛隊なのかも知れない。 自分のレーダーや発射機の準備が終わったら、さっさと草むらに隠れて仮眠する陸曹がいれば、準備が遅れているレーダーや発射機の支援にやって来る陸曹もいた。 どちらの陸曹も普段は仲良くしてくれるのに… こういう時だけは表と裏(どっちが表でどっちが裏なのか分からないけど)が見え隠れした。 夜間はそれほどやる事がないので、テントの中で仮眠したりするのだけど… 僕はタバコが苦手なので、煙が充満するテントの中には殆ど居ませんでした。 夏は蚊に襲われ、冬は毛布に包まり、雨が降れば合羽を頭から被って外で仮眠していた。 そんなテントの中では酒好きな隊員がいろんな酒を回し飲み。 虐められキャラの隊員は中堅陸曹から酒を勧めれらて、断れずにガブ飲みをする。 いつの演習でも必ず見る光景だった。 「死ぬんじゃないか?」というぐらい飲まされて、フラフラになったら笑いのネタにされて盛り上がっていた。 誰も止める事ができない。 今の学校の虐めと同じだ。 だから学校の虐めを誰も止める事ができない事はよく分かる。 楽しくも無い演習を少しでも楽しもうとしてるのだろうけど… 違う気がした。 夜が明ければ戦闘開始。 もちろん飲まされた隊員は動けない。 それでも蹴りを入れられて前に進む。 使い物にならなければ、その隊員の分、自分達が苦労しなければならないので憎しみに変わる。 そしてまた次の演習でも飲まされる運命を背負う。 演習が終わって駐屯地に帰って来るのは、だいたい昼前。 昼飯を食堂でゆっくり食べたいけど、なぜか必ず炊事車両に並んで飯ごうで飯を食べていた。 一番疲れている頃。 早く片付けて個人装備や汚れた戦闘服を洗って寛ぎたい。 だけどそれは陸士には不可能な事で… 自分達の64式小銃も個人装備の手入れも一番最後。 古株の陸士長や陸曹クラスがジャージに着替えて、競い合って洗濯機を回してる間も幹部の64式小銃を手入れしたり、機関銃を手入れしなければならない。 皆で協力し合って片付ければ早く終わるし、団結力も強まるのに…。 片づけが進んで自分の空間が落ち着くと、般若だった陸曹は仏の顔に戻ります。 顔は仏で、腹の中は阿修羅と化していた陸士は… 15ラウンド戦い終えたボクサーの雰囲気で仏の顔の陸曹を見ます。 そんな陸曹も昔は同じ心境だったに違いない。 でもそこは『一個中隊』なのだから、皆で準備して、皆で演習をして、皆で片付けたい。 できるだけ楽をしよう! 我先に楽になろう! それが演習だったのかも知れません。 自衛隊生活4年。 内半年間は新隊員教育期間。 内4ヶ月は自動車教習所。 内数ヶ月は糧食班やら教育隊とか何やらで… 中隊生活は実質3年くらい。 その3年間で演習をやったのは10回ぐらいかな? 最初の演習で江藤との間に溝ができ… いろいろな事がありました。 そして自衛隊を辞める前に最後の演習を迎える。 by606 |