12 連帯責任 其の弐
 以前にも書いたけど… 2区隊2班は2区隊の第1居室と第2居室に分かれている。 第1居室には2区隊1班12名全員と2区隊2班の6名。 第2居室には2区隊2班の6名と2区隊3班の12名という感じ。
 考えてみたら上手い振り分けです。 3つ居室があったら区隊内で完全に分裂しちゃいそう!

 僕は第1居室でしたが、第2居室からいつも泣きながら逃げて来る一回り小さな隊員が居ました。 気が弱くていつもオドオドしてる感じ。 知らない人が見たら絶対に自衛隊員だなんて思わないだろう。 言葉もどこか訛りがあった。 2区隊3班の隊員。 隣で見ててもいつも足を引っ張ってる。 泣きながら僕らの居室に逃げて来るのは、皆から責めれた挙句の事だった。 日が過ぎる毎に泣いて逃げて来る事が多くなり… それを見続けていた正義感の強い奴は、苛めた隊員と一戦交えるつもりでいた。
 
 苛めてる隊員も3班の隊員。 主に二人だという事は聞いていた。
背が高くてガッチリとした静かそうな隊員と、背は低いけどガッチリした戦闘的な隊員。 どちらも高校では一癖あっただろうタイプ。 皆に喧嘩売ってたなぁ〜。

 『連帯責任』という意味を苛める隊員も、苛められる隊員も分かっていない。
結果的に双方のストレスから怒りが生じてしまう。 一戦交えようとしてる隊員は自分が大将だと思ってるから大きく出る。 一番勘違いしてる事も知らず…。

 ある夜。 とりとめもない話をしながら仲間と半長靴を磨いてたら、いつもの隊員が大泣きしながら駆け込んできた。 今だ! という感じで第1居室から3人ぐらいが第2居室に駆け込んだ。 『仕返し』 確かに気持ちは理解できるけど… 此処は学校じゃない。 でも、仕方ないよね… 当時はビー・バップ・ハイスクールなんて映画が流行ってて、男気が求められてた時代。 喧嘩がカッコよく見られた時代。 

 僕らは殴り込みに行った隊員を抑えようと後を追いました。 そして第2居室で見た光景は、苛めてただろう隊員二人は自分のベットでアグラをかいて堂々と座りながら下から睨み上げた状態で3人と話してる。 
 話を聞けば… 彼らは逃げ込んで来る隊員にキチンと指導をしていたらしい。 テレビばかり見て半長靴も磨かない。 戦闘服にもアイロンをかけない。 挙句に連帯責任で自分らが迷惑を被る。 いつもいつも指導していたらしい。 あまりに言う事を聞かないから大声で怒鳴ると逃げて行くらしい。 悪いのはどちらだ? 

 一番カッコ悪いのは威勢よく駆け込んだ仲間だね。 細かい事は分からないけどそうして『本当』の連帯責任という意味を覚え始めました。

 苛める者の殺意。 苛められる者の殺意。 苛めを見ていた者の怒り。
 できる者の殺意。 できない者の殺意。 普通にやってる者の怒り。  それは暫く収まらなかった。 皆自分の事で精一杯なんだもん。

 この前期教育課程において一番思い出深い連帯責任がありました。
第2居室でリーダー的存在だった隊員。 暴走族だったという隊員が巻き起こした大事件。 大事件と言ってもそう思えるのは当時の僕らだけかもね。 

 僕らが外出を許可されるようになったのは自衛隊生活も2週間が過ぎた頃からでした。 今でさえ毎週土曜・日曜が休みとなってる自衛隊ですが、当時は土曜休みは隔週でした。 しかも教育期間中は土曜休みはありません。 日曜日だけです。 もちろん祝日もありませんでした。

 外出の話は後日詳しく書くとして… 自衛隊には『帰隊時間』というモノがありました。 簡単に言えば『門限』です。 当時、僕らの帰隊時間は午後8時。 18・19の男の門限が午後8時というのは笑えますね。 
 外出にも慣れた頃に事件は起きました。 その隊員が帰隊時間間際になっても帰って来ません。 午後8時が帰隊時間とされてましたが、班長からは午後7時半までには帰隊の報告をするように言われてた。

 午後7時を過ぎて班長から2区隊2班だけ集合がかけられた。 僕は仲間と外で遊んでいたので集まって初めて重い雰囲気を味わいました。 午後7時半を過ぎた頃にいつも笑顔の小隊長も険しい顔をしてやって来た。 班長からは全員正座を命令。 どうやらリーダー的隊員から門限に間に合わないという電話が入ったそうだ。 門限に間に合わない事を自衛隊用語で『帰隊遅延』と言います。

 帰隊時間の午後8時を過ぎた時に、いろんな何かが壊れた気がしました。 悪い奴じゃなかったけど威張っていた感じがあったので… 「なにやってんだぁ!」という怒りが込み上げてきた。 正座は静かな拷問だと生まれて初めて気がついたね。

 午後8時半になっても帰って来ない。 旧陸軍の時代に建てられた大理石の廊下で1時間も正座してたら泡吹きそうなくらいでした。 足だけでなく全身が痺れてきます。
彼は9時を少し過ぎて現れました。 班長からは平手で一発。 誠心誠意謝っていたけど… 僕らは怒りを超えて殺意まで芽生えていた。 2区隊2班全員が揃ったところで起立を命じられたけど…立てるワケがない。 11人まるで酔っ払い状態での起立。 班長からは更にスクワット100回を強いられ、腕立て伏せ100回を強いられた。 史上最悪の日曜日。

 ボロボロになりながら僕ら12名は居室に返された。 誰も口を開こうとしなかった。 僕もそうだけど他の隊員もきっとこう思ったに違いない。 「こいつ…いったいどんな言い訳をするのだろうか?」 と!
 しかし彼はドアを開けて11名を居室に入れ、自分は入らずに廊下で土下座をして大きな声で謝った。 言い訳一つもせずに大きな声で謝り続けた。 今でも思うよ。 『奴は半端なリーダーじゃなかった』と。 失敗をすれば誰だって一言二言何か言い訳するのに…。 自分像を壊さないように繕うのに…。

 誰が言うでもなく皆が自然に許せた。 優しく迎え入れた。 それでも彼は一人ずつ頭を下げて回った。 連帯責任は一つずつ僕らの結束を強めてくれた気がしました。 でも2時間近くの正座は堪えたなぁ!

by606