117 演習の思い出 其の弐

 婦人自衛官にまつわる話は結構豊富でした。  なにせ婦人自衛官が一人も居ない駐屯地だったので、他所の駐屯地に行った時には、不思議な世界を見るような…変な自衛官だった気がします。  そわそわしたり、チラチラ見たり…  まぁ二十歳前後なら誰でもそうでしょうがね。
 どうせ陸士クラスなんて相手にされないのだから結構クールな気持ちだった。  だけどタダで見られたのは悔しいなぁ。


 【エピソードA】 売店

 副中隊長が演習の始まる前日の終礼で、「明日の演習は各自現金持参で!」と意味不明な発言をした。  「どうして演習中に現金が必要なの?」と小隊長以下に聞いたら、夕方から売店が来て酒やツマミが買えるという事を知った。

 当時はそれほど酒が好きではなかったので、それほど嬉しくはなかったのですが…  まぁ雰囲気的には楽しそうだったので3千円ぐらい用意して、翌朝は演習に出発しました。


 昼間はもちろん厳しい演習で心身共にヘトヘト。  夕方、晩飯を食べに炊事車両に向かって小銃を背負って歩いていたら、なぜか前方が賑やかい。  しかも半径20メートルぐらいがナイター施設の如くぼんやりと明るい。  「祭りかよ!」と目を疑う光景。  本当に祭りだった。


 「本多ぁ〜飲めゃ〜!」と既に泥酔状態の横着な陸曹が強引に酒を勧めてくる。  缶ビールを手渡されて喜ぶのも束の間で、ちゃんと売り子に300円を請求された。
 まぁ暑いし喉渇いたし…  ポテトチップスを買って、涼しい草むらに座って一人でビールを飲んでました。


 そのうちに食い物もじゃんじゃん並んで、空腹に負けてじゃんじゃん買って食べて飲んで宴に参加。  64式小銃を背負って夜店を楽しむような感じ。  ちょっぴりベトナム戦争の映画のワンシーンみたいな空気に感動。  カッコつけて、妙にタバコを吸いたくなっちゃったりもした。


 雰囲気はまさにベトナム。  「これでヘリコプターとかが頭上を通過したら最高なんだけどなぁ。」と思っていたら…  パラパラパラパラと空気を切り裂く音が近づいてきた。  「げっ! 本当にヘリが飛んで来やがった!」  しかも結構低空を通過したのでいろんな物が飛んだ。  そうそう!戦争映画はこんな感じだ!


 つい最近観たプラトーンとよく似た状況。  「これで娼婦とかが現れたら言う事無しジャン!」と思っていたら…  小さなミニバンが到着して、車内から数名の女性が笑顔で降りてきた。  もちろん娼婦ではなく、コンパニオンさんなのですが…  僕にはさっきから何が起きてるのか全然把握できません。  


 そのうちにベロンベロンに酔っ払った中隊長が僕の隣に座って、「本多一士、長い事ご苦労さん!」と缶ビールで乾杯してくれた。  『長い事ご苦労さん』ってどういう意味??  映画のワンシーンの中に居る設定で美味しくビールを飲んで気持ちよくなっていたのに…  なんだか敗戦を背負って明日撤収する日の丸自衛官に捧げるような一言。


 夜店のようなベトナムのような演習場での宴は2時間ぐらいで終わった。


 その夜は高射特科一個中隊が展開した状態で、機材だけが動き続けて、燃料だけ使い続けた。  燃料を使わないと訓練してないみたいに思われちゃうもんね。  もしこの時…マニアが演習場に入り込んでいたら、間違いなく64式小銃の1丁や2丁は確実に盗まれていた事でしょうね。  いとも簡単にね!


 翌朝は全隊員無気力で起床。  戦闘姿勢のまま、戦闘態勢になる事なく撤収開始。  もちろん誰もカモフラージュなんてしていませんでした。  ダラダラと撤収を進めて、ダラダラと駐屯地に戻って、ダラダラと武器清掃を済ませて演習が終わった。


 あまり疲れなかった演習だったけど…  なぜあんな演習で終わったのかは、暫くしてから分かった。  僕が中隊に配属されてから、ずっと一緒だった中隊長が転属する事になっていたらしい。  あの演習の夜は中隊長の送別会だった。  ヘリコプターは雰囲気モノ♪  コンパニオンさんの料金は後日頭割りされて請求された。  コンパニオンさんと一言も喋ってねーぞっ!


 『ハチャメチャな演習をしてみたいもんだなぁ。』という中隊長の独り言から始まった演習だったらしい。  テメェの送別会でヘリを飛ばしちゃう中隊長なんて…とっても…  とっても素敵だった。
 今の自衛隊じゃ絶対マネできないイイ時代だったのかな?
by606