11 連帯責任 其の壱
 昨日天国、今日地獄
翌朝は寝る前よりも体中があちこち痛かった。 それでも起床と同時に戦闘服を着て半長靴を履いて帽子を被りながら駆け足でグランドに点呼整列。
 「おいおいおいおい! 集合まで何分かかってんだぁ!」 「たらたらやってんじゃねーぞ!」と班長&班付から激が飛ぶ。
グランドに並ぶのに速い隊員と遅い隊員との差は2分ぐらいあった。 要領の良い者と要領の悪い者の差だけではなく、これまでの生活スタイルで差が出たはず。 昨日までは2分ぐらいの差はなにも言われなかったのに…。

 「罰として今から駐屯地1周じゃ!」

 午前6時に叩き起こされて、6時5分からランニング。 しかも重たい半長靴を履いて! 
でも文句は言えない。 これも仕事だ。 
  4〜5km走って居室に戻れば既に7時。 朝飯食べて掃除してたら直ぐに朝礼集合。 歯を磨く時間すら無い。

 7時45分に朝礼の為に整列。
直ぐに服装チェックが班長・班付によって行われる。 戦闘服にピシッとアイロンがかかってない隊員や、半長靴が汚れてる隊員が1歩前に出される。 
 「前に出された隊員の姿を見ろ!」 「戦闘服はシワシワ! 半長靴は汚い!」 「俺が何て言ったか覚えているか?」 「毎朝アイロンのかかった戦闘服の着用と、しっかり半長靴を手入れしとけと言ったはずだ!」

 「全員帽子を脱いで腕立て伏せの姿勢をとれ!」と言われて腕立て伏せ100回。
キチンとアイロンかけて、半長靴を磨いて整列していた僕らまで腕立て伏せをやらされた。

 「いいかぁ! 明日、誰か一人でも汚い格好してたら連帯責任で全員腕立て伏せだからな!」

 初めて聞いた『連帯責任』という言葉。 戦記などの本では幾度と無く登場していた言葉だったけど… まさかそんな言葉が現在も使われてるなんて思わなかった。 
 この時、他の隊員が『連帯責任』と言われた時に、どう感じたかは分からない。 でも僕は寒気がするくらい怖い言葉に受け取りました。
 なぜなら… 例えば、2区隊2班の皆が頑張っても、たった一人の隊員が頑張らなかったら2区隊2班の全員が頑張っていないと受け取られて批判・罰則を喰らうからです。 昔の戦記では本当によく登場していた言葉でした。

 課業開始の午前8時までに、もうフラフラですわ。

 フラフラで居室に戻れば、ベットは倒れ… 布団や枕は飛んでいる。 
「おまえらはいつになったら、まともにベットが作れるんだぁ?」 と怒鳴られる。 しかし、中には飛ばされていないベットもあった。 
班長が飛んでないベットを指さして「これが見本だ! 同じように教育されて出来る奴と出来ない奴が出るようなら容赦せんぞ!」と… 確かに理に適ってる。
 「教えてもらいながら最初から作り直せ! 30分後に学習室に集合だ。」と部屋を出て行く。
 これも連帯責任。
飛ばされていない(真面目にキチンと)ベットを作った隊員は、本来なら30分休憩できるはず。 ところが他の隊員のベットを手伝いながら&教えながら作らなければならない。

 『正直者が馬鹿を見る』ような『連帯責任』

 腕立て伏せにせよ、ベットにせよ手抜きした隊員の世話までしなければならない真面目な隊員。
そんな隊員がキレるのも時間の問題でした。

 一生懸命に自分の時間を割いて真面目に手抜きせずに翌朝の準備をしても、連帯責任という言葉がまといつく。 毎朝100回の腕立て伏せ。 駐屯地1周のランニング。 他人のベット作りの手伝い。
ただでさえストレスの溜まる生活で… どんなに頑張っても他人のせいで同じ罰を受けるハメになる。
 だったら最初から不真面目な隊員と同じようにしてれば楽なのかも?
 しかし… そうではなかった。
出来る隊員と出来ない隊員との差は『連帯責任』という言葉が殺意にまで発展させてしまう。 その気持ちは理解できない事もない。

 出来る隊員は出来ない隊員を恨む。

 出来ない隊員は出来る隊員に申し訳ないと思う。 だけど直ぐには出来る隊員にはなれっこない! 
出来る隊員は次第に出来ない隊員を見下し… 殺意はエスカレートしてしまう。

 事件は僕らの居室ではなく、隣の居室で起きていた。 

by606