10 洗礼 |
部屋に戻って目にした光景は、何年経っても忘れません。 ほどよく整理整頓されていた2時間前に見た部屋の姿はどこにありません。 ベットはドミノ倒しの如く倒され… 布団や毛布・シーツは足の踏み場もないくらいに散乱… 靴類に関しては全部ゴミ箱に… ロッカーの制服は全部引っ張り出され… 一生懸命に畳んだテントなどの官品は大きく広げられて落ちてました。 「なんじゃこりゃあ!」 と誰もが思い、驚いて立ち尽くしてると班付が後ろから一言。 「30分後に元通りにしてグランド集合じゃボケ!」 身体検査に行くまでは笑顔で喋っていた班付から… 笑顔は消えてました。 しかも半端じゃない殺気。 「なんでこんな事されないかんのだ?」 「30分でできるワケねーやん!」 と愚痴りながら片付け始めました。 しかし… 30分後にグランドに集合という事は25分以内に片付けなければならない。 「俺の毛布どこや!」 「制服がないやん!」 怒り半分、面倒臭さ半分でイラつく隊員達。 なんとかベットを作るのが精一杯の状態。 制服はロッカーに放り込んで、靴類は仕分けし始めた段階でグランドまで走って移動。 そして整列。 班長から 「てめーら寝ぼけとんなよ。」 「昨日まで豊川駐屯地一同はお客さんとして扱ってきたけど、入隊式を済ませたお前らは今日から自衛官なんじゃ!」と言われた。 そして、いろんな言葉使いについて指摘をされた。 @ 『部屋』ではなく『居室』 A 隊員同士の呼び方は『○○二士(2等陸士の略)』で呼び合う事。 B 呼ばれた時は『はい!○○二士』と返事する事。 C 新隊員以外、目上の隊員に対しては敬礼の際(課業中なら)「ご苦労様です」(課業後なら)「ご苦労様でした」と必ず言う事。 他にも一度にたくさん言われた。 そんな話をしてる最中に終礼の時間となり… 一件落着となった。 一件落着となるはずなのに、説教は続く。 それは部屋の整理整頓の事でした。 なぜあんな事になったかの説明。 @ いい加減なベットの作り方。 A 靴を並べる順番を守っていない。 B ロッカーに制服を並べる順番を守っていない。 という大義名分の下で行われた行為だった。 確かにベットの下に並べる靴の順番も、制服を掛ける順番&向きも紙に書いて居室に貼ってあった。 今までは気にしなかった貼り紙や、いろんなルールが効力を発揮し… 守っていかなければならない事が分かった。 全て納得したところで罰として駐屯地内を走らされた。 とっくに国旗も降りて課業も終了してるのに走らされた。 くたくたになるまで走らされて晩飯から戻ったら… 居室は身体検査から戻ってきた時と同じ状態になってました。 さすがに僕も「ここまでやるか?」と口にしてしまった記憶がある。 仕事が終わって、この時間… テレビを見たり洗濯をしたり、靴を磨きながらの楽しいお喋りタイムだったのに! さすがに沈み込む隊員もいました。 だけどベットを作らなければなりません。 洗濯や戦闘服にアイロンかけなければなりません。 一つ一つ黙って片付けながら明日の準備をしました。 散々走らされてからの作業は辛かった。 とりあえず僕は汗をかくベット作りを済ませて4.5人で風呂に行きました。 擦れ違う青いジャージ以外は全員目上の隊員なので「ご苦労様でした!」「ご苦労様でした!」と、ず〜っと言いながら風呂に着く状態。 相手は簡単に敬礼だけする時もあれば、「ご苦労さん」と言ってくれる時もありました。 これはこれで結構気持ちのイイもんだと…♪ 風呂から出て脱衣所で、当時もの凄いアイドルだった岡田有希子が飛び降り自殺をした事を知った。 その頃僕は岡田有希子が好きで、近所に来た時は、学校サボって自転車漕いで写真を撮りに行ったぐらい。 これはマジでショックだった。 原因も立ち話で聞いてWショック。 早く帰って皆に知らせたかったし… ニュースが見たかったので一目散に居室を目指しました。 その時… 僕は… 新隊員に有るまじき行為をしてしまった。 それは『欠礼』と言って、上官に対して挨拶無しに擦れ違う行為。 ケツ(お尻)で礼をするから『ケツ礼』と言い換えられるほどの行為。 「お〜ぇ 今年の新兵は挨拶もできんのかぁ?」と呼び止められて気がつきました。 上着の戦闘服をジャージから出してガラが悪そうな隊員ばかり4人。 「すみません! メガネ無かったし…暗くて…」と言い訳してる間に殴られた。 倒されて腹や背中を何度も蹴られた。 「何区隊の何班の新兵だ?」と聞かれ… 痛い腹を押さえながら「2区隊2班です」と答えた。 「あぁ小山の班か! 次からはキチンと挨拶せーよ。」と言って去って行きました。 生まれて初めて受けたリンチだったのかも知れない。 普通の上官ならば「次からはキチンと挨拶せーよ。」と叱られて済むぐらいだったろうに…。 その後でトイレに行ったら血の混じったオシッコが出た。 『欠礼』の次は『血尿』と… 笑えない。 空手を高校3年間やっていたので多少は互角に喧嘩できたかも知れないけど…相手は上官。 当時はバリバリの縦社会でもあり… 戦争の本とかをよく読んでたので、『階級』というモノの絶対効力を深く知ってから、殴られただけ。 蹴られただけ。 悪いのは自分だと言い聞かせて痛みに耐えながら身辺整理に励んだ。 その夜からの点呼整列からは、旧陸軍を彷彿させるような点呼となった。 班長・班付の号令は何倍も大声で気迫が込められてる。 僕らも自然とシャキシャキした。 『節度』と『緊張感』がわずか数時間で甦ったのが分かりました。 しかし、相変わらず区隊長は静かで優しい感じ。 なんとなく気が抜ける。 だけど僕はそんな区隊長がなんとなく不気味で仕方なかったです。 本当に優しいだけの幹部自衛官なのか?? 消灯ギリギリまでバタバタして過ごしました。 散々走らされたので、居室内には豪快にイビキが飛び交います。 皆バタンキュー! だけど僕は疲労よりも腹と背中の苦痛で眠れなかった。 悔しさもあったけど… 真夜中… 同じ居室で寝てる班付に起こされました。 周りには数人が立ってます。 どうやら苦痛でかなり酷い『うめき声』を上げていたらしい。 何を苦しんでるのか? どこか調子が悪いのか? 小声で問われました。 しかし正直には言えませんでした。 自分が悪かったのだから…。 by606 |