SILHOUETTE



 ―――ずっと、ガーゴイルの彫像が嫌いだった。

 夕暮れの茜も日没後の蒼もとうに消え、灯し火もつけない部屋の中は、星明かりを映してほのかに光る。石造りの壁にもたれると躰の熱が不思議なほどに溶け出してゆくのが心地良くて、そのままの姿勢でムウはただ星を数えた。夜の底から覗き込んでくる百千億の光の眼。この地球を取り囲んで、しんしんとまなざしを降り注ぐ。
 背後で扉が開いても、再び聞き慣れはじめた衣擦れの音にも、ムウは決して振り返らない。物問わぬ沈黙の中で、かちりと金属の留め金を外す音がする。重い仮面を石の上に置く、静かなことりという振動。

 無言でシオンは、ムウの傍らに立つ。

 「……隣に座っても?」
 星を数える青ざめた顔は、決して彼を見上げない。それでもシオンは知っている。その静寂が肯定の印だということを。腰を下ろして、すっかり冷えた愛弟子の手を取る。わずかな身じろぎ。しかしシオンは気に留めない。気に留めない、ふりをする。

 そうしてそっと目を閉じて、その手の甲に口付ける。

 強張っていた力が抜けて初めて、それまで張りつめていた自分に、ムウは気がつく。漆黒の天から降り注ぐ、部屋いっぱいの星の光。懐かしい体温を感じながらようやくシオンを振り返り、お帰りなさいを彼は言う。その瞳から怯えの色がゆっくりと消えるのを見て、シオンは静かに愛弟子の躰を抱きしめる。

 そうしてムウは、現実がまぼろしでないことを確認する。

 決して灯りをともしてはいけない。この精神を繋ぎ止める、星々のささやきが消えぬように。そしてわずかに揺らめく貧しい炎が、かえってあのひとの顔を黒翳で塗りつぶすことのないように。
 ひとりでは振り返ることができない。待ちわびたそのひとの顔に、仮面を見るのが怖いから。真空の闇を見るのが怖いから。
 幾千万もの悪夢の記憶が、この心をよぎるから。
 教皇の仮面は、人間の顔を隠すためのもの。黒翳のなかにいるのが何者か、透かし見ることは誰にもできない。まなざしも唇も髪の色もすべて、闇の中へと葬り去って。彼という存在があったことも。私との間にあったことも。
 仮面の頭部には黄金の有翼鬼。
 そのひとと私を隔てた十三年。

 ―――ずっと、ガーゴイルの彫像が嫌いだった。



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 彼は振り返れないんです。今までずっと13年間、そういう悪夢を見続けてきたから。
 シオンが帰ってきたと思った瞬間、それが嘘になる悪夢。
 振り返ると顔だけ闇!だったりとか、帰ってきたのは教皇の仮面を被った別人だったりとか。
 その他にも多分、いきなり目の前で死体に変わったりとか、触れたとたんに消えてしまったりとか、
 抱きしめてもらったら心臓動いてなかったりとかいうバージョンもあったりするんだろう。
 来ないとわかっている人を待ち続ける日々って、きっと限りなく拷問に近い。

 ・・・いや、あの、なんというか、自分的にはこんなんもありかもという
 パラレルのようなシチュ萌えっていうか・・・す、すみません。



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Written by T'ika /2002.9.11〜