肌



 白熱の火を帯びながら、強くしなやかな指が滑るように動く。いつものあの存在感で悠然と、至極優雅に、迷うこともなく。薄闇の中でひとつずつ、その着衣の釦が外されて行く。魅入られたようにムウは、それを見ている。常にはかたく閉ざされた、厳粛で無機質な法衣の内側。
 素肌がさらされて行くその都度に、まるで見てはいけないものを見ているような気持ちになる。
 ひらかれた襟元に夜の影。ほのあたたかく白い皮膚がわずかに覗く。深く優美な鎖骨のかたち。匂い立つような肌身の色香。
 「――どうした」
 憎らしいほどの余裕さえ漂わせながら、からかうような口調でシオンがわらう。
 「おまえが恥じらってどうする」
 「……恥じてなど、」
 いません、と続けかけた言葉の尻を、掠め取るように最後の釦。口惜しいくらいに頓着もなく、どこまでも滑らかなその手の動き。囚われることしか、ムウにはできない。
 「顔が赤いな」
 意地悪く突きつけてシオンがわらう。ためらいもなく手首を開く。飾り帯が落ちる。胸がはだける。なまめかしいほどの肌の色。
 視線を逸らすこともできないまま鼓動が波打つ。

 既視感。

 重なり合う記憶にムウは微かな眩暈を覚える。今はもう遥か遠い昔、修行服に着替えた彼の姿を見ていた時も、同じだった。多忙な政務の間を縫ってジャミールを訪れてくれていたあの頃のシオンの躰もやはり、長く豪奢な法衣の布地の下に、かたく覆い隠されているのが常だった。あれは女神の加護だったのか、それとも黄金の仮面の力だったのか。流石に今よりは年嵩に見えていたものの、その肉体は彼の実年齢からすれば、非現実的なほどに若かった。人の肌の露出を極限まで制した半神の装束。それはまるで過度の禁欲を思わせるほどに。
 だから彼が本当にごく稀に、布地を惜しんだ粗末な私服や修行着を身に付けている時などには、ムウは何か酷くエロチックなものを見ているような気分になるのであった。常には無いくらいの割合で、露出された腕も喉も首筋も。
 思わず惚けてしまうほどに。
 何もわからない子供心にも、胸が酷く騒いだことを覚えている。あの頃はまだその生々しい感覚の意味に、気づいてなどはいなかったけれども。届かぬ炎に焦がれるような、渇きに水を求めるような、酷く切ないその心。
 今はもうムウにも判りかけている。
 時と共に育って行ったこの感情こそを、世の人は戀と呼ぶのだろう。彼の姿が消えた後でさえも、育って行った。きっとそうだったのだろうと、思う。……あの頃からずっと、好きだった。

 けれどもシオンはどうなのだろう。

 同じ肌が自分を抱いていることが、時折わからなくなる。同じ意味なのかどうか、わからなくなる。答えられる言葉がムウにはない。わからないまま心奪われている。視線を逸らすことさえできずに、ずっと。
 「上の空だな。……何を見ている?」
 唇の端だけでシオンがうっすらとわらう。一瞬の視線で空を薙ぐように、意味深なその瞳が、ちらりと流し目。強くしなやかなシオンの指が、絡めとるようにムウの髪に触れる。一房を掴んでゆっくりと引き寄せる。バランスを崩して倒れかけ、ムウは思わず身を硬くする。
 息のかかるほど間近にその人の肌。
 普段隠されていればいるほど、露わになるたびに目が眩む。そして思わずにはいられない。このまぶしいほどの命の脈動が、あの重く冷たい法衣の下に誰にも知られず掻き消されたまま、二百三十年もの禁忌として扱われたなんて。それが始まった時の彼の年齢が未だ十八でしかなかったということの意味を、その歳を追い越してしまった最近になって、ムウの心は痛いほど思いつめている。
 気の遠くなるほど長い間ずっと神の仮面に隠されてきたその人の、熱い血の通う生身の肌が、溢れるばかりに輝くから。だからきっとこんなにも美しいのだろう。その陰と痛みを知っているから、強く脈打つ生命の温度に、こんなにも当てられてしまうのだろう。
 バランスを崩したムウの身体を、シオンの腕が抱きとめる。灼熱。いい加減にそろそろ慣れたらどうだ。大仰な溜息と共に耳元で、可笑しげなシオンの声がする。世話のかかる奴だと呟きながら、その癖どことなく楽しげな。
 「触れたいのなら自分で触れれば良いものを」
 囁いてシオンがくつくつとわらう。反射的にさっと顔を上げたムウの両頬が、深々と鮮やかな緋色に火照る。誤魔化すことなどできるはずもない。
 平静も沈着も置き捨てた、小さな迷子のような表情をして、根負けしたようにムウは呟く。
 「……私が何を見ているかなど、十三年以上も前からご存知の癖に」
 無言のまま促すシオンのまなざしに、諦めたようにムウは微笑する。囚われることしかできないのだから。
 「――あなたを、ずっと」


《END》

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リハビリ(私が)。

意図的に同じBGMセットを使って書いたので、某様通販中の某合同誌に寄稿した話とキョウダイみたいな雰囲気の話になりました(共通点:いろっぽさをついきゅう)。あとシオンが2コくらいまったく同じセリフを言ってたりします。いやストーリー上のテーマは全然違うのですが。

*****(2021.3.11追記)
ところでムウ様が子供だった頃のシオンの肉体年齢ですが、実はうちのサイトの設定としては、「若々しいので30〜40代くらいに見える50代後半男性」の見た目をしています。夢見がちすぎてすみません(笑)。いちおう原作と違ってたらいかんしなあと思って今まで黙っていたのですが、よく考えたら私の妄想自体がそもそも最初から原作とは違っているではないか。という訳で10年ちょっと考えた上で吹っ切れました。夢見がちすぎてて恥ずかしいですが、サイト用裏設定ということで、妄想全開のうえここにカミングアウトしておきます。
で、カミングアウトついでに本文にもちょっとだけ加筆修正しておきました。今頃になって恐縮ですがこれで思い残すことはありません。


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Written by T'ika /〜2008.3.10(Rewritten by T'ika/2021.3.11)