Tyaka - July 15, 2004
こころのふるさと


生まれ育った街・東京都調布市には、
最近またよく行く機会がある。
境ゆう子も調布に住むようになったのだが、
ムンストの初期のリハは調布でやっていた。

調布駅前の病院で“手軽に”(?)生まれて、
幼少期は西調布のアパートと、多摩川住宅という大型集合住宅に住み、
小学校入学前からハタチくらいまで国領のマンションに住んでいた。
自分が長年住んでいた街だけに、なかなか客観的に見れないんだけど、
おそらくこじんまりした、おとなしい街だと思う。
都心から近いのに、どこかのんびりしていて、お人よし臭が漂ってる。
府中まで行くと極端に田舎色が出てきて、
さらに行くと、独立した八王子王国がドスンと構えている。

京王線が“自分の電車”だった。
保育園やピアノを習いに行ってたのは西調布だったし、
母親に連れられて新宿にはよく連れて行かれたし、
祖母の家があったから井の頭線で吉祥寺のほうへもよく行った。
京王線で新宿から特急で15分。
調布はそんな場所にある町。

駅前、南口広場には噴水があり、
小さい頃は水浴びもした。
通称“タコ公園”、タコの形をした滑り台がある公園で遊び、
冬には駅前の屋台から、甘栗の香ばしいにおいがした。
ピアノの発表会はグリーンホールの小ホール。
小学校の連合音楽会や音楽鑑賞教室は大ホール。
市の吹奏楽団では毎年春に定期演奏会もやっていた。
買物は東急ストアと、その横にロイヤル・プラザ。
ロイヤル・プラザの1階には調布名物・都焼き。
黒あん、白あん、うぐいす、クリーム。
一日何百個売れるという都焼きは、調布っ子のおやつ。
東急の1階には、今はもうないけど喫茶店ジローとロッテリア。
“ドリア”というとジローの味を思い出す。
ケンタッキーの角を曲がって更に細い路地を入ったところに、
弾き語りライヴをしたピアノのある喫茶店・INNO。
噴水の近くにあった古い建物の公民館と図書館。
今はもうバス・ターミナル。
飲み屋といえばそのそばの新撰組。
同じ中学の人にしょっちゅう会う。

北口は、南口以上に変わってしまった。
あまり親しみのなかった北口も、パルコができて一気に栄え始めた。
調布銀座。ペット・ショップ。居酒屋・村さ来。
東口方面、いつも待ち合わせはシャノアール。
安くて、だだっ広く、空気の悪い喫茶店。
黄色い袋がちょっと恥かしかったジーンズ・メイト。
いつも混んでる人気店・焼鳥のいしヰ。
電通大生御用達のカレー屋・カレンド。
日本風パスタ屋・あるでん亭。
映画のビデオ借りまくったレンタル・ビデオ屋・アコム。
ゲゲゲの鬼太郎、布田天神通り。もつ焼き・いしヰ。
西友。生まれて初めてバイトをしたサンテオレ。もうないが。

小さい頃、母親に連れられて買物に来ていた景色。
小学生の頃、ピアノの発表会で来ていた景色。
中学生の頃、友達とレンタル・レコードを借りに来ていた景色。
高校生の頃、レンタル・ビデオ店と本屋に来ていた景色。
19・20の頃、友達と飲み屋に来ていた景色。
20代半ば、調布を離れてたまに遊びに来ていた景色。
どれもすごく変わったようで変わっていない。
いや、すごく変わった。
街の変化なんて一瞬にして忘れてしまう。
この文章を書いていて、いくつかの自分にしかわからない・・・
たとえば中央公民館の印刷室の陰気な暗さとか、
ロイヤル・プラザの小さな楽器屋の譜面売場の蛍光灯の光とか、、
東急ストア横の下着類ばっかり売ってる長崎屋の小さな扉とか、、、
そういう何気ない“絵”を思い出して
なんだかたまらなく切ない気持ちになった。
忘れたくない景色を実際に絵にしようと思ったことは
今までに数え切れないほどある。
本当に思い出せなくなってからでは遅いんだけど、
本当に思い出せなくなりそうな予感がするまでは
そんな退屈な絵は描かないと思う。
今ある景色もいつかは消えてしまう。
消えるために、在り続ける景色。
今これを書いている八王子の自分の部屋も、
出て行く日が遠からず訪れるのだ。

調布市立第二小学校の校歌は、
“こころのふるさと〜”というフレーズで終わる。
自分が通った西調布の上石原保育園、
調布二小、調布三中、その辺の土地にも近々訪れてみたいなと思う。