43松方正義

前公爵松方家蔵品入札 昭和3年3月26日 東京美術倶楽部
前公爵松方家蔵品第二回入札 昭和3年4月9日 東京美術倶楽部

 松方正義は、薩摩出身の政治家で、大蔵大臣・総理大臣などを歴任し、明治政府、特にその財政の基礎を築いた維新元勲であることは、今更指摘するまでもない。その一方、三菱の岩崎家、川崎造船の川崎家と縁戚関係を結ぶなど、財界との縁も深かった。
 美術品蒐集は、明治初年に日田に知事として赴任した松方が、現地在住の文人画家平野五岳と親交を持ったことに始まる(『東都茶会記』大正5年9月27日付「海東侯別業」)。その後、鍛冶橋狩野家の狩野探美を顧問として、狩野探幽をはじめとする狩野派の秀作の蒐集に意を注いだという(『移動史』)。
 売立のきっかけは、松方正義の嗣子松方巌が頭取を務める第十五銀行が、金融恐慌の余波で破綻したことである。十五銀行は、明治10年の秩禄処分の結果、多額の金禄公債を得た華族たちが、これを原資として設立した銀行である。多くの華族にとって基本財産の最大の出資先が破綻したということで、関東大震災の被害に加え、これ以降、華族の中には経済的苦難を背負わざるを得ないものが多くなった。
 松方巌は、その責任をとって公爵位を返上、私財提供による損害の弁済にも応じることとなり、この2度にわたる売立が行われた。
 2度の入札とも、狩野派を中心とした絵画作品が主な出品物であったが、総売上額は、第1回が756,000円、第2回は約144,000円に及んだ。