59熊沢一衛
某家旧蔵品入札 昭和8年6月12日 東京美術倶楽部
熊沢一衛は、三重県の実業家。伊勢電鉄の社長を務め、同電鉄の全線電化や養老鉄道の合併を進めたほか、四日市銀行、四日市倉庫などの社長も務めた。月台と号する茶人としても知られ、三井系財界人の数寄者らとの親交も厚く、大師会などにもしばしば出席している。
熊沢の売立は、伊勢鉄道の疑獄事件、四日市銀行、伊勢鉄道の破綻に端を発するものと思われる。疑獄事件は、熊沢が、伊勢鉄道の三重県から名古屋への乗り入れを計画、その免許獲得と関西本線の木曽水系の旧3鉄橋の払い下げを、政界に贈賄により働き掛けたという疑惑で、昭和4年に逮捕された。折からの金融恐慌後の不況の中、新線建設に過大の投資をしていた伊勢電鉄とその資金提供元であった四日市銀行は、事件の広がりの中破綻、売立は、その責任に対する穴埋めとして行なわれた。
この売立では、「寸松庵色紙(秋かせの)」が46,980円、「源順像(佐竹本三十六歌仙)」(現、サントリー美術館)が27,390円のほか、茶器の優品の出品も多く、売上総額304,600円となった。