2012.05.04.発行予定
『光射す場所で』サンプル
「だから、絶対に事件だって!」 年上だけれど、低めの身長とベビーフェイス故に拓磨よりも年下に見える鴉取真弘が拓磨の少し前を歩きながら、目を輝かせて言った。 両手を頭の後ろで組み、ぶらぶらと歩きながら時折拓磨を振り返り、お前もそう思うだろうと同意を促す。 その目がうん。と、言えよ。と言っているのは最初からわかっている。だが、拓磨はそれをずっと気づかないふりをして明後日の方向を見て歩いていた。 「しかし、カミが騒いでいる様子はないぞ」 真弘の隣を歩く、狐邑祐一が言った。 「そうだけどよ、カミが犯人だなんて俺は言ってねぇって」 「だとすれば、俺たちの守備範囲外だな。拓磨、真弘の戯言に構うな。今は、目前に迫った試験のことを考えろ。お前もだ、真弘」 確かにそうだ。その通りです。試験を思い出して暗い気分になった拓磨であったが、先頭を歩く真弘のほうが暗い気分になったらしい。 あぁ、試験ね。そうだったね。と、呟くように言った彼は、何かから逃れるように首を横に激しく振った。 「真弘。現実から逃げても何も変わらんぞ」 「うるせぇ。祐一こそ、何でいっつも居眠りばっかりしてるのに勉強できんだよ。詐欺だ!」 「詐欺ではない。お前と違って、要領よく勉強しているだけだ」 「なんだとぉ!」 落ち着きを払った祐一に噛みつく真弘。いつもの光景である。それを拓磨は半分呆れて眺め、拓磨の少し後を控えめに歩いていた犬戒慎司は 苦笑いを浮かべている。いつもの光景。だが、久し振りの光景だ。少し前までは普通の事だったが、今はこんなにも懐かしく幸せだ。 「ふふ」 小さな笑い声に、拓磨は自分の隣にいる存在に目をやった。春日珠紀。玉依姫として鬼切丸封印を成し遂げた彼女は、 拓磨にとって共に戦った仲間という以外にも大事な存在であった。 (恋人、か) 珠紀がこの村に来たのはそう前のことではない。ババ様こと宇賀谷静紀の孫で、彼女は両親が海外に転勤になった為に引っ越してきたのである。 珠紀は自分の運命も知らずに村にやって来て、否応なしに鬼切丸をめぐる騒動に巻き込まれた。最初は、変な女ぐらいにしか思っていなかった珠紀を大事に 思い始めて、それが恋心に発展するまでにそう時間はかからなかった。色々あったが、互いに惹かれ合い今に至る。 ようやく騒動が落ち着いた今、彼女との仲をより……進展させたいと思うのは、拓磨としては当然のところである。 (しかしなぁ) 仲間と常に一緒のこの状況。どうやって、進展させればよいのか。しかも、珠紀はこれからも村で暮らすために、一度両親の元に帰ってしまう。 せっかくこれからだというときに離れ離れになるとは、少々辛い。一段落したら。と、思っていた数々のことが実現出来そうにない、今。この貴重な時間を なんとかして有効利用したいのだが、いかんせん周囲が珠紀を一人にしてくれないのだ。 (どうしたもんだか) 未だにぎゃぁぎゃぁと騒いでいる真弘をぼんやりと眺めながら拓磨は歩いた。隣では珠紀が、真弘らしいよねと笑っている。 彼女の笑顔も久し振りかもしれない。珠紀も色々あった。拓磨のせいで辛い目に合ったし、ババ様を鬼切丸騒動で亡くしてもいる。 珠紀が楽しそうに笑っているから、今はこのままでもいいのかもしれないと拓磨は思い直す。 まだ、先は長い。彼女はまたこの村に戻ってくる。そうしたら今度こそは…――― 。 「拓磨、お前は事件の匂いがすると思うよな」 いきなり呼ばれて、拓磨は我に返った。何が。と、一瞬思ったが、真弘が言い張る事件の話か。あんなの子どもの悪戯に決まっているだろうに。 「そうっすね。まぁ、事件なんじゃないですか?」 「テメェ、適当に言ってんだろ」 「いえいえ、事件じゃないですか?」 俺には関係ないな。と、拓磨は態度で示すと真弘は突然、矛先を変えてきた。 「お前は、そう思うだろう?」 「えっ、私?」 (中略) 「だから、事件ではないと言ったろ」 立ち上がった珠紀に告げれば、珠紀も微妙な顔つきをした。 「でも、怪我した人が出たんでしょう?」 「偶然だって。怪我っても、突き指したとか挫いたとかそのぐらいだぞ」 「そうなの?」 「そう。だから、さっさと帰るぞ」 「……そうだね、ここにいても何もわからないよね」 二人は歩き出した。夕日に照らされて影が長く伸びている。隣を歩く珠紀はまだ事件を疑っているようで、ブツブツ言っていた。 その珠紀の長くて綺麗な髪の毛が夕日に照らされてとても綺麗だ。 寄り道も悪くなかったなと拓磨は思い直した。結果論から言うと、久し振りに二人きりになれたわけで真弘のおかげだ。 手ぐらい握ってもいいだろうか。ぜひとも握りたい。ではどう言えばいいのだろうか。 (手を繋ごうぜ。なんて直接的過ぎるし、かといっていきなり繋ぐのはナシだろ。やっぱり、手を差し伸べてみるのが自然か。 だが、何かくれるの? とか言われたらどうする。万事休すになる。だが、このチャンスは逃すわけには) ちらり。と、珠紀を見ると彼女は一心に考え事をしている。油断だらけだ。ゴクリ。と、拓磨は唾を飲み込んだ。 健全な男女交際のスタートは手つなぎデートである。 (中略) 「近いぞ」 「うん」 珠紀の前髪が拓磨の額に当たる。このまま少し動かせば唇に触れてしまいそうで拓磨は動きを止めた。 「キス、するぞ?」 「駄目」 拓磨と珠紀の間に、珠紀の手のひらが差しこまれた。それに拓磨の唇が触れた。 「ごめんね」 小さな声で言われたそれに、仕方ねぇなぁと言いかけた拓磨だったが。珠紀が手の平を拓磨の唇に押し付けたまま、自分もその手の甲に唇を寄せたので 息を飲んだ。間近にみる珠紀の顔。長い睫毛に薄紅色の唇。少しだけ朱に染まった頬。小さな顔は形のよい卵型で、その形の良い顔を覆う様に サラサラの髪の毛がふわりと取り囲んでいる。 かわいい。拓磨は吸いこまれるように、珠紀に手を伸ばして、二人の間を阻む彼女の手を引き抜いた。そのまま、顔を寄せる。 「ん」 珠紀の薄紅色の唇に触れた。そうして、そっと離れる。瞳を開いて、互いに見つめ合った。そのまま額を合わせる。 「ありがとう」 「うん」 (中略) 「オニ……クル」 「オニ……クル」 同じ台詞を繰り返すカミに拓磨はようやくカミがいう鬼が何なのか気がついた。 「お前、俺を呼んでるのか?」 確かに拓磨は鬼だ。その血を引いている。しかも先祖返りだと言われ、拓磨の体内には強力な力が眠っていた。 「鬼、来る。来て欲しいってこと?」 確かめるようにカミを見れば、肯定するようにぺこりと頭を下げた。そうして、沼地の奥の繁みへ入ってゆく。 「待て」 追いかけようとして、拓磨は立ち止まる。そんな拓磨を不審に思って珠紀が首を傾げた。 「追いかけないの?」 |
こんな感じの本です。
入稿してから気がつきました。登場するカミに口なかった……!!(涙)
アニメみて、「あぁぁぁぁ?!!!」と、なりました。些細なことですが気にしないでいただけると幸いです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
2012.04.13.サイト掲載