■五里霧中■

 

呂布が言い放った一言が重いのか。正直、曹操にはわからなくなっていた。
彼女は、自分が好きになることが当然の相手だとわかっただけだ。それだけだというのに。
今までのように、戦場で戦わせることが怖くなった。



もし、怪我でもしたら。
怪我ならばいい、死んでしまったりしたらと思うと、血が凍る気がした。
とっくに、自分の生まれなど捨て去ってしまっていたと思っていた。母親のことも、父親のことも。
全てが憎くて馬鹿らしかった。だから、欲した。天下を手に入れれば、満たされないこの心が満たされるかもしれないと思っていた。



そこに現れたのが十三支だ。黄巾党の残党狩りで村を見つけたのは、幸運だった。彼らの能力を自分が一番よく知っている。混血の曹操でさえそうなのだ、純血の彼らの実力は計り知れない。すぐに、自軍に引きいれることを決めた。ただ、計算外だったのは関羽という娘の存在だった。
彼女は、曹操の心を乱す。何故か、あの娘の提案を突っぱねることができない自分がいた。
単純に利用価値が高いからだろと思っていたのだが、どうやら違った。
いつ頃からだろうか、彼女に恋心を持ったのは。




今にして思えば、ずいぶんと早くからだったように思う。


あんなにもみじめな姿になっても、傍にいろと懇願したのは武将として置いておきたかったからではなかった。本当は、関羽ならばこの渇きをいやしてくれるのではと心のどこかで無意識に思っていたのだろう。彼女は、特別だ。傍にいるだけで、こころが安らぐ。



それがたった一人の同族と分かった瞬間、腑に落ちた。
彼女は、自分と対になるために生まれてきたのだ。出会うべくして出会った。この気持ちを理解してもらおうとは思っていない。ただ、傍にいてくれえばいいのだ。彼女も自分を大事に思ってくれていることはわかっている。


だというのに。
なぜ、こんなにも彼女の心が見えないのだろうか。どんなに手を尽くして大事にしても、関羽は笑わなくなった。花が綻ぶようなあの笑みを見せてはくれなくなった。
何がいけないのだろうか。愛せば愛すほど、彼女が遠ざかってゆくような気がしてならない。


もう関羽がいない世界なんて耐えられそうになかった。だからこそ、曹操は彼女を閉じ込めた。


大事過ぎて、狂おしいほどに愛しくて。
なぜ、逃げる。
なぜ、怯える。
なぜ、否定する。



この手から零れ落ちてしまうならば、彼女の全てを奪ってやろうと思った。
それで彼女が二度と笑わなくなったとしても、手放せないのならば仕方がない。



本当は、笑って欲しい。心から愛して欲しい。
だが、わからない。
愛されたことがないから、曹操にはわからない。
このままいえけば、自分は関羽を失うだろう。彼女という存在をいつかは曹操が殺してしまうだろう。でも、無理なのだ。



どうすればいいのか、わからない。
狂気にも似たこの気持ちをどう扱ったらいいのだろうか。


中庭から月を見上げた。月は答えない。冷たくそこにあるだけであった。
曹操は、自嘲気味に笑った。


「渡さない」


誰に。全ての者に。
渡さない。それだけは間違えようのない答えであった。




 ものすごく不器用だけれど、とても愛しているが故に間違った方向へつっぱしっちゃった設定に夢中になりました。
この人、とてつもなく複雑な人物のようでゲームしているうちに応援したくなってきた、曹操を。
最後がとても幸せそうな終わり方でほっとしました。ここまで読んでくださってありがとうございました。
2012.06.13.サイト掲載