大陸特有の風が吹き付ける中で、夏侯惇はある人物を探していた。戦場をかける戦友であり恋人になったはずの彼女、関羽だ。先ほどから、探しているというのに彼女はみつからない。まさか、何かあったのだろうか。ふと、不安に駆られた。
関羽のことだから、大概の事は自分でなんとかできるだろうが問題はそこではないのだ。彼女がとにかく大切で夏侯惇にとっては宝もので、かけがえのない女性であった。想いを告げたのは、戦場というなんとも色気もない場所であったが、彼女を想う気持ちは本物であった。
だが、まさかあんな風に失くした目に口づけられるとは思わなかったのだが。
想い出して、夏侯惇は口許を手で覆った。
ついニヤけてしまうこの顔はどうにかならないものか。
あのあと、ここが戦場であることを思い出させてくれたのが曹操で、さんざん部下である夏侯惇と関羽をからかったせいで、彼女は恥ずかしさのあまりに逃げてしまった。
本音を言うと、夏侯惇も逃げたかったのだが曹操がそれを許してくれなかった。
散々からかわれた揚句、いつも以上に仕事を仰せつかったのは曹操のささやかな復讐だと思うのは、気のせいではないはずだ。なぜならば、曹操も関羽を気に入っていたのは間違いないからだ。
思えば、主人である曹操は、あの娘には最初から甘かった。
たった今気がついた。
なんてことであろうか!
だが、気づいたからといっておいそれと撤回することもできない。それほどに彼女が好きだ。しかも、あの様子からみてかなり可能性があるとみている。
女にどう接していけばいいのか未だにわからないが、絶対になんとかする。
そう、夏侯惇は考えていた。
と、決意をあらたにしながら夏侯惇は関羽の姿を探して歩き続けた。すると、甘い嗅ぎなれた匂いに気がつく。夏侯惇は、くるり。と、回れ右をし駆けだした。
「関羽!!」
「か、夏侯惇!! なんで追ってくるの?!」
夏侯惇を認めるなり、関羽は真っ赤になって走り出した。柔らかな髪の毛がふわりふわりと舞い、かわいらしいふさふさの耳がひょこひょこと動く姿が本当にかわいらしい。何故十三支と侮蔑のことばを投げかけていたのか、過去を巻き戻せるものならば巻き戻して謝罪したい。
そんなことを考えながら、彼女を追う。
「何故って、お前が逃げるからだ!」
逃げる彼女を追いかけて、追い詰めて捕まえた。互いに息が荒くなってハァハァといっている。上気した頬が赤くほんのりと染まっていて、それだけで夏侯惇の胸は高鳴った。
「そ、曹操様に邪魔されたが、はっきりするぞ」
「何を……」
赤くなって固まった関羽に夏侯惇は機嫌をよくした。やはり、思い過ごしなどではないらしい。彼女に顔を近づければ、彼女は更に顔を赤くして目を伏せた。長い睫毛が僅かに震えている。
かわいい。素直にそう思った。このかわいらしい女性が自分のものになるならば、どんなことをしたっていいとさえ夏侯惇は考えた。
武人として尊敬している。だが、それだけではなく彼女と紡ぐ別の未来も見たくてたまらない。
「俺をどう思う?」
囁くように言うと、関羽は目に見えてうろたえた。赤い顔のままぎゅ。と、目を閉じ、赤い唇は何かを呟こうと僅かに動く。そのかわいらしい唇を見た時、夏侯惇はそこに吸い寄せられるのは当然だとなぜか感じた。
「意識はしてるな?」
なおも逃れようとする関羽の肩をしっかりと掴み、夏侯惇は覗き込んだ。
「でなければ、俺の失くした眼に口づけしたりはしないはずだ」
関羽は答えない。だが、彼女が恥ずかしそうに目を合わせてきたので、夏侯惇は嬉しくなってしまった。
「夏侯惇」
「関羽」
彼女の柔らかな頬を両手でそっと挟み込み、顔を近づけた。彼女の息遣いを感じるほどに近づいて夏侯惇は目を閉じた。
「ここは戦場だと言ったのだが、まだわからんか?」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「!!」
曹操の声に二人は、物凄い勢いで夏侯惇は関羽をを突き飛ばした。
「ち、違う。そんなつもりではない!」
地面に倒れた関羽に駆け寄る夏侯惇に対して、酷いと怒る彼女。あまりに騒々しい二人の様子を曹操は、半ば呆れ顔で眺めていた。
「ここまでとは流石に予想しなかったな」
やれやれという様に曹操は、背を向けてさっさとその場を去ってゆく。
「あ、曹操様!! お待ちください!」
慌てて追いかけてくる声に曹操は、苦笑いを浮かべた。
終
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