■男心とキミ■
クラスの注目を浴びるのはもう慣れたことだった……はずだった。 ババ様の孫である珠紀が転校してきた日。 拓磨はいつも以上にクラスの連中に見られていることを自覚していた。 だからといって、何がどうというわけではない。ただなんとなく、コソコソと話される内容がいつもと違って落ち着かなかった。 一体。何がどうしてこんなことになったのか。 クラスの連中ときたら、珠紀が拓磨の恋人で高校卒業と同時に結婚するために前もって村にやって来ただとか。 拓磨と珠紀は親同士が決めた許婚(いつの時代の話だよと思う)で珠紀は泣く泣く都会からこんな田舎に転校する羽目になったとか。 更には、拓磨が村の外で無理矢理珠紀を攫ってきたなんてものまであった。 最後のなどは、すでに犯罪である。いくらなんでも、そんなことをしそうだと思われていること自体がちょっとショックであった。 当然、その噂の出所が男だった場合。鉄拳制裁で黙らせたが、いかんせんこうった噂話は女子が主体である。拓磨が見ず知らずの女子に何か言うなんてことができるわけもなかった。たった一日の間で尾ひれがついてしまったそれは、まことしやかに学校中に広まっていたらしい。だから、朝。珠紀と登校しただけで騒がれた。 騒いだ方を睨めばたちまち皆顔を逸らす。拓磨は特段彼らに何かをしたという記憶はないのだが、鬼崎は怖い。と、いう噂が学校では事実のように言われているらしいから、当然の反応と言えば反応か。 だったら、恐れをなして黙ってろよ。と、思うのだがいい意味ではないほうで有名な拓磨の醜聞は暇な村の若者たちにとっては、格好のネタだったようだ。拓磨が顔をそらせば、またヒソヒソと始めている。いつものように無視してればいいだけなのだが。 なんていうか、その。気になる。 (しかも。かわいいだと?) どこがだ。意地っ張りで煩い女だ。せっかく助けてやったというのにあの態度。どこがかわいいのだ。かわいいっていうのは、美鶴のような娘のことを指す言葉だと拓磨は信じて疑わない。珠紀に限って言えば、煩い女というのが正しいだろう。 なのに、果敢にも拓磨に珠紀関係で話しかけてきたクラスの男どもときたら。髪がサラサラだの、細くて小柄だの。田舎にはまずいないタイプの美人だとか。どこに目がついてるんだと言いたかった。面倒くさかったのと、少しだけそういう話題に照れくささもあって邪険にすれば、妬いてるのかと騒がれたから殴っておいた。 まったく、暇人どもが。授業が始まって静かになった教室にほっとしながら、拓磨は頬杖をついて窓の方を見た。そこには窓際の席に決まった珠紀がいた。 彼女は、新しくもらった教科書を開いて一生懸命ノートを取っていた。 その珠紀に窓から差し込む日の光が当たっていて長い髪の毛がキラキラと反射していた。 確かに、綺麗だなと思った。サラサラの髪の毛が白い頬を隠し、少しだけ見え隠れするのは細い首筋だった。その細い首と男性とは明らかに違う厚みのない肩が珠紀が女であることを拓磨に意識させた。 (いやいや) 口を開けば、ああだ。騙されてはいけない。と、いうか何故俺はこんなことを考えているのだろうと拓磨は慌てて目を逸らした。 目を逸らしたが、一度気になってしまえば思考はなかなか離れてはくれない。 昨日出会ったばかりだったが、本当に落ち着きのない女だと思った。早く着いたなら大人しく待ってろよと思ったし、なにより好奇心が勝って危ない目に遭うこと自体大人しい性格とは言えない。 しかもだ、拓磨の知る女の子とは違って煩かった。 そのくせ、顔を見れば怖かったのだろう少しだけ青白い顔をしていてその手は僅かに震えていた。 面倒くさい女だと思った。けれど、すぐに後悔した。 彼女は何も知らない様子だった。カミも拓磨たちのことも。鬼切丸のことも。何も知らないただの女の子が突然あんな目に遭って怖くないはずがない。労わってやるべきなのだろう。けれど、あんな後でそんなことができるはずもなく、まして女に優しくなんてどうしたらいいのかわからなかった。重い重いと訴える鞄を持ってやったあとも、ずっと後悔していた。 だって、見てしまったのだ。彼女が、珠紀の目が潤んでいたのを。すぐに珠紀はそれを誤魔化して笑っていたけれど、見てしまったものは消えたりはしない。それが今も拓磨の心に引っ掛かり続けていた。 (玉依姫、か) 幼いころからずっときかされた主の話。正直、本人に対する思い入れはなかった。ただ、彼女は鬼切丸を守る役目を担っていて自分たちはその玉依姫を守るだけに生きている道具。それだけだ。だが、実際に本人にあってわかったことがある。 彼女は、人間だった。生きている女なのだ。玉依の血を引いているから厳密には人ではない。拓磨と同じくカミの血を引く異能ではある。だが、彼女が年相応の女であることは否定できない。 だからだろうか。こんな風に騒がれて心が落ち着かないのは。かわいくないなんて思うのも、思おうとしているからかもしれない。 照れくさいのだ。でも、実は嫌ではない。 要は、恥ずかしいのか。そこに気が付いて拓磨は呆然とした。いや、違う。勘違いだ。と、心の中で叫んでみる。 「……」 ちら。っと、珠紀を盗み見た。彼女は真剣な顔で黒板を見詰めている。 昨日、珠紀を迎えに行って神社まで二人で歩いた。二人並んで歩く姿が、いわゆるそういう仲に見えたのか。 想像してみた。そうしたら、非常に落ち着かない気持ちになった。 拓磨は、教科書を立てて顔を隠した。 別に何でもないことなのに、顔が赤くなるのは何故だろうか。 授業のあと、多家良の爆弾発言に動揺した珠紀が一生懸命否定するのがなんだか気に入らなかった。 そんなに俺とは嫌か、から始まって言いたいことは色々ある。面白くない。 我ながらカッコイイ登場だったとは思う。緊急事態だったから、カッコつけたわけではなかったが颯爽と現れて助けてやったのだから。実際は、焦って飛び出して常世に連れていかれそうな女子生徒をこちら側に引っ張っただけだったのだが。彼女にとったら命の恩人である。 なのに。あり得ない。とか、ないない。とか、あんまりではないか。少しぐらいは照れたりしてもいいのではないか。 だからといって肯定されても困るのだが、これも男心というやつだ。 それに……。 まだ頑張っている珠紀に、屋上に来いと一歩的に告げながら拓磨は辺りを見回した。 珠紀をかわいいと言った連中に目が止まる。意味もなくむっとした。 あんなのにちょっかい出されるぐらいなら、自分と噂が立っているほうがずっといい。 たぶん……玉依姫を守るにはいい……。 何故か非常に心がざわついて落ち着かないけれど、むっとするのは、たぶんそういうことだ。 その後、守護者であっても珠紀と仲良くすると面白くないことに拓磨が気づき呆然とするまであと少し。 拓磨は、クラス中の視線をいつもの鬱陶しいではなく、くすぐったいと思いながら、逃げるように教室を出た。 終 |
五月に行われたS.C.C.内プチオンリー玉依姫絵巻弐様のWeb企画に提出したSSでした。 Webサイトがイベント終了につき閉鎖になったようでしたので、サイトにアップしました。 拓磨はちょっと不器用で鈍感な感じがたまらなく好きです。 好きだって気がついても、いろいろ考えすぎて(青い春的な)空回りしている感じも好きです。 ここまで読んでくださってありがとうございました。 2012.06.13.サイト掲載 ※ブラウザを閉じてお戻りください。 |